恋というものは

須藤慎弥

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◆ 年下の密な友達 ◆

第四十話

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 思い込んでいた天が悪い。

 だがしかし、絶対にそうだろうと信じて疑わなかったので驚くのも当然だった。

 くりくりの目玉をさらに見開き、すくっと立ち上がった天はさらなる疑問をぶつける。


「時任さん、て事は奥様の性別は……っ?」
「嫁もβだ」
「えぇぇぇぇっ!」
「なんでそんなに驚くんだよ」
「い、いや、だって、時任さんご夫妻はてっきり番関係にあるものと……!」


 驚愕のあまり三歩ほど後退った天のオーバーリアクションを、豊は目尻を下げて見ている。

 思い込みとは恐ろしい。

 そういえば少し前も、性別に関する事でこうして驚愕に見舞われたが、今日もその時と同等に仰天した。

 αに違いないと確信していた男達が軒並みβであるという事は、それほどα性が希少だという証明にもなる。

 フラつきながら遠ざかった天をよそに、いかにも楽しげな豊は、会議室内に並ぶ長机の一つに腰掛けて腕を組んだ。


「ていうかな、考えてもみろよ」
「……へっ?」
「あの日だ。 吉武を見付けた時、俺は近寄らなかっただろ」
「あ……! 確かに……」
「知ってると思うが、番を持ったαは他のΩの者のフェロモンには動じない。 少なからず誘われはするだろうが、番関係というのは本能的、精神的な繋がりが強固なんだ」
「………………」
「俺はβ性だから、たとえ結婚していようが理性を崩すΩのフェロモンにはどうしても抗えない。 だからあの時、俺は吉武のヒートが治まるまで近寄れなかった」


 あぁ……と神妙に納得した天は、大きな窓から冬の曇り空を眺めた。

 暑い真夏の夕暮れ時。 いち早く自身の体の異変に気付いて、すぐさま屋上へと逃げた日がもはや懐かしい。

 隣県住みなので無理だと分かっていながら母親に助けを求めようとしても、指先が震え、スマホを持つ手も震え、どんどんと激しくなる動悸に立っている事さえ出来なかった。

 自身がフェロモンを放っている自覚は無い。 ただただ感じた事のない性の欲求だけが体内に渦巻いて、とにかく苦しかった。

 屋上で独り苦しむ天を豊が見付け、緊急抑制剤を調達してくれなければ、あの後どうなっていたか皆目分からない。

 あの日のヒートは、性別に嫌気が差していた天の気持ちをさらに増幅させた。

 豊が言うように、確かに彼が番持ちのαであればヒート中でもお構いなしに近寄ってきていただろう。

 発情のフェロモンを自らが出していた事実も受け入れられないが、βである豊にはそれが覿面だという事である。


「そうだったんだ……」
「ちょっと考えれば分かるだろうに」


 クスクス笑う豊へと視線を移す。

 こうして見ても、まだ彼がβだというのが信じられなかった。


「時任さん、αっぽいんですもん……気付きませんよ」
「あはは……っ、αっぽいって何だよ。 そういうの、Ωの本能で嗅ぎ分ける事は出来ねぇの?」
「どうなんでしょう。 俺は性が確定した歳からずっとヒートを抑え込んでるし……Ωの性質が衰えてるのかもしれないですね」
「そんな事あるのか?」
「分かんないです。 身近にΩの人もαの人も居ないから、確かめようがない……」
「なるほど、最近はあんまり聞かないよな。 αとΩの出生率が年々低下してるってニュースでやってたわ」
「……そうなんですね」


 やはり、絶対数の少ないαとΩは昨今ではより希少なのだ。

 となると、本当に "番" の者と出会う確率が低くなる。 相手を探し出す以前にまずは互いの性自体が稀なのでは、それそのものを諦めている天にとっては絶望的と言えた。

 落ち込んでいたはずの豊は、さり気ない話題転換にいつもの調子を取り戻している。

 大きな手のひらで艶めく焦げ茶色の髪をかき上げ、腕時計を確認している姿はまさにデキる男。

 そんな、αっぽい豊がさらに驚くべき事を語った。


「───俺の弟な、αなんだよ」
「えぇぇっ!? そうなんですか! 時任さんじゃなく、弟さんが?」


 豊につられた天も、入社祝いで母に贈られた腕時計を見ていたがパッと顔を上げる。

 今しがた希少だという話をしていたにも関わらず、豊の身近……兄弟にαの者が居たとは、まさに今日は驚愕の一日だ。


「そう。 しかも一族全員がβの、超特異体質α」
「え……それって、ご家族にαの遺伝子を持つ方が居ない、って事ですか?」


 この手の情報量が少ない天にも、それくらいの基本知識はあった。

 それがどれだけ、稀という言葉では片付けられないほど奇跡的な確率なのか、何となしに知っている。

 無論、身近ではそのような者を見た事も聞いた事も無かったが。


「確実に血は繋がってんだけど……検査した医者も困惑してたな。 相当例外なケースらしくて」
「……ですよね」
「俺の弟さぁ、まだ高校生なんだけど。 なんか可哀想なんだよ。 αは生まれながらにしてピラミッドの頂点確定じゃん?  親とか親戚からめちゃくちゃ期待されてんの。  でも弟は信じたくないっつって、金に困ってるわけでも無えのにバイトしたり、勉強もそこそこにしかしてねぇみたいだし」
「………………」
「吉武が自分の性別嫌ってるの見てると、つい弟とダブるんだよ。 弟も自分の性別を受け入れたくないんだ。 これがα家系から産まれた生粋だとなると、弟もすんなり受け入れたのかもしんねぇ。 ……ま、何にしても贅沢な話なんだけどな」


 豊は苦悩しているという弟をよぎらせて苦笑し、「今日もありがとな」と天の頭をガシガシと撫でた。

 同時に、昼休み終了を告げる始業チャイムが鳴る。

 撫でられてくしゃくしゃになった髪を手櫛で梳きながら、会議室の鍵を閉めている豊を見て天は思った。

 きっと、午後は仕事にならない。




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