恋というものは

須藤慎弥

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◆ 葛藤と純情 ◆ ─潤─

第三十七話

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 ───片思い中の者から夫婦間の問題についての愚痴や相談を受けているとは、なんと不憫なんだろう。


 天の視線がそう語っていた。

 口では明るく振る舞っていた天だが、慰めたいと思ったのか気持ち潤の方へ体を寄せてくる。

 途端に潤の体に緊張が走り、じわりと天の方を盗み見た。 けれど彼は、何食わぬ顔で遠くのカップルを眺めている。

 人目も憚らず、イルミネーションにあてられたカップルはぴたりと密着し、今にもキスしてしまいそうな距離で会話を交していた。

 その光景を見て、よくやるよ……と苦笑した潤はあの二人が少しだけ羨ましいと思った。

 先週、天と出掛けた映画館でイチャつくカップルを目撃した際は、そんな風には思わなかった。 「僕達もやってみる?」と天を揶揄い、驚いた様を見て楽しんだのみだ。

 
「……潤くんとその好きな人って、愚痴とか相談をすぐに言い合える仲って事?」
「まぁ……すごく近い人だから。 知り合って五年は経つし、気のおけない仲なのは確かかな」


 潤の返答に、ふむ…と唇を尖らせた天はまだ缶コーヒーを開けていない。

 カイロ代わりとなったそれを頬にあてて、「そっか」と呟く。


「そうなんだ……。 でも潤くんは複雑だよな。 いくら気のおけない仲だからって、好きな人から夫婦間の相談されたり愚痴聞かされる、なんて」


 缶コーヒーを頬にあてたままの天は、見るからにしょんぼり顔で潤を案じてくれた。

 だが実際は、潤はまったく動揺することなく毎朝「証拠を取りなよ」と繰り返している。

 それほど不満を抱えて思い悩むのならば、証拠を掴んで兄に突き付けてやればいいと何度も諭しているほどだ。

 しかし美咲は、やはり兄を信じたい気持ちがあるのか一週間経ってもスマホのチェックもしていない。

 潤には散々っぱら「もう悩むのは嫌だ」と嘆くわりには、食卓に隣同士に腰掛けた兄の事をチラチラと横目で見て、今にも話がしたそうに視線を投げ掛けている。

 疑惑を掛けられている兄はというと、両親の前では普通に接しているが隣家に戻るやよそよそしいと聞いた。

 それは美咲があからさまに怒った態度を出しているからではないのかと潤は思ったが、要らぬ事は言わないでいる。

 溜まっているモヤモヤを、美咲が潤に吐き出す事で少しでも気が晴れるのなら、毎朝愚痴を聞いたって構わない。

 ただ不思議なのが、そのアドバイスが自らのチャンスとなるかもしれないなどという下心が綺麗さっぱりなくなっている点だ。

 天が潤にそうするように、潤も美咲を案じているだけに過ぎない。

 二人が万が一この件で別れる事になっても、それは二人の問題で潤には関係ないとまで思うようになった。


「んー……最近はもうそんなに」
「え?」
「───ううん、なんでもない。 天くんこそどうなの? 憧れの上司との飲み会がなくなって、寂しい?」
「あ、……うん。 俺がっていうより上司の方がまいってるからな。 心配はしてる。 すごく」


 へぇ、と相槌を打ちながら、天に分からないように潤はムッとした。

 兄もそうだが、そもそも仲違いを作る原因を作ったその上司にも非があるのではないか。

 天に心配してもらえて羨ましい。

 優しい天は、きっと四六時中その上司の事を考えている。

 飲み会がなくなって寂しいだの、まいってそうだから心配だ、だの、天の口からはあまり聞きたくない。

 潤はつい、その思いを吐露してしまった。


「僕思うんだけど、浮気疑惑なんてかけられる方が悪いんじゃない? 不安を与えるような行動を取ってるんだよ。 疑惑が疑惑じゃないかもしれないし」
「まぁね。 でも俺の上司の場合は確実に浮気じゃないんだよ。 なんて言うのかな……偶然が重なってる、って感じ。 俺にも責任がある」
「……どういう事?」
「上司の浮気相手、俺って事になってるんだ」
「はっ!? 意味分かんない! なんでっ?」
「うわ、っ……ビックリしたなぁ。 潤くん落ち着いて」


 ようやく缶コーヒーのプルトップに指をかけた天が、潤の驚愕した声にビクッと体を揺らす。

 とんでもない事実が発覚した。

 ずっと疑いもしなかった疑惑が急に頭によぎった潤は、とてもじゃないが黙っていられなかった。


「ちょっと待ってよ。 ひとつ確認。 天くんの上司って、女性……だよね? 女性だって言って」
「違うよ、男」
「────っっ」


 なんで。 どうして。

 さも当然のように首を振った天を、潤はまじまじと凝視した。

 潤は今の今まで、天の憧れの上司とやらは女性だと思い込んでいたのだ。

 話の流れ的に「ん?」と首を傾げる事もあったが、α女性ならば特に、大会社で出世したとて何らおかしくない。


 ───憧れている。 尊敬している。 ピンチを救ってくれた人だから情がある。


 こう語っていた天はあの時、確実に脳裏にその者を思い浮かべていた。

 それが男性だったとは。

 天のこのキャラと愛嬌のある見た目であれば、年上の女性上司からさぞ可愛がられている事だろうとヤキモキした日々を返してほしい。

  "憧れの上司" が男性だと判明した瞬間、潤の中で抑えきれない何かが沸々とし始めた。

 無性に今、カプセルを欲した。


「そもそもな、そんな事実はないんだよ? ちょっと事情があって、俺は巻き込み事故食らってるだけ」
「巻き込み事故……」
「ていうか、いつの間にか俺の話になってるよ。 今日は潤くんの恋話をしようの会なのに」
「いや……それどころじゃないよ……」
「なんで? どした?」


 潤は、両膝に手を付いてガクッと項垂れた。

 どうしたんだよ!と、潤に触れずに首を傾げて顔を覗き込んでくる天の事が、この時やたらと可愛く見えた。




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