優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
162 / 206
清算 ─和彦─

しおりを挟む



 七海さんと僕は沈黙し、画面を凝視した。

 入室してきたのは、二人。

 先程出て行ったはずの占部昭一と、もう一人はなんとその息子、……占部さんだった。


「え……なんで占部が……?」
「…………」


 ノートパソコンを閉じて七海さんとキスの続きを……なんて、それどころではなくなった。

 ──とてつもない胸騒ぎがする。

 でも、でも、そんなの、取り越し苦労だよ。

 親子なんだから、一緒に居たってなんらおかしくない。そう、そうだよ。休日を利用して、社内の見学でもしているんだ。

 きっとそうだ。

 二人はキョロキョロと辺りを見回し、僕達が見ている防犯カメラの位置を確認すると、そそくさと死角となる場所へ移動した。


「あっ……見えなくなった! くそぉっ」


 パタパタと足を動かして嘆く七海さんに、動揺を隠しきれない僕はパソコンを操作して音量を最大まで上げた。


「大丈夫です。……ほら」
「おぉ……すごい。ハイテクだな」


 父が手配した防犯カメラは、遠隔操作出来るだけではなく音声も鮮明に拾う。

 カメラのレンズを二人の方へ向けて、胸騒ぎが現実とならない事を願いながら録画ボタンをクリックした。


『……~いな、予定通り、二十二時にここへ和彦を呼び出すんだぞ』
『オッケー。書類は?』
『俺のデスクの一番下の引き出しだ。  失敗すると俺の未来は無くなる。いいか、必ず和彦ひとりを呼び出せ』
『俺の未来もかかってんだ。失敗なんかするかよ。お坊っちゃんは俺に心開ききってるから造作もない』
『中期決算前に社長の息子が不正で逮捕……世間も業界も揺るがす大事件になる』
『だな。父さんの野望がついに叶うな』
『これまでチマチマと種を撒いていたんだ。  そろそろ芽吹いてもいい頃だろう。お前の就職のタイミングと合わせてやったんだから、感謝しろよ?』
『芽吹く、か。うまいこと言っちゃって』


 …………。

 ……そうだったんだ……。

 最初から、すべて仕組まれていたんだ。

 入学してすぐ占部さんがフランクに僕に声を掛けてくれたのは、僕に占部さんを信じ込ませるため。

 ……友人として接してくれていたわけじゃなかった。

 僕と父をその座から蹴落とす目的を果たすべく、占部親子は何年も前から「種を撒いていた」───。


「…………和彦、……」
「…………」
「和彦……っ」
「……はい……?」


 絶句する僕の左手を、七海さんがぎゅっと握った。

 下品に笑いながら画面から消えた二人の影を追う事も出来ずに、僕は瞳を開けているのに目の前は真っ暗だった。

 ノートパソコンをテーブルに置いて、七海さんが立ち上がる。

 僕の前方に回っておもむろに抱き締めてくれた七海さんは、僕よりも胸を痛めているかのような切ない声を上げた。


「……大丈夫、俺がついてるからな。和彦はひとりじゃない。俺がついてる。俺がついてる」
「……七海さん……」


 どうしていいか分からない。

 目の前は真っ暗で、頭の中は真っ白。

 今ここで七海さんが抱き締めてくれていなかったら、僕は情けなく打ちひしがれて、蘇る記憶と現在の停滞に涙していた。

 ──これだから他人は油断ならないんだ。

 やっぱり僕を傷付けるじゃない。

 落胆させて、不愉快にさせるじゃない。

 ねぇ、七海さん。僕がいけないのかな……?

 占部さんの本性を見抜けなかった僕が、いつまでも過去に囚われて腑抜けていたから、また傷付けられてしまったのかな……?

 裏切られる事に慣れる人なんて居ないよ。

 あぁ……。前進した分だけ、いやそれ以上に、後退してしまいそうだ。

 誰も信用出来ない。他人と関わったら、ロクな事がない。

 七海さんの寝顔に誓った僕の思いは、ようやく明るくなった視野は、前に進もうと一歩を踏み出した僕の勇気は、今日この時踏みにじられるための伏線だったとでも言うの……?


「和彦、支度しよ」
「…………はい」
「手伝ってやるから」


 七海さんに連れられて衣装部屋に入るも、用意していたスーツはどれだったっけ……とまるで頭が働かなかった。

 魂が抜けてしまったかのように呆然となった僕に、七海さんはそれ以上何も語る事なく黙々と支度を手伝ってくれた。

 パリッと糊の利いたYシャツのボタンを一つ一つ留めて、たどたどしい手付きでネクタイを締める。……やはりうまくはないけれど、その気持ちが嬉しかった。

 ブラックスーツのジャケットを羽織る前に一度抱き締めてくれた七海さんの体温が、徐々に僕の視界を元通りにしてゆく。

 整髪料を手にした七海さんは、週末はいつもそうしているように僕の髪を後ろに撫で付けて、「スパダリ完成」と言って微笑んだ。


「……ありがとうございます、……七海さん。……七海さん……」


 リリくんを出しっぱなしにしておくわけにはいかないから、ケージを開けて力無くリリくんを呼ぶ。

 お利口さんにお家に帰ったリリくんを見届けてから、僕にぴたりとくっついて離れない七海さんを抱き締めた。

 七海さんは何も言わない。

 腕の中で小さく首を振り、僕にぎゅっとしがみついてくれた事で彼の真意を悟った。

 そんな中、視界の端に見えた防犯カメラの映像。

 占部昭一のデスクに腰掛けて、呑気に重厚な椅子の具合を確かめている占部さんが、僕の知る占部さんではなくなっていた。

 僕の事を利用し、裏切った事は許せない。  父親と共謀して悪事を働き、かつて僕に言った台詞の意味を知ると、耐え難い絶望感に見舞われた。


『多分長い付き合いになるだろうから、敬語は使わなくていい。その代わり、就職して立場逆転しても今みたいに気軽に話したい』


 僕を信じ込ませた占部さんの言葉の裏には、もう一つ意味があった。

 就職のタイミングで、占部さんと僕の立場が逆転する──そういう事。




しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

処理中です...