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13一9●ふーすけ先生の恋●②
しおりを挟む言い負かされると分かっていて噛み付いてくる強気なところが好きだ。
見た目はぬいぐるみを愛でるような感覚に陥るし、歩幅が小さいので歩くのが遅く、手を引いてやらないといけない世話の焼けるところも可愛いと思う。
気が強く素直なわりに、たまに見せる大人への遠慮はほっぺたをつねりたくなるほどいじらしい。
泣き虫じゃないと言い張るくせに、橘の前でしょっちゅう見せていた泣き顔や、怒って睨み付けてくる顔には無条件で興奮する。
自覚もないのにやってしまったあの素股の記憶は、一年経って色褪せてはしまったが橘の自慰には大いに役立っている。
「あーもう……」
由宇を脳裏に呼び起こすと、何故かイライラしてくる。
───なんで俺のそばに居ないんだ。
───なんで俺は由宇を手放せたんだ。
理由ははっきりしているのに、由宇を想うと自分に腹が立ってしょうがない。
この歳にもなって、恋愛とは無縁だったからと言い訳してもそれこそが逃げだと歯痒くなる。
一体、いつから好きだったのか。
考えれば考えるほど、初めて会ったあの日の事を思い出す。
去年も今年も、桜を楽しめなかった。
由宇が好きだと言っていた桜を、来年は二人で眺めたい。
初めて出会った桜並木の下で、歩みの遅い由宇の手を引いて綺麗な青空を見上げたい──。
「これ……もしかして桜の花びらか?」
橘は、歌音の実家の前に佇んでポケットからラミネートフィルムを取り出した。
枯れてしまったそれは、桜の花びらのように見える。
「まさかな」
たった今出会いの光景を思い出していたから、そう見えるだけなのかもしれない。
由宇が肩を落として落ち込むほどの大切なそれをポケットにしまい、橘は門の扉を開いた。
歌音とは結婚出来ないと言い伝え終わったら、今日、その足で由宇の元へ行くと決めている。
橘自らが由宇の探し物を見付け出した事を伝えて、そして何の前触れもなく傷付けた事を謝って、それから……好きだと言ってキツく抱き締めたい。
誰を想っていてもいい、それが片思いのまま消化出来ずに居るのなら、「俺の元へ来い」……と。
「風助さんじゃないですか! どうぞ、中へ!」
広々とした玄関口に入るや、家の使用人と言っていいのか分からないほど人相の悪い者が三名現れた。
橘は無表情のまま「ども」と返し、使用人達に案内されてリビングへと通される。
幼い頃から知るこの家は、昔から謎の甲冑や高そうな掛け軸、割ったら大変な事になりそうな壺が至る所にあって落ち着かない。
いつもの革張りのソファに腰を下ろすと、後ろから使用人達の視線を感じた。
「風助じゃないか。 どうしたんだ、突然。 ……おい、茶を頼む」
歌音の父親である、限り無くその筋の者と違わない「親父さん」がゆったりと現れて橘の目の前に腰掛けた。
お茶を頼まれた使用人のうちの一人が、急いでキッチンへ向かっていく。
普段から着物を着用しているのでそれだけで威圧感があるが、すでに還暦を超えたはずの親父さんの髪は黒々としていてしかもビシッと固めたオールバックである。
橘も幼い頃はこの見た目の重厚感に恐れを成していたものの、今はもはや我が父親のように親しみを感じている。
使用人から湯呑みを受け取ってから、橘は組んでいた足を地に戻した。
「話があってな」
「ほぅ、なんだ」
「もう勘付いてるだろーけど、俺は歌音とは結婚出来ない」
藪から棒過ぎたかもしれないが、用件はこれだけだ。
無駄に世間話をするタイプでもないので、言い終わると同時にお茶を啜る。
大方の予想は付いていたらしい親父さんの表情が、一気に険しくなった。
「…………その話か」
「分かってたんだろ。 一昨年からの歌音の変化に」
「………………」
橘を見詰める鋭い視線が、何もかも知っている事を匂わせている。
やはり親父さんは歌音と怜の父親の事を知っていて、あえて口に出さないのだ。
それは、当人達からの話しか聞かないという強い意志を感じる。
箱入り娘の父親ならば当然の事で、あの二人がグズグズしているためにこれだけ無駄に時間が過ぎている。
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