優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
155 / 206
清算

10

しおりを挟む



 ──眠い……。

 こんな疲労感と睡魔はこれまでの人生で初めてだ。正午を超えても治まんないってヤバイ。

 ロクに寝てないのに、朝からハツラツとして大学に行った和彦には分かるまい。

 頭を撫でられてうっとりはしても、ここまでやる事はないだろ……とベッドから起き上がれもしなかった受け身側の気持ちなんか。

 「顔を見せて」「イヤだ」の攻防の際中、今日は午後に一限だけなんだと口を滑らせたが最後、またもや朝まで愛された俺は恋に浮かれてデレデレする余裕も無かった。

 そして俺はつくづく、誘導尋問されるのが苦手だと痛感した。


「うわ、七海すげぇ疲れてんな。あのお坊ちゃま、そんな激しいのか?」
「あ……九条君……。……おはよ……」
「もう「こんにちは」だけどな」


 構内のカフェの定位置で、和彦の講義が終わるのを待っていると九条君に頭をぐしゃぐしゃと撫でられて顔を上げる。

 九条君は持っていたトレイにコーヒーを三つ乗せていて、俺の目の前に腰掛けるとそのうちの一つを俺にくれた。

 ちょっとでも気を緩めると寝てしまいそうだったから……助かった。


「……こんにちはー」
「なんだよ、そんな状態で来るくらいなら家で寝てたら良かったじゃん。必修?」
「そ、そうなんだよ。今日来たらオッケーなら来た方が後々いいかなって」
「……何言ってんだ? 文系とは思えねぇぞ。七海キャラ変わってる」
「……眠いから頭回ってないんだ。見逃してー」


 ふにゃっとテーブルに突っ伏した俺を見て、九条君は苦笑していた。

 このカフェの椅子は固い。まだお尻に和彦のが入ってるような気がする。

 たっぷり愛されて、しっかり中も洗ってもらって綺麗になった体は、不思議なもんで今は愛される前と変わらない状態に戻った。

 ただ和彦のしつこさに付いていけてないだけだ。体力的に。

 後藤さんに二往復してもらうのは申し訳なかったけど、朝いつも通り登校した和彦を見送る時も俺は起き上がれなくて、午前中はベッドの住人だった。

 今日はさすがに、夕方まで寝てたいと思ってたよ。それに、必修があるからっていうのは本当だ。

 でも……無理を押して来た理由はそれだけじゃない。


「なぁ、なんかお坊ちゃまの周りに女が群がってたけど。あれどういう現象?」
「……やっぱり?」
「やっぱりって?」


 あぁぁっ……どうせそんな事だろうと思ったよ……!

 分かってたけど。分かってたけど……!

 女同士の噂が回るのはこんなにも早いのか。

 ──俺はこれが心配だった。

 覚悟はしてたし、和彦にとっては良い事なんだろうけど……なんか物凄く嫌だ。

 もう少し踏み出せばそれほど他人は怖くないと分かるよ、そう言って背中を押してしまった手前、今さら「ヤキモチ焼き過ぎて身が持たないからやっぱやめて」とも言えない。

 和彦の将来を考ると、俺とだけ話してればいいじゃんって駄々っ子みたいな恥ずかしい事も言えないし。 

 ──つい昨日、支離滅裂さを爆発させてそんな事を思っちゃったけど……実際には言ってないからセーフだよな?


「なんでやっぱりなんだよ。何かあったのか? あのお坊ちゃまは挨拶すら返してくれねぇ冷たい野郎だっつー噂で有名だったのに」
「……九条君って意外と色んな噂を知ってるよな……」
「俺も一応キャーキャー言われてるからな。女と話はしねぇけど、そばで噂話されてっと嫌でも耳に入るじゃん」
「そっか……」
「で、何があったんだ? お坊ちゃまは取り囲まれるの嫌だったんじゃねぇの?」
「えっ? あ、いや……それは……」
「あの様子からして、「頑張って」話してるって感じだったんだよな。心境の変化か? もしくは七海にヤキモチ焼かせたいのか……」


 足をジタバタさせて唸っていると、九条君お得意の誘導尋問が始まった。

 腕の隙間から九条君を覗き見ると、ジッと俺を見ている。……この目は苦手だ。

 「洗いざらい話せ」って、視線が喋りかけてくるんだもん……。


「あーっと……えーっと……」
「うん?」


 どこからどう話せばいいか分からなくて、回らない頭で言葉を選びながら視線を彷徨わせると、いつの間にか九条君の誘導尋問の網に引っ掛かっていた。

 和彦には事情があって他人を避けてたけど、女子生徒達が和彦を悪く言ってるのを偶然聞いちゃって俺がキレた事。

 遠慮なく話し掛けてほしいと和彦の口から語られ、今まで失礼な態度を取ってごめんと謝罪した事。

 それに加え、会社にて証拠をゲットし、九条君の勘は見事あたっていたよと報告。そしてその後、和彦のおかしな両親と会って疲弊した事まで──。


「──七海、そんな洗いざらい話していいのかよ。てかおかしな両親ってどんな?」
「え、あ、っ! あぁっ? うぅぅ……っ!」


 なんで俺は隠し事が出来ないんだ!

 自分がゲイだって事はずっと隠し通せたのに、てか今までこんなにベラベラ話すタイプじゃなかったのに、いつから俺はこんな……!

 と、頭を抱えてふと止まる。

 和彦のせいだ。和彦が俺の何かを変えやがったんだ。


「なぁ、おかしな両親って例えば?」
「えぇ……っ? まだ聞く? もう言わないよ、……って、そ、その目で見るな!」
「うん?」
「~~っ! ……俺達の前でイチャイチャしてて、何か……いい人達なのは分かるんだけど掴みどころのないご両親、だった」
「へぇ……」


 もう言わない! と覚悟した俺は、ぷいっと他所を見た。

 それなのに九条君はわざわざ立ち上がって視線を合わせてきて、また目で「話せよ」って追及する。

 眠たくて頭が回ってなかったはずなのに、今のですっかり目が覚めた。

 憮然とした面持ちでゆっくり着席した九条君が、長い足を組みながらコーヒーを啜る。


「……七海達も似たようなもんじゃん」
「…………何が……?」
「俺の前で平気でイチャイチャして、七海はともかくあのお坊ちゃまは掴みどころ無さ過ぎ。血は争えないって事だな」
「────!」


 ……まさしく、その通り。

 洗いざらい吐かされた上、自分達もおかしいんだって事を第三者にバレてたと知った俺の胸中は、まるでサスペンスドラマの断崖絶壁の上。

 唖然とした俺は、しばらく頭の中がすっからかんになり……和彦が戻って来るまで呻きながら地団駄を踏んだ。




しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

処理中です...