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しおりを挟む『好きになるな』などと言っておきながら、橘は由宇の知らないところで自分を見詰めてくれていたと聞けば、つい口元が緩んでしまうのは仕方ない。
覗きが趣味(?)の真琴が言うのだから、説得力がある。
(ほんと……? 先生、俺の事見てくれてたって……ほんと?)
視線にそう思いを乗せても、橘は溜め息を吐いて真琴を見ていて届きそうになかった。
「ったく。 油断も隙もねーな。 あーもう、時間だから行くぞ」
「え!! どこに行くんですか! デートっ?」
「そんなんじゃねーって何回言ったら分かんだよ。 ……ポメ、靴履き替えて俺の車まで来い。 こいつは要らねぇからな」
「うん、分かった」
ポケットに手を突っ込んだ橘が由宇を振り返って「鍵は開けといていい」とだけ言って生徒指導室を出て行った。
隣で瞳をキラキラさせたままの真琴と由宇を置いて行くとは、橘もさぞ「めんどくさい」と思ったに違いない。
いつもは分からない彼の心境が今だけは手に取るように分かってしまい、笑いをこらえきれなかった。
「ねぇねぇ、ポメって何? 由宇の事?」
「そう。 俺、ポメって呼ばれてる」
「いいなぁ! 二人だけに通じるあだ名的なやつ~!? 今からどこ行くのっ? 橘先生は否定してたけど、デートなんでしょ!」
「違うよ! 俺の家。 親と話があるみたいで」
真琴からの追及が止まりそうになかったので、由宇は何気なく急いでるよアピールをしながら下駄箱へと向かう。
ピタリと横を付いて来る真琴は一体何がしたいのだろうと立ち止まり、「好きな人が男」発言がすっかり流されてしまっていた事を思い出した。
橘と由宇を深く詮索する様子が無かった事からも、単に話を聞いてほしいだけなのかもしれない。
「真琴、好きな人が男だって言ってたけどほんと?」
「あ、うん! ほんと! 由宇といつも一緒に居る人!」
「え……えぇっ!? もしかして、怜の事?」
(マジでー!!?)
由宇は目を丸くしてニコニコ顔を崩さない真琴を見ると、へへっと頬を染めている。
……どうやら本当らしい。
「怜、っていうの? 名前知りたくてもなかなか調べられなかったから、困ってたんだよね~!」
「そ、そうなんだ……。 怜の事が……」
とても高校を入学したばかりとは思えない大人びた怜の事を、狙っている生徒は多い。
同じクラスにも、他クラスにも、怜を密かに狙っていそうな女子生徒は多数いるが、まさか真琴のような男子生徒からも熱い視線を送られていたとは知らなかった。
優しくて頭が良くて運動神経も抜群で家事も出来る、そんな怜が独り身なのは勿体無いと思ってはいるが、家庭の事情的に今は誰とも付き合う余裕など無さそうだ。
ただ、何も知らない真琴にそんな深い話は出来ずに黙っていると、またしてもキラキラ光線を向けられてしまう。
「入学式の日に一目惚れしちゃってさぁ! おれ、タイプだなって思ったらすぐ好きになっちゃうんだーっ。 でも違うクラスだし? 進学校だから学力落とせないし? お近付きになるなら、まずは橘先生とラブラブな由宇に仲人頼もうかなぁって!」
「いや、だからラブラブじゃないって……。も、もうマジで行かなきゃ!」
どこをどう見たらラブラブに見えるんだ、今はまさにその逆だよ、など、余計な事は言わない。
橘がすでに車内でジリジリしながら由宇を待っているところを想像して、真琴には悪いが早々に上履きを脱いだ。
「これおれの電話番号! 登録してね、LINEしたいから!」
「えっ? あ、うん、分かった」
「絶対だよ! 二人の秘密はちゃんと守るから! 絶対だよ!」
「分かったってば! じゃあね!」
無理やり紙切れを握らされた由宇は革靴の踵をしまっていたのだが、すでに真琴には背を向けている。
仲人を頼みたいと言われてしまい、元気いっぱいで「怜に一目惚れした!」と告げられては無下には出来なかった。
紙切れを開いてみると、由宇と似たり寄ったりな汚い数字が並んでいる。
(なんか……俺と似てるな……真琴)
あんなにハイテンションで無邪気なキラキラ光線は由宇にはとても出せないけれど、元気で裏が無さそうなところはちょっと気に入った。
三白眼で思いっきり不満そうだった橘を前にしても真琴は怯まなかったし、彼は本当にあれが素なのだと思う。
「遅い。 何分待たせんだ……って、何だこれ」
橘の車の運転席にはすでに持ち主が不機嫌そうに乗っていて、由宇は慣れた様子で助手席へと座りシートベルトを嵌めた。
乗り込んで早々、由宇が摘んでいた紙切れを奪われる。
「真琴の番号。 登録してねって」
「ふーん。 何だよあいつ。 不気味なんだけど」
「生徒をそんな風に言うなよ! 俺と先生の仲を勘違いしてて、それで……話を聞いてほしかったんだと思う」
「話って?」
「好きな人がいるって言ってただろ」
「あー、そうだっけ? 相手誰だか聞いたのか?」
(聞きましたとも。 ひっくり返りそうになりましたとも)
先程の驚きが蘇ってきて、由宇は思いっきり苦笑しながら運転中の橘の横顔を見た。
生徒間であれば絶対に口を割らないが、相手は生徒の色恋沙汰などにはまったく興味を示さないであろう橘だ。
話しても問題ないだろうと、由宇は苦笑する。
「怜の事が好きなんだって」
「……はっ!? ……それ笑っていいやつ? ぶっ……!」
「笑うなよ! 真琴は真剣だったんだから!」
「……ふっっ……ぷっ……」
怜の名前を出した途端、躊躇したのは一瞬だけで橘は口元を隠してクスクス笑っている。
まったくもって笑い事ではないのだが、何が可笑しいのか橘のツボにハマったらしくしばらくそうして肩を揺らしていた。
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