91 / 195
10
10一1 ●ふーすけ先生の葛藤●
しおりを挟む昼休み、橘はいつもの人気のない喫煙場所に居た。
学校へと向かっている車中で、由宇に昼食はどうするのかと聞くと「いつも食堂かコンビニ」と返事が返ってきて、心がモヤモヤした。
いつも、というのは、恐らくかなり昔からのように推測される。
昨晩目の当たりにした由宇の姿が、頭からずっと離れない。
熟睡しているはずの由宇がむせび泣き始めて目が覚めた橘は、ジッと様子を窺っていた。
物語付きの悲しい夢でも見ているのかと、起こさずに幼い寝顔を見ていたら、ついには「やめて」と叫び出したため慌てて揺り起こしたのだ。
驚いた。
瞳を瞑ったまま、顔を歪めて手足をジタバタさせ始めた由宇を抱き締めてやると、どんな夢だったのかすぐに検討が付いた。
小さく、「やめてよ父さん…」と嘆いたからだ。
両親のいざこざによる悪感があそこまで由宇の心を侵食しているとは夢にも思わず、単に揉めているだけだろうと軽く考えていた橘は直ぐに動き出した。
園田一家の件よりも重要事項となり、年内どころか二週間でケリを付けてやる。
そのためには、由宇の父親について調べてみる必要があった。
父親の失墜にて由宇に小さな嫌がらせをしていた市川の件の時から、怪しいと睨んでいた男……現在町で一番大きな総合病院の外科部長の椅子に居る由宇の父親は、どうもきな臭い。
「あ、俺だけど。 調べてほしい奴がいんだよ。 ……」
通話を終え、タバコに火を付けた橘は、フーッと煙を吐いて真っ青な空を見上げた。
雲一つない、快晴。 見事な秋晴れだ。
その空のキャンバスに、夕べと朝の悶える由宇の姿が映し出され、危うく勃起しかけた。
夜泣きのせいか少しばかり赤らんだ目元にそそられてしまい、朝勃ちしていたからと理由を付けてささやかに犯してしまった。
夕べもそうだが、あんな事までするつもりは無かったのだ。
変態余罪野郎に触れられているのを見てカッとなったのも、
露天風呂で透き通るように真っ白な肌に欲情してしまったのも、
具合が悪いからと狸寝入りする寝顔にムラムラしてディープキスを仕掛けてしまった事も、どれも橘の意図するものではなかった。
自分でも訳が分からないほど筋の通らない事をベラベラ喋り、尤もらしく並べ立てて言葉を紡いではみたものの、元々頭は悪くない由宇はひどく困惑しているようである。
橘自身もそうなので、由宇の方がその度合いはきっと大きいはずだ。
だが橘にも、なぜ由宇を見ると思ってもいない事をスラスラ言えてしまうのか、理由がよく分からなかった。
幸せにしてやる。
俺だけだと言え。
俺の事だけ考えてろ。
熱烈に、キスを交えてそんな勝手な台詞を口走ったかと思えば、
期待はするな。
俺は優しくなんかねぇ。
幸せにはしてやるけど俺がそうするわけじゃねぇ。
…と突っぱねてしまい───。
説明しろと由宇に吠えられる度にはぐらかしていたが、橘自身も、突然襲ってくる独占欲に困惑しているのだ。
説明など出来る訳がない。
ギリッとタバコのフィルターを噛み、今日は何だか美味しく感じないそれを携帯灰皿の中へ捨てた。
ポケットの中でスマホが振動し、ほんの数分でもう調べが進んだのかと画面を確認すると、相手は舎弟からではなかった。
「……はいはい?」
『相変わらず軽いな。 歌音の件どうなったよ』
電話の向こうで笑っているのは、樹(いつき)だ。
総長時代の面影が一切無くなっている現在、彼は芸能事務所のマネージャー職に就いている。
歌音と従兄弟同士である樹とは、幼少時代から家族ぐるみで付き合いがあった。
樹の独り暮らしの住まいが歌音の実家のすぐ傍らしく、血縁で、しかも橘の婚約者で、ともなれば気になるらしい。
「歌音とエロ親父は一ヶ月引き離して様子見だ。 てか歌音の親父さんに結婚急かされてる」
『そうだろうな。 もうやっちまえば? その方が話早いだろ?』
「いやー……なんか踏ん切りつかねー」
『はぁ? ついこないだまで結婚早めても問題無いって言ってなかった?』
「言ったっすよ。 言ったけど、なんかなー」
『お、手当たりしだいの風助にも気になる女が出来たらしいな』
「まぁそんなとこ。 樹さんゲイだったよな?」
『あぁ、そうだけど。 ……何だよ、相手男? 今夜時間作るから会うか?』
「いいんすか? 樹さんの話聞きてぇ」
『分かった、遅くなってもいいならメシ行こう。 俺二十二時まで局から動けねぇんだよ』
「俺も多分遅くなるからその方がいい。 用事済ませたら連絡する」
『了解』
じゃ、と手短に返事をしてスマホをポケットにしまうと、ガムを一粒取り出して噛んだ。
口の中いっぱいにミントの味が広がり、気持ちがいくらか落ち着く。
樹は昔からゲイである事を公言していて、五年もの間、数十名もいる暴走族の総長として君臨していたが、その間もとっかえひっかえ可愛い系の男と遊んでいた。
本気にはならねぇ、と豪語していた通り、橘と同じく特定の相手を作ってこなかった樹の話が果たして参考になるのかは分からないが、橘が抱える謎のモヤモヤを少しでも払拭したい。
入学式当日の幼顔だった由宇には何の情も湧かなかった。
ただ、助けを求めるような寂しげな背中に引き寄せられたのは確かだ。
しかし先程、教壇から由宇を見詰めていると、視線を感じたのか顔を上げた由宇と視線が合い、お互い無表情のまま数分もの間見詰め合った。
少しずつ頬が赤くなった由宇の方から視線を外された時、教師である事を忘れて由宇のもとへ歩み「なんで逸らすんだよ」と顎を取りたい衝動に駆られた事など、……誰にも言えない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる