20 / 139
◆ 偽りのはじまり ◆
第二十話
しおりを挟む「───えっ!?」
「ん? そんな意外だった?」
突然の脈絡のない告白に、次の薬は一時間後辺りに飲もうと算段していた天だが意識がそちらへ引っ張られた。
よく分からないが、いわゆる恋話を潤の口から聞くとは思わなかったのである。
意外というより、素直に驚いた。
「いや、まぁ……何ていうか……彼女居ないって言ってたから」
「うん。 だって片思いだもん」
「そ、そうなんだ……」
潤が、片思い?
天は瞬きを繰り返し、遠くの緑を眺めている綺麗な横顔を見詰めた。
ちょっとやそっとじゃお目にかかれないほどのこの見た目で、中身も無邪気そのものですれていない潤が片思いしているとは、にわかには信じられない。
ところどころで男性らしい気の使い方をしていた潤は、天相手にも同様にエスコートしてくれていた。
行く先々、歩いている最中でさえ視線を集めていて、それに気付いているのかいないのか分からないが、とにかく彼に片思いという単語は似合わない。
もしかして恋には奥手なのだろうかと、天は興味本位で聞いてみた。
「……片思いの相手って、どんな人?」
「んーっとね、年上で、優しくて、明るくて、綺麗な人。 でも……」
「でも?」
そこで言葉を濁した潤は、ようやく天の方を向いた。
首を傾げた天を、潤が真っ直ぐに射抜く。
二重の瞳が少しだけ揺れていて、ほんのりと色付いた唇が薄く開いたと同時に天は妙な気分に陥った。
何だか、自分がその相手ではないのかと錯覚してしまいそうになる。
当てはまっているのは「年上」だけだが、年下感を匂わせない潤の熱い視線に不覚にもドキドキした。
「その人、結婚してるの」
「けっ、……マジで!?」
こく、と潤は頷く。
やはりその相手は天ではなかった。
分かっていた事なので傷付きはしないけれど、「そっか、そうだよな、違うに決まってるよ」と心の中で自らにフォローを入れたのは何ゆえか。
「それは……何ていうか、禁断の恋ってやつだな」
「……でしょ。 僕、天くんが年上だって知ってから、話聞いてほしいなって思ってたんだ。 年上の人を好きになりましたーなんて、同世代の友達に話しても理解してもらえないんだよ」
「そうなのか?」
「うん。 ……ちなみに天くんは、性についてはどう考えてる?」
「性って……」
「天くんは、何? 嫌じゃなければ教えてほしいな」
年の差恋愛など大した事ではないだろうと思っていた矢先、急な角度から質問が飛んできた。
性と言えば "性" しかない。
決まりきった答えは、もはや自己催眠をかけているかのようにするりと口に出る。
「俺はβだよ」
「……そう。 そうだね、……βだよね。 僕もだよ」
「────え!?」
「ん? そんな意外だった?」
先程と同じトーンで驚いた天と、まったく同じ返答をする潤の台詞はまさにデジャヴだった。
絶対に、絶対に、そうに違いないと確信していたはずの潤がβとは。
途端に、あの "何か" の意味が分からなくなる。
「潤くんはαだろ!?」
「……どうしてそう思ったの?」
「えっ……い、っ……いや、なんとなく!」
「何それ?」
「初対面の時から思ってたんだよっ。 見た感じとか雰囲気で、αだろうなって」
「僕、そんなにαオーラ出てる?」
「出てる」
「そうなんだ。 でも僕はβだよ」
「へぇ……」
潤は、自身をβだと言い切った。
天の自己催眠や長年の偽りと同じく、それは少しの淀みもない。
微かによぎった "もしかして" を否定された天は、視線をウロウロさせて内心だけで動揺した。
これは、静電気説が濃厚になってきた。
「Briseのトイレの横に個室があるんだけど、あれ何だと思う?」
「……え? 喫煙者用の個室じゃないんだ?」
「違うの。 あれ、Ω専用の個室」
「えぇ!?」
そもそもそんな個室があった事さえ気が付かなかった。
Briseには天の興味をそそる物があちらこちらにあり、しかも潤に隠れて朝の薬を飲むという大きなミッションがあったためだ。
チクリと胸を刺す、「Ω」という単語に顔が引き攣りそうになる。
込み入った会話をしている二人の目の前を、仲睦まじい四人家族が通って行った。
それを目で追っていた潤は、足を組んで遠くの緑に視線を移す。
「半年くらい前だったかなぁ。 お店でヒート起こしちゃった人が居て、その人男性だったんだけど……それがもうすごい騒動だったみたいで」
「……男性……男性のΩ……?」
「うん。 僕その日たまたま休みで、あとからその騒動を聞いたって感じなんだけど。 今は男性のΩって珍しいんでしょ? 常連さんとかバイトの子とか、その日以来Ωを悪く言ってるのが嫌で嫌で」
「………………」
耳が痛かった。
つい三ヶ月前、騒動にはならなかったが似たような経験をした天に、それは他人事ではない。
学生時代、クラスメイトもΩのヒートについてを嘲笑っていた。
こと男性のΩには手厳しい言葉が横行し、その場で愛想笑いをするのさえ難しかった天にはやはり偏見という二文字が深く突き刺さる。
潤はβだと言っていた。
しかしΩ性の悪口を聞くのは苦痛だと顔を歪めている。
「僕の周りはβしか居ないからよく分からないんだよ。 好きな人ももちろんβだし。 Ωだからってそんなに悪い事なの? みんな性についての知識はあるんだから、助け合えばいいのにって思っちゃう」
「………………」
天は、どう返事をしたら良いのか分からなかった。
若い潤や、その周囲の者等も圧倒的にβ性が多い世の中だ。 偽り続けている天も、その中の一員だと勝手に思っている。
けれど……潤のように擁護する者はあくまでも少数派で、これはそんなに簡単な問題ではない。
21
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる