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16. さようなら
しおりを挟む「それは、我に対する命令か?」
父の恐ろしい声が響き、それは空間そのものを圧迫した。
『お前は我の言う通りにしろ。さすれば我の玉座を継ぐに相応しい者となるだろう』
そんな父の言葉が蘇る。それが自分の生まれてきた意味であり使命。闇の領土を支配し「陽光の国」をやがて滅ぼす。そのために過酷な訓練も、教育も、父の言うとおりにしてきた。
でも。
視界の端に、力なく倒れたソルを認める。その姿を見ると、アルガの中に小さく、しかしはっきりと、別の感情が生まれる。
アルガは、意を決したように、一つ息をついて、父を見上げる。その瞳にあった怯えはすでに消え去り、まっすぐに、強く抗うように睨みつける。
カイザールは一瞬、見たことのない息子の顔に驚いたが、それもすぐにただの諦めに変わった。勇者を城に居座らせ、守られている時点で、資格はない。
「……余程死にたいようだ。貴様はもう魔王なんかではない」
明らかな殺意とともに、大きな魔弾が片手に握られた。それはアルガの胸中央を押し潰すように背後の壁に向かってギリギリと圧迫する。
「あっ、ッうっ……!!」
アルガは苦痛に目を見開き、何とか抵抗しようとしたが、心臓を直接潰されるような力に、呻き声さえ、段々と細くなっていく。魔弾はさらに、喉を締めあげるように黒く膨張し、アルガは痙攣しながら、視界が霞むのを感じる。
「我は何度もお前に叩き込んだはずだ。魔王でなければ、お前に価値はない。セルガの方がよほど優秀だ、出来損ないめ」
アルガの呼吸の音が消えていくのを感じた時—————-ソルは、先ほどよりも大きな光の力を感じた。
(……価値がないのはお前だ、クソジジイ。お前は、アルガをわかってない)
段々とはっきりしてきた意識で、手を伸ばす。全神経を集めて、力を込めた。
(勇者ってのは……勇者ってのは)
部屋の端に飛ばされ床に突き刺さった剣を一心に見つめ、強く念じる。
(カッコいいもんなんだよ)
もう痛みなど気にならなかった。光の魔法が溢れ、「光の剣」が呼応する。それは、持ち主の手に引き寄せられるように静かに戻っていた。間髪入れず床を蹴り、剣を真っ直ぐに突き立てその邪悪な黒い背中を狙う。
……一瞬のことだった。魔王の背中を、ザクリ、と光の剣が貫いていた。
「……?」
音も気配も感じなかった故に、カイザールの反応が遅れた。ピシャっと真紅の血が飛ぶ。
「貴様っ…!!」
目を見開きながらも、魔王は自分の身体を修復するために、アルガを押しつけていた魔弾を解放した。
ガハッと息を取り戻したアルガは、ゼェゼェと荒い呼吸を吐きながらも、父を睨む。
「父さんは、真の魔王じゃない……」
掠れた声だったが、低く、はっきりと響いた。
「……何だと?」
「ソル、は、真の勇者、だからっ……誰かを、救う。例え俺でも」
ソルは、アルガのそんな力強い言葉に応えるように、再び光の剣を深く刺した。
「……そんで、悪者は退治する。本当の『めでたし、めでたし』は、アルガの笑顔を見てから言う」
————ったく。そんな恥ずかしい、カッコつけた台詞を言うのは、お前だけだよ、と思いながら。
アルガは、ふっと笑みを溢した。
「ふざけおって!!」
カイザールが激しい怒号を発し、身を翻しながらソルを鉤爪で切り上げようとした時だった。
何かが、それを止めた。
アルガの魔弾。それはぐにゃりと変形して、カイザールの腕を鎖のように縛った。
「なっ————お前!!」
「父さんは、弱いよ」
アルガの瞳に、強い意思があった。カイザールは初めて、息子の言葉に魔力が宿っているのを感じる。
(こいつは、今まで一度も、このように自在に魔力を操れたことはなかったはずだ……)
ギリギリと魔力で押し返そうとするが、アルガのものが、なぜか自分の魔力を圧倒し始めるのを感じる。
(出来損ないだったはずだ。役立たずの、弱々しい半淫魔が—————闇の力で、我の上を行くだと?)
しかし、カイザールのそんな困惑の後ろで、何かが一際眩しく、白く光った。
ゾワリと、背中を灼かれるような大きく熱い気配に、魔王は初めて、自分の命の危機を感じた。
本能的に逃れようとしたが、アルガの魔力が強く自分を引き留め離さない。
(こいつ—————!)
「魔王討伐だ」
短い言葉が響き、眩い何かが爆ぜた。それは部屋全体を包み、一瞬、太陽のような明るさに輝く。全ての闇を打ち払う眩い光が、邪悪を焼き払った。
「うぐっ..ぐ、ぐああぁッ————!!」
魔王の禍々しい叫び声が、ビリビリと辺りを振動させる。最後の足掻きを見せ、必死に自分の闇の魔力を取り戻そうと踠く。しかし光の強さはそれを凌駕する。
「き、さま……ッ!!!」
怒りと憎しみ。
最期の刹那に、父からアルガに向けられた感情は、それだけだった。
アルガはそれでも目を逸らすことなく、最後まで、魔力を緩めない。
やがて魔王の叫びが消えていく。黒い手の先、足の先はみるみるうちに燃えて灰となる。微かに心臓部分を残していたが、それもやがて、静かに空中へと散っていった。
アルガはそれを見届けると、力を使い果たしたように、ガクンと床に膝をついた。
しばらく、辺りに沈黙が流れる。アルガとソルの、ひどく荒い呼吸だけが、大破した部屋に響く。お互いにボロボロだった。
今起こったことが信じられない——————しかし、それまで辺りを支配していた邪悪な圧迫感が無くなったことが、何よりの証拠。
「ソルの、言う通り、だった……」
思わず声を漏らした。確かにあの瞬間、自分の魔力は父のものを上回っていた。屈さないと決意し、初めて父に歯向かったあの瞬間。
「当たりめえだろ。勇者の言葉、信じろよ」
どこまでも、主人公ぶった台詞と行動に、微かな笑みを浮かべながらも、同時に涙がぽたりと落ちた。謂れのない、空虚な気持ちが襲う。父の憎しみと苛立ちに駆られたあの瞳が、脳裏に焼きついていた。
あんな仕打ちをされてきても—————実の、唯一の父親だったのだ。
「……アルガ」
そんなソルの声が響く。見上げようとすると、ふわりと身体を包まれていた。
その温かい体温と、伝わる鼓動が、「無」を「有」に変えていく。ソルの光は強い。悲しみも虚しさも、それを埋めて、温かく照らしていく。
ソルの大きな手が、アルガの背中を、しっかりと抱きしめる。「もう大丈夫だ」と言うように、その喪失を、不安を埋めるように。
アルガはその肩に顔を埋め、また涙が溢れるのを感じる。そして、心の中でそっと、父に別れを告げた。
(さようなら、父さん……)
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