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13一8●ふーすけ先生の恋●
しおりを挟む橘は、由宇が友人らと帰宅している様を生徒指導室の窓から眺めている。
季節は冬へと突入した。
グレーレッドのバーバリーのマフラーを口元まで巻いた姿は、頼りなげで可憐に見えて、撫で回したいほど可愛い。
ふわふわした髪とポメラニアンそっくりな顔立ち、入学した時からほぼ変わらない背丈、優しい面立ちの中に宿る男の子らしく勝ち気そうな瞳……由宇の存在は、今や橘にとっての癒やしだ。
「早いとこコレ渡してやるべきなんだがな」
スラックスのポケットから取り出したのは、枯れた花びらが三枚パウチされたラミネートフィルム。
林田が言っていた通り、由宇は日に日にしょんぼりしていったので橘は暇さえあればこれを探していた。
先週の事。
橘が煙草を吸っていた頃に勝手に喫煙所としてよく使っていた、旧校舎へ行ってみた。
本舎はすでにしらみ潰しに探して発見に至らなかったので、ダメ元だったが……あった。
茂みの中にポツンとあったそれは、雨風と泥で汚れていたのですぐに手洗い場で洗い、ハンカチで綺麗に拭いて空に翳した。
なんだこれは。 しかも何故こんなところに。
由宇はこれを失くしてしまってから、明らかに成績を落とし意気消沈だった。
これがそんなに大切なものなのだろうか。
日常生活と、今は何より大事な勉強さえ手に付かなくなるほど、由宇にとっては大事なもの……。
「期末入る前に渡してやんねぇとな」
中間試験の由宇の結果は散々だった。
数学だけではなく、全教科軒並み下降線をたどっていた。
それはこの枯れた花びらが失くなってしまったせいだと知っていたので、答案を返す際に橘は特に由宇を揶揄ったりはしなかった。
眺めていた下校中の由宇の姿が見えなくなり、橘は机に腰掛けて腕を組む。
誰かに頼むのではなく、約半年もの月日をかけて自らが探し出した由宇の大切なもの。
見付けるまでは話し掛けないと決めていて良かった。
これはそうそう見付かる代物ではない。
事情を知らない誰かに拾われていたら、危うく破棄されてもおかしくないものだ。
だが橘が見付けた。
何度も由宇と語らったその場所で、橘自身が。
──明日こそは返してやろう。
いや、それだけではなく、確かな意味を持って由宇を構い倒す日々も再開しようか。
いつ渡そうかとタイミングを見ていたが、なかなかチャンスが無かった。
二年に上がった由宇達は毎日放課後までみっちり授業があり、休み時間は二人の友人が由宇の脇を固めていて近寄れない。
歌音との結婚がどうなったかの話もしてやりたいし、この花びらが由宇と話すきっかけになってくれるなら、そろそろタイミングを見ている場合ではない。
「アイツらじゃ埒あかねーしな」
橘自身が多忙で身動きが取れないために、来年の春まで暴露は待ってやると言ったが、歌音と怜の父親は一向に動いている様子がない。
ほんの少しでも説得の意思を見せてくれれば動きようがあるのに、二人はのぼせ上がっているのか能天気ゾーンからなかなか解放されないのだ。
焦れ始めていた橘は週末である明日、歌音の親父さんの元へ行こうと決めている。
暴露はしない。
ただ橘は、歌音と結婚する気はないとだけ伝えに行くのだ。
当事者でもある二人にはすでに通達済みで、来れるならお前らも来いと言っておいたが果たして来るかどうか。
「…………はぁ……」
まったく。
何をグズグズしていたのだろう。
らしくなく自身を押し殺し、「由宇のためだ」と綺麗事を並べて標的から目を逸らし続けていた。
中途半端に手を出して由宇を散々困惑させて、しかもその後は目に見えてツラくあたった。
本当に、可哀想な事をした。
離れるにしてももっと別のやり方があったはずだ。
橘が気持ちを切り替えた日、何の前触れもなく冷たくされた由宇のショックを受けた顔は、今でも夢に見る。
当然だ。
あれはそう……甘ったらしいイチゴ味のキスをした翌日の事だったのだから。
──ごめん。
一言、謝れれば良かった。
説明しろと叫ぶ由宇に何も応えてやらずに体と心を弄んで、あげく突き放すなんて男として絶対にやるべきではなかった。
嫌気が差すほど、自分の事ばかりだった。
歌音との結婚があるから、由宇とはこの先どうなりようもない。
あの時はその現実にだけ囚われて、橘に気持ちがあったはずの由宇の心をこれでもかと傷付けてしまった。
心変わりされても仕方がないのだが、由宇がズルズルと報われない片思いに苦しんでいるのなら、橘がまた構い倒してもいいはずだ。
今ならきちんと気持ちを伝えてやれる。
由宇が欲しがっていた「説明」だって、全部してやれる。
煙いと嫌っていた煙草もやめたし、春に切った髪はまた伸びてきたので由宇が気に入っていたハーフアップに戻している。
自分で自分が気持ちが悪いほど、気付かれるはずがないと分かっていて遠回しに由宇へアピールしていた。
──俺はお前の事が好きだ、由宇……。
その姿が見えなくなっても、橘は窓の外をぼんやりと眺めて由宇を探す。
これが恋か、と自嘲気味に笑いながら。
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