恋というものは

須藤慎弥

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◆ 年下の理解者 ◆

第六十五話※

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 抑制剤では制御しきれない情欲は、潤と狭い布団に横になってから湧き起こる。

 日中は何も異変の起きない体が、彼と密着して一時間ほど経つと夢にまで見るほど体が火照り始めた。

 昨日に引き続き、下半身をモゾモゾさせているところを起こされた天は、潤から快楽を引き出されている。

 掴まれた首元が、少しばかり痛みを伴っていた。

 これはフェロモンを抑えるためなのか何なのか、必ずうなじ辺りを封じて天の性器を扱く潤にまったくと言っていいほど躊躇いが無い事には疑問が浮かぶけれど、もはやそんな事さえどうでも良くなってくる。


「あ、っ……潤くん、……手がっ、手が汚れる、……」
「もう遅いよ。 天くんいっぱい感じてるもん」
「……っ……は、離して、……っ……潤くん、……ダメだ、……こんなの……っ」
「何がダメなの? いい事だよ。 今まで抑え込んでた可哀想な欲を吐き出してあげてる。 体は喜んでるよ。 良かったね」
「はぁ……っ、……潤、くん……! も、いい、から……っ、マジで……! 自分、で……する……!」
「え……っ! いいの!? 見せてくれる!?」
「あっ……っ!? ち、違っ、……そういう意味じゃ……!」
「ここだけ守らせてもらうけど、していいよ。 うん、……はい、どうぞ」


 潤は躊躇いが無いばかりか、嬉々としてこんな事まで言い募る。

 真冬だというのに布団を取っぱらい、昨日よりも大胆にぐちゅぐちゅと音を立てて扱く様を天はとても視界には入れられなかった。

 左手でうなじを覆い、右手で天の性器を扱く潤が覆い被さっている。 少し長めの潤の髪の毛足が頬に当たるほど、密着していた。

 自慰行為を見たいがために扱くのをやめた潤が、果たして本気でそれを望んでいるのかは知らないがさすがにそんな事は出来ない。


「無理だって! 見せるわけない、だろっ」
「……じゃあ僕がしたっていいじゃん。 ダメとか無理とか、そんなのはあんまり聞きたくないなぁ」
「だ、だって他に、なんて言えば……っ」
「 "気持ちいい" って言って。  "潤くん気持ちいいよぉ" って」
「はっ!? それ、は……言えないっ」


 そんなもの、自慰行為を見せるのと同等の難易度である。

 いたって穏やかないつもの声で、潤は天の鼓膜を震わせた。 まるで友達ではないように、勘違いさせようとするかのように。


「いいよ。 言わせてみせるから」
「え!? ぅゎ……っ……あっ……」


 止まっていた直の快楽が途端に押し寄せてきた。

 この時ばかりは雑音の無い静寂に包まれている室内。

 我慢の効かない先走りが、潤の掌と性器を行ったり来たりする。 性を汚らわしいと言いかねない整い過ぎた容姿を持つ潤の掌が、ぬちぬちと温かな刺激をもたらしていった。

 二日連続で射精するなど初めての事だ。 孔が疼いてしょうがない。

 しかもそれが他人の手によって導かれているとは今でもまだ信じ難いと、見かけより随分逞しい肩口に顔を埋めて膝を立てた。

 口では「離せ」とうそぶくけれど、自らの掌は確かに潤に縋り、時折腰を揺らして「もっと強く扱いてくれ」とねだる。

 甘えたくないのに。 縋りたくないのに。

 平然と天の情欲に付き合う潤の心には別の人がいるのに。


「イきなよ、天くん。 今日はもう一回、絶頂見せてあげるから」
「んっ……だめだ、潤くん、っ……だめ、……ぁん、んんん───っ……!」


 押し殺した嬌声が高く上擦った。

 腰が力み、肩を竦ませ、ギリッと潤の肩を掴んだ天は、彼の掌に白濁液を飛ばしてしまう。

 と同時に、孔がヒクヒクと収縮して何かがじわりと湧いたような気がした。

 潤には恥ずかしくてとても言えないが、Ω性である天は射精と共に秘部がいやらしく蠢き、愛液が湧き出す。


「はぁ……、はぁ……っ」
「いっぱい出たね。 気持ち良かった?」


 いつかに聞いた台詞だ。

 ぼんやりとした頭の中で、どこで聞いた台詞だっけ……と考えを巡らそうとするも、すぐに「後でいいや」であえなく思考は閉じる。

 低過ぎない甘ったるい声と、頬にちゅっと触れた唇の感触で偽りの恋人気分を味わった。

 昨日がそうであったように、一度出せば終わりだと思っていた天がそろりと腕を下ろすも、くたりとなった性器をふにふにと指先で遊んでいた潤がまたもや快楽の扉を開けようとしてくる。


「ちょっ……! 潤くん! も、もう……これ以上は……っ」
「……まだフェロモンのにおいするよ。 昨日より長いね」
「ご、ごめん……っ」
「どうして謝るの? 気持ち良くない? 僕下手くそかなぁ?」


 それはない。 あり得ない。

 フェロモンを漂わせ、彼の掌で二度もイかされたのだ。 自慰の方がよっぽど時間がかかっていた。

 潤が片目を細め、天の首根っこを掴んだ掌に熱がこもったのが分かる。

 いくら「影響を受けないようにして来た」とはいえ、βである彼にもΩのフェロモンが通用する以上は犯されても文句は言えない。

 我慢してくれている。

 細まったセクシーな二重の瞳が天を射抜くと、背筋から全身へと何かが突き抜けるようだった。

 簡単に欲を取り戻すほど、それは凄まじい高鳴りを生んだ。


「あ、っ……だめ、だめ……っ、出る、……出る……っ」
「………………」
「潤くん、っ……ごめ、ん……ごめん……!」
「僕の手、気持ちいい?」
「……んっ……んっ、……きもち、ぃ、っ」
「天くんは番なんか要らないもんね。 理解者の僕が居ればいいもんね」
「……っ、へっ……?」
「このフェロモン、誰にも嗅がしちゃダメだよ、天くん」
「あっ……あっ……も、いく……っ……出、る……っ」


 すでに生々しい香りが辺りに立ち込めていた。

 それを上乗せしてしまった二度目の射精後、どこか虚ろな潤は手早く天の性器と周辺を拭い、立ち上がる。


「テレビ付けるね」
「……っ、……っ、……」


 星がチカチカと散る余韻に浸る天の耳に、テレビからたくさんの笑い声が聞こえて急に現実に引き戻された。

 トイレへと向かう潤の背中を視線で追った天は、自問自答のトーンで思わず呟いていた。


「なんで……? なんでここまでしてくれるんだよ。 ……潤くん、気持ち悪くないの?」
「どう答えるのが正解か考えるから、ちょっと時間ちょうだい」
「考えるって何を……っ?」
「頭がクラクラしてるんだ。 それはあとで話そ」
「───え、大丈夫!? ごめん、潤くん!」


 フェロモンを嗅がせて性処理を手伝わせ、あげくの果てには後始末までさせて、本当にごめん。

 慌てて謝罪した天に、潤はいつも以上に優しい笑顔を向けて扉を閉めた。



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