恋というものは

須藤慎弥

文字の大きさ
66 / 139
◆ 年下の理解者 ◆

第六十六話

しおりを挟む




 潤は天の発情を治してやるだけでなく、炊事洗濯まで喜んで手伝った。

 狭いボロアパートの一室にはこれまで誰一人として立ち入らせず、今回のような事が無ければ空にさえ言わないでおこうとした天の質素な暮らしぶり。

 まともな給料を貰えて、雨風が凌げて、普通の食事を摂れて、抑制剤に困ることなく、空に仕送りが出来れば何も苦では無かった。

 しかしながら、キラキラした潤をそう何日もこのオンボロアパートに留まらせるのは悪い。

 二日に渡ってムラムラを抑えてくれた感謝と罪悪感は半端ではなく、看病という都合のいい名目であれもこれも潤にさせてしまっているのがだんだんと心苦しくなってきた。

 今も洗濯物を干しながら微笑みを絶やさない潤へ、天はいつ「もう帰っていいよ」と告げるかタイミングを図っていた。


「……なんかいいね、一緒に暮らしてるみたい」
「ま、まぁな。 ほとんど潤くんがしてくれてるけど」


 それくらい自分でする、と立ち上がった天に「僕のもあるから」などと手を出しづらい台詞で断られてしまい、意味もなく潤の周りをウロウロした。

 発情期真っ只中で抑制剤の効果も充分とは言えない今、潤からは外出禁止を言い渡されている。

 徒歩で数分のコンビニにも潤は一人で行き、足りない食材があると往復三十分かけてスーパーに買い物まで行った。

 いくら何でも、してもらい過ぎなのである。


「なぁ潤くん、俺マジでもう大丈……」
「看病に来たんだから僕がするのは当然でしょ。 ていうか、自分で言うのも何だけど僕って結構お買い得なんだよ? 家事は全部出来ちゃうし、これでも頭いいからお給料たくさん貰える会社に入れると思うし、好きな人には尽くしてあげたい質だって分かったし……どう?」


 話の流れ的に今が件のタイミングだと踏んだのだが、饒舌な潤に遮られて顔を覗き込まれた。

 背の高い潤が天にそうする際、やや屈んで首を傾げる。

 今の高校生はすごい。 天の表情を伺うためだけに、色気の垂れ流しをする。


「う、うん。 お買い得かどうかは分かんないけど、潤くんと結婚する人は幸せになれると思うよ」


 潤に見詰められると気持ちが落ち着かなくなる天は、洗濯カゴを奪ってその場から逃げた。

 ドキドキする。 こんなに変な動悸は経験が無い。

 Ω性だとバレてしまい、彼の離れ家に連れ帰られてからというものずっと、胸がザワザワするこの感じを味わっている。

 洗濯カゴを持ったまま立ち竦み、動悸を落ち着かせようと息を吐いた背後で、潤の揶揄うような声がした。


「……天くんにぶい。 にぶ過ぎる」
「え、急に毒吐いた?」
「ほんとの事だもん。 昨日は二回も僕の手でイってくれたのに……」
「あーーッッ! コラコラコラコラ! 素面の時に言わないでよ、お願い! めちゃめちゃ恥ずかしいんだぞっ」


 自身の掌を見詰めて揶揄ってくる潤に、やめろよ!と天は足踏みをして騒いだ。

 自慰行為に不慣れな天の性処理まで手伝ってくれているからなのか、潤は目に見えて遠慮が無くなってきた。

 恥ずかしいところを見せている側の天は、とても平静でいられない。

 なぜ他人のものを握る事に躊躇いが無いのか、それさえ聞く事が出来ないで居るのだ。


「……そう言われてもね。 天くんのアソコはもちろん、イくときの顔とか声とか、僕もういっぱい見ちゃってるよ」
「頼むから忘れて! この通り!」
「嫌だよー。 どうして忘れなきゃなんないの」


 焦り、狼狽えているのは天ばかりだ。

 昨日を最後に、もう泊まらなくていいよと告げるタイミングを早くも失った。

 空が作ってくれていたおかずが底をつき、本日の夕飯の支度を潤がウキウキと始めてしまったからだ。


「そうそう、天くん。 発情期治まるまで仕事はお休みするんだよね?」
「あぁ! それ上司に報告しとかなきゃだった。 でもなぁ……俺の性別知ってるの上司だけだし、発情期だからって休むわけにいかないんだよなぁ……」
「休まないなら僕が会社に電話するよ。 フェロモン振り撒きながら仕事する気? そんなの許さないよ」
「いやそんなつもりないけど……」
「嫌な言い方してごめんね。 でも僕、天くんのフェロモンは誰にも嗅がせたくないんだよ。 誰かに触られるかもなんて、考えただけでおかしくなっちゃう」
「なんで潤くんがおかしくなるんだよ」
「にぶちんな天くんは分からなくていい」
「何だよ、にぶちんって!」


 先程から毒舌が過ぎる潤に目くじらを立てつつも、すっかり忘れていた現実的な問題に頭を悩ませる。

 この発情期は周期的なものではなく、しかも抑制剤の効き目が不安定なためいつどこで発情が起こるか分からない。

 潤から「絶対に外出ちゃダメ」とキツく言われているのもそのせいで、 "誰にも迷惑を掛けたくない" が先に立つ天も会社には行き渋る。


「とりあえず上司に電話してみようかな」
「えっ、僕の前で?」
「うん。 あ、外行こうか?」
「ううん! ここで話せるならそうして」
「…………?」


 スマホを手にした天が潤に気を使うと、手招きされて足元を指差された。

 隣に居ろ、という事らしい。

 手早く野菜を切っている潤を横目に、あれから夫婦仲がどうなっているのか分からない豊へ発信してみた。

 妻の誤解を深めては大変なので、まずは着信だけを残しておき続けて文章を送る気でいた。

 しかし豊は、驚きの早さで電話口に出る。 『お、どうした?』といつもと変わらない様子で、近くに妻の気配がないのかと勘繰ったほどだ。


「すみません、今大丈夫ですか?」
『あぁもちろん。 あけましておめでとう』
「あっ、あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。 で、あの、……ちょっとご相談があって」
『ん、なんだ、どうした?』
「実は…………」


 何食わぬ顔をした潤が、きちんと一から十まで説明しなさいとでも言うように隣で聞き耳を立てている。

 よく分からないが、見えない圧力を感じた天は洗いざらいを豊に話した。

 一度目のヒートの状況と、名前は伏せたがそれを救ってくれた潤の存在、その翌日の二度目のヒート、突発的な発情期について、そして……今現在は潤が看病に来てくれているという事まで、すべてだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スタッグ・ナイト

須藤慎弥
BL
 玩具業界シェアのトップを独走する「Fun Toy」、その背を追う「花咲グループ」の二社は、国内の誰もが知る大手玩具メーカーだ。  しかし、ライバル関係と言っていい両社の令息たちには秘密があった。  ただただ世襲を重んじ、ならわしに沿って生きることが当然だと教え込まれていた二人。  敷かれたレールに背くなど考えもせず、自社のために生きていく現実に何ら違和感を抱くことがなかった二人は、周囲の厳格な大人に隠れ無二の親友となった。  特別な境遇、特別な家柄、特別な人間関係が絡むことのない普通の友情を育んだ末に、二人は障害だらけの恋に目覚めてゆくのだが……。  俺達は、遅すぎた春に身を焦がし  背徳の道を選んだ── ※ BLove様で行われました短編コンテスト、 テーマ「禁断の関係」出品作です。 ※ 同コンテストにて優秀賞を頂きました。 応援してくださった皆さま、ありがとうございました!

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...