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「痛ったぁ……」
翌日、乃蒼は初めて、ひどい二日酔いというものを経験していた。
頭痛で目を覚まし、戻すほどではないがずっと気分が悪い。 明らかな悪酔いに胸元を押さえ、乃蒼は何度か寝返りを打ってから上体を起こした。
「最悪だ……」
体を起こしてみて分かったが、ミシミシと音を立てそうなほど全身が倦怠感に見舞われている。
その理由は深く考えるまでもない。 昨夜はいつもの優しい男と、少々荒くて長いセックスをした。
朧げにそれを覚えていた乃蒼は、悪酔いした事は棚に上げ自宅でいつも通りに目覚めた自分を内心で褒めた。
毎度毎度どうやって帰ってきているのか分からないが、財布の中身がいくらか減っているので、タクシーを拾ってこの家の住所を無意識に伝えているというのが一番濃厚な線だ。
「あーでもなぁ。 何か忘れてる気がする……てか気持ち悪っ」
酒に弱い乃蒼がここまでの不調を覚えるなど初めての事で、それに対する薬など家には常備していない。
これが噂に聞く二日酔いかと、笑えない冗談を思いながらベッドを降りた。
どれだけ気分が悪かろうと、予約客は待ってくれない。
仕事をする事で自身のバランスを保っている乃蒼に、「欠勤」「遅刻」などの二文字がはなから頭に無かった。
「まぁいいや。 とりあえず支度しよ……」
途中でドラッグストアに寄ろう。 どんなものが効くのか分からないので店員に即効性のあるオススメ商品を聞いて、……などとぼんやり考えながらのろのろと着替えをしていると、ふとLINE着信の音がした。
その着信音でようやく、忘れていた何かを思い出した乃蒼はさらに青ざめた。
「……っあッッ!!」
この着信は、乃蒼から実質の着信拒否を実行された月光が探し当てた連絡手段。
まさに顔面蒼白である。
二日酔いからなのか、急激に襲ってきた精神的ストレスからなのか、乃蒼の指先がまるで血が通わなくなったかのように冷えてきた。
「どうしよ、どうしよ、……ッ」
昨日は、月光が仕事を終えるまでゆるぎで待っていてやるという約束だった。 その言葉で月光も仕事への意欲を取り戻し、乃蒼の貞操も守られた。
にも関わらず、だ。
乃蒼は月光を待つどころか、別の男とホテルに居た。 しかもしっかりと気怠い朝を迎えるほど濃厚なセックスをした。
繰り返し流れるメロディーが、頭痛をひどくさせる。
心の動揺そのままに、ジッとしていられなかった乃蒼はテーブルの周りを意味もなくぐるりと一周し、胃のムカつきがひどくなってきたのでピタと立ち止まった。
埋め合わせするから、と言って謝っていいものか……。 いや、何も自分から「ホテルで他の男とやってました」などと、言わなくていい事を言わなければバツが悪い事もないのではないか。
しつこい月光は三度目の着信を寄越してきた。
無視がダメなら、とりあえず平然と出てみるしかない。
「……もしもし、おはよ」
『おはよじゃねーよ~! 何回電話したと思ってんの~!? 昨日、俺の事待ってるっつってくれたのに、他の男と店出たらしいじゃん! さすがにそれはひどいって~!』
───バ、バレている。 バレている上に、めちゃくちゃ怒っている。
乃蒼の顔面は、もはやこれ以上白くなりようがない。
言い訳を一つも考えていなかったため、「うっ……」と言葉に詰まってさらなる月光の怒りを買う。
「……ごめん……。 酔っ払ってた、みたい……」
『たった一時間ちょっとで酔うかよ~! 乃蒼、酒弱えならもう飲むな! マジでっ、ムカつくなー!』
「ご、ごめんって……。 今度埋め合わせするから。 絶対。 これは約束す……」
『今度!? 今日に決まってんだろ~! 俺休み取ったからゆるぎで待ってる! 仕事終わったらすぐ来いよ~!? 今日来なかったらマジで許さんよ~!』
「えっ、今日……」
『じゃあな!』
電話口で盛大に怒鳴られ、余計に頭が痛くなってきた。
あんなに月光に怒られたのは初めての事で少々呆気に取られてしまったが、今回の件は言い出した乃蒼の裏切り以外の何ものでもない。
着信履歴には、ずらりと月光の名前が並んでいた。 きっと乃蒼も、同じ立場であったらそりゃあもう怒鳴りつける勢いでブチ切れている。
下心云々はさておき、月光の怒りはごもっともだった。
「やばぁぁ……マジでどうしよ。 ……まぁでも考えても仕方ないしな。 とりあえず薬買って仕事だ、仕事」
乃蒼は切り替えが早かった。 これこそ、離れていた五年もの月日の賜物である。
しかしながら、セックスの後遺症である下半身のだるさと二日酔いには勝てず、普段よりいくらも時間がかかって支度を済ませ、家を出た。
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