優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
97 / 206
疑惑 ─和彦─

2※

しおりを挟む



 七海さんのポカポカした身体が僕の肌に密着した。

 逃げるなんてとんでもない。本当に、力強く、ぎゅっ……と抱き締めてくれた。

 熱い身体を僕に押し付けて、細い腕をめいっぱい伸ばし、快感に溺れて我を忘れてではなくしがみついてきたこれは、……間違いなく僕の望む確固たる抱擁だった。


「逃げないって、言っただろ」
「…………はい」


 僕の耳元で涙声のまま七海さんがそう囁くと、もっと腕に力を込めてくる。

 浅はかな嫉妬にまみれた心が洗われていくようだった。


 ──なんで僕はこうなのかな……。


 七海さんを泣かせたくない、七海さんを困らせたくない、七海さんにだけは優しくしたい……。

 こんなに好きなのに、大事にしたいのに、どうして出来ないの。

 七海さんの初めてを奪ってしまった時の後悔を、もう忘れちゃったの。

 恋をしたら僕のすべてがまともになると思っていたのに、何もうまくいかない。

 他人に興味を持つ事はおろか、関わりたくないとさえ思っていた僕は、とにかく七海さんが離れて行ってしまう恐怖に怯えた。

 七海さんを独り占めしたい──浅ましい執着心だけが見事に膨れ上がり、日毎強くなっている。


「七海さん……」


 僕の想いが、このまま肌を伝って七海さんに届けばいけばいいのに……なんて無茶を思いながら、小さな体をこれでもかと抱き締め返す。

 苦しかったのか呻かれてしまったけれど、僕は力を緩めなかった。

 ……どうすれば優しくなれるのかな。

 「好き」の気持ちが募ると、何もしなくても、寛大で慈悲深い心の持ち主になれると信じていた。

 教わらなくても、「優しい」が出来るようになる、と。


 ──まるで逆だ。心に余裕なんてまったくない。許せない事が多過ぎて、本当に七海さんを閉じ込めてしまいそうになる。


「好きなんです、七海さん……僕は七海さんの事が好きで、好きで、たまらないんです……」


 七海さんの左腕を取り、その手首に口付けた。

 縛り上げた痕が僅かに痣となって残っているのを見ても、罪悪感はそれほど生まれない。

 それどころか、これは僕が付けたものだ……などと、恐ろしい事を思ってしまったんだ。


「……分かってる。でもSMの趣味があるなら先に言っといてよ。驚くじゃん……」
「え、……え!? いや、僕にそういう趣味はないですよ……?」


 罪悪感を感じなかった事に罪悪感を覚えていた僕の下で、七海さんが唇を尖らせる。

 嫉妬にまみれた心の赴くまま、逃げられないよう縛ったあれはどうやらその性癖の類に入るらしい。

 そんなつもりはなかった。

 痛め付ける事が目的だったらそうなるのかもしれないけれど、僕は単に七海さんを独り占めしたかっただけだ。

 「寂しかった」と可愛く膨れていた姿を見て、この子が僕から離れて行くなんてあってはならない事だと、繋ぎ止めておくしかないと、盲目に発揮されたエゴイズム。


「はぁっ? じゃあなんであんな……っ」
「うっ……七海さん……急に締めないで……、痛いです。ただでさえ狭いのに……」
「あっ……ちょ、っ……いきなり……っ」


 完全に油断していたところに、上体を起こそうとした七海さんの下腹部にキュッと力が入った。

 それと同時に僕の性器を誘うように締め上げられ、途端に愛欲と律動を促される。

 七海さんの内襞がぐにぐにと蠢き、思わず僕の片目が細まるほどキツい締め付けにあった。

 じわじわと動いてみると、背中に回された細い腕が震えている。

 こうして繋がるのは三度目だけど、七海さんがこんなにも僕を受け止めてくれるのは初めてだ。

 震えながら、小さく甘い声を上げながら、背中に指跡を残す柔らかな疼痛。

 手のひらで幼さの残る頬に触れると、擦り寄せてくるその愛おしさに、たちまち胸が苦しくなった。

 度量の狭い最低な僕を受け入れてくれる、普通じゃない最高な七海さん。

 あなたじゃないと、僕はダメなんだよ。

 あなたしか、僕を受け入れきれないんだよ。

 何度も突き上げながら、七海さんの華奢な体を抱き締めた。

 密着する事で互いの汗と鼓動が混ざり合い、体ごと蕩けそうだった。

 手首を拘束して憐憫の情をもよおした七海さんの悲痛の面持ちも素敵だったけれど、やっぱり、抱き締め返してくれる方がいい。

 慣れない優しい抱擁は、僕をくすぐったい気持ちにさせてくれる。


「こうしていた方がいいですね。七海さんのドキドキが僕に伝わってくる……」
「……んんっ……っ、……んっ……」
「……七海さん、声我慢してるの?」
「ん、っ? わ、かんな……っ……んっ!」


 ──初めての時から思っていたけど、七海さんは控えめに啼く子なんだな……可愛い……。

 過去に、大袈裟な喘ぎ声に萎えた事があったから、七海さんのこの照れと恥じらいを含んだ甘い嬌声は突き上げる度に全身がゾクゾクする。


「落ちないでくださいね、七海さん。僕今日は我慢しませんから」
「……えっ? セーブする、って……さっき……んぁ……っ!」
「セーブするのは動き方です。僕にSMの趣味はありませんが、厄介な癖はあるもので……」
「く、癖……っ!? エッチに癖とか、あるの……? やっ、ん……っ」
「射精を限界まで我慢して、相手が落ちるまで動いちゃうんです。強いて言うならそれが性癖でしょうか。……でも今日は我慢しません。七海さんと一緒に……出したい」
「…………!!」


 目を丸くした七海さんは、驚愕のあまり僕の背中に爪を立てた。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

処理中です...