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しおりを挟む新しいスマホが傷付いてしまった。
しつこい着信から逃れたい一心で携帯会社まで変えて、せっかくの休日を丸一日費やしたのがパーだ。
目の前の男は、今さらどういうつもりで、どういう気持ちでこんな事を言っているのだろう。
乃蒼の思いなど微塵も汲み取ってくれなかった月光なんかに、乃蒼の気持ちなど分かるわけがない。
「今さら……今さら何言ってんの? 嘘じゃん」
「嘘なんかついてないって~」
「なっ、おま、あの頃女とも寝てただろ! てか好きってのも今初めて聞いたし!」
「え~言ってなかった? もし言ってなくても、俺は体で伝えてたと思うけどー……」
「体でって……」
また落としたら大変だからと、スマホをひとまずポケットにしまったが乃蒼のその手は微かに震えていた。
乃蒼にとって青春を捧げた月光からの告白は、今さらだと思うよりも先に、なぜあの時言ってくれなかったのかという方へどうしても論点が向かう。
友達兼セフレだと信じて疑わなかったからこそ、乃蒼は月光に何も言わなかったのだ。
三年近くもの間やる事をやっていると、自ずと独占欲が湧いてきてしまう。
乃蒼は月光の彼女等にとっては浮気相手に過ぎず、その一線を越えようとなど考えつきもしなかった。
胸を押し戻された月光は、あの頃ようには見詰めてこない。
想いのこもっていそうな真摯な瞳が、月光にはまるで似合っていない。
月光が一度でも「好きだ」と言ってくれていれば、乃蒼の心境も境遇も今頃違うものになっていただろう。
女とはやらないで。 そんなに次から次に彼女を作らないで。 と、恋人ぶって言ってみたかったが隙を与えなかったのは月光その人である。
月光との最後のあの日、「付き合ってる」「付き合ってない」でわずかに揉めた原因が、七年経ってやっと分かった。
好きな者同士がほぼ毎日のようにセックスをしている。 だから、付き合っている。
月光はそう思っていたに違いない。
「……なんだ、それ……。 どういうオチだよ……」
「オチってなんだよ~? ……なぁ、俺は乃蒼じゃないとダメなんだってば。 こないだやった時、やっぱ乃蒼が一番だって思ったし。 誕生祭抜けて五時間経って店戻ったらもう誰も居なくてさ。 人生で初めて人に怒られたよ~」
「……そんなの……知るかよ」
この下半身バカが、怒られない人生を歩めて来れた事の方が奇跡だ。
無駄に整った容姿と立派な体躯、きっと自慢であろうアソコのみでここまで勝ち組として成功できている月光に、乃蒼は必要ないではないか。
綺麗で金回りのいい女性をはべらせて夜な夜な潰れるまで飲むのが、今の月光の世界だ。
一方の乃蒼は、美容師として見習い時期を経て今やスタイリストに昇格した、真っ当な昼職勤務である。
住む世界も周囲の環境も変わってしまった二人の共通点など、学生時代の苦い思い出くらいしかない。
下半身に忠実な月光は、乃蒼の体を久しぶりに堪能して恋しいだけなのだ。
二度とそんな機会は与えてやらないという事を、今ここでハッキリさせなければいつまで経っても堂々巡りになる。
乃蒼は意を決し、苦々しく月光を見上げた。
「あの……さ。 月光、俺はもう月光とはやらない。 これは分かる?」
「分かんない」
「分かれよ。 そこから話が進まないじゃん」
期待外れの即答に、思わず全身の力が抜けた。
ベンチに腰掛けて項垂れた乃蒼は、一際大きな溜め息を吐く。
「大丈夫~?」などと心配気な月光が隣に掛けた気配がしたが、無視を決め込んで放っておいた。 真っ白になった頭の中を一度整理しなければ、おバカな月光への説得も出来ないと思ったからだ。
しかし空気の読めない月光は、項垂れた乃蒼の肩を抱こうとしてきた。
懲りない奴だと呆れながら、ささっと避けてベンチの端へ移動する。
何もかも忘れたいと願い、考え込んでしまう空いた時間を作らないようにがむしゃらに働いてきた時間も無意味になった。
月光が、今さらなあの言葉を発しなければ乃蒼の青春も霞んだままだった。
そのままで良かった。 色付かせてほしくなどなかった。
今も昔も変わらないままでいて欲しかった。
月光は “友達” としてならば、本当に最高の男なのだ───。
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