恋というものは

須藤慎弥

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はじめての巣作り

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◆ 潤 ◆



 カーテン越しにも熱い外気がなだれ込んでくるような陽の光が、すっかりムーディーな色合いに変わっていた。

 愛し合っている時に時間の概念など無い。

 天はもちろん、潤の方も発情フェロモンにあてられ思考を奪われているからだ。


「──少しは落ち着いた?」
「……うん」


 色々な場所へ飛び散って染み込んだ精液付きのシーツと共に、互いの汗と唾液で覆われた体は浴室で清められた。

 計三回の射精時すべて、潤はコンドームを装着していた。そのため生々しい匂いを放っていたのは天の精液のみで、潤の下腹部を卑猥に濡らしたのも天からなみなみと湧き出た愛液という事になる。

 二人の体やシーツを汚したのは天のアレコレが大部分を占めており、欲を満たし正気を取り戻した天はいたたまれない様子だ。


「もう……この賢者タイム何とかならないかな……」
「賢者タイム?」


 換気のために少しの間窓を開け放ち、シーツ交換をしていた潤はクスッと笑った。

 潤から大判のタオルでぐるぐる巻きにされた天は、頭と足先だけが出ているマスコットキャラクターのような出で立ちで、潤のシーツ交換を見守っている。


「うん……。なんであんなこと言っちゃったんだろ、とか……なんで毎回ガブガブ噛ませちゃうんだろ、とか……」
「ご、ごめんね。ていうか、そんなにハッキリ覚えてるものなの?」
「結構……」
「そうなんだ」


 微笑んでいた潤は、ギクッと肩を揺らした。シワを伸ばすフリで天に背を向けたタイミングで良かった。

 あまり話した事は無いが、潤もセックスの最中の記憶だけは鮮明だった。

 優しく、大切に、慈しむように天を愛したい潤の心とは裏腹に、本性を剥き出しにしてしまうのはα性の性だ。

 天の射精を食い止め、誰が好きか言えと凄み、答えなければこのまま性器を挿れっぱなしにしてヤリ殺す……そんな事まで言い放った消したい記憶まである。

 うなじを守る首輪を噛み切ろうとするのも、それが出来ないと分かるや柔らかい皮膚に牙を剥き出血させるのも、本来潤がしたい事とは真逆なのだ。

 舌っ足らずな物言いで、何を言っているのか聞き取れないほど乱れる天は、きっと何も覚えていないだろうとたかを括っていたのだが……〝結構〟覚えているらしい。

 それはマズいと焦った潤は、何か別の話題をと瞳を動かすと、視界の先に無造作に転がった学生鞄を見付けた。


「あ、そうそう」
「ん?」
「言われた通り、洋服持って来たんだよ。追加で二日分」


 それに駆け寄った潤のもとへ、タオルのキャラクターがペンギン歩きでよちよち近付く。

 冷房で風邪引かないようにと潤が生み出したキャラクターだが、収まりがいいのか意外にも天は嫌がらない。

 潤の手元を見て不思議そうに首を傾げた天は、まるで背中にファスナーが縫い付けられていそうなほど愛くるしい。


「……服? なんで? 潤くん、いっぱい持ってきてたよね?」
「えっ? だって天くんが……」
「俺? 俺が何か言ってた?」
「言ってたっていうか、送られてきたっていうか……。ほら、見て」


 立っているのがツラそうなので、たった今取り替えた清潔なシーツの上に腰掛けさせ、思わず潤がスマホに向かって声を発したメッセージ文を、天にも見せてやった。


「ほんとだ……! これ送った記憶ないんだけど!」
「えぇっ? どういう事?」


 正気に戻った天からのメッセージは、彼らしい謝罪と激励文だった。

 それから一時間と空かずに送られてきたそれは、天の記憶に無いと言う。

 首を傾げ続ける天が、いよいよ窮屈になったようだ。モゾモゾと手を動かし、タオル着ぐるみを破壊すると、一枚だけを肩から掛けた天は立ち上がる。


「よいしょ、……っと」
「動いて平気?」
「何とか。足プルプルするから、歩くと生まれたての子鹿みたいになっちゃうけど」
「ふふっ……可愛い」
「…………っっ」


 着ぐるみを着ていなくとも、天はペンギン歩きだった。

 どこへ向かうのかと思えば、数歩先のウォークインクローゼット。

 潤の旅行鞄を開いた天は、「無い」と呟いてすっからかんのそれを潤に手渡した。


「あれ? ほんとに僕の服……」
「一つも無いじゃん。洗濯機に入れた?」
「着てないのに洗濯するわけないよ」
「じゃあなんで無いの?」
「なんでだろうね?」


 ──おかしいな。ここから出したものって下着くらいしか……。


 天と同じ方向に、潤も首を傾げる。

 私服が一切合切消えて無くなるなど、ここに空き巣でも入ったかと一瞬ヒヤリとしたが、見たところ玄関や窓の鍵は施錠されていて、さらに天の新居は以前の住まいと違いセキュリティーがしっかりしている。

 潤の私服だけを盗み、しかもベッドには発情中のフェロモンを放ちまくる天が居たにもかかわらず、放ったらかして逃げ去るとは考えにくい。

 良くない線はことごとく潤の推理で消えてしまい、残るはここに留まっていた天に容疑がかかる。

 洋服に依存しているわけでもなく、顔立ちにそぐわず〝着られれば何でもいい〟という考えの潤は、少なくとも天になら好きなだけ盗んでもらっていい。

 それがたとえ、潤恋しさを埋めるための無意識下であっても……。


「あ……」


 頭の中で様々推理をしていた潤は、ふと思い出してしまった。

 付き合う前の事だ。


〝潤くんの匂いがないと眠れない〟


 泣きそうな顔でそう言った天から、潤は真冬にコートとマフラーを奪われて、今もまだ返してもらっていない。

 返却されたと思いきや、季節関係なくたまにコートを羽織らされ、マフラーを巻かれ、「ありがとう」とお礼を言われ……またそれらは天の物になる。

 潤が気付いてしまった天の行動は、ただ可愛らしいだけではなかった。

 それほど前から、その予兆があったのだ。


「なになに? 何か思い当たる事ある?」
「いや、……ううん。何でもない」
「なんだよーっ! いま完全にひらめいた顔したじゃん!」
「そんな顔してないよ~」
「してたよ~だ」
「してないもーん」
「しーてーたー! 分かったなら教えてよ! 潤くんの私服が神隠しにあった理由!」
「神隠しねぇ……ふふっ」


 思い当たるそれが確信に変わると、だらしなくニヤニヤしてしまう。

 どこにそれがあるのか。

 番でなくとも、そんな事をしてくれるなんて。

 毎日、天からの〝好き〟は貰っているけれど、これほど心が跳ねるのは〝可愛いΩちゃん〟と愛し合えているからに他ならない。

 教えて、と言われても教えられない潤に、行為中の意地悪な恋人を蘇らせでもしたのか、天はプイッとそっぽを向いてキッチンへ向かった。

 慌てて追いかけるが、天はペンギン歩きなのですぐ捕まえられた。


「天くんっ、動き回っちゃダメ。僕の楽しみ奪わないで」
「え? 潤くんの楽しみ?」
「天くん、僕が今日持ってきた私服はあそこに置いておくからね。いい?」
「……なんで俺に言うの? 潤くんの服は俺には大き過ぎて着れないよ。置き場所は潤くんが分かってればいいでしょ」
「うん、でも天くんも知ってなきゃ」
「はぁ~?」


 潤の言う意味がさっぱり分からない天は、ムッとした表情で見上げてきた。

 だがそんな睨みもへっちゃらだ。

 天はいつ、どこに、アレを作っているのだろう。

 ワクワクした気持ちを止められず、不機嫌な天を強く抱き締めた潤は、文字通り浮かれていた。







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