スタッグ・ナイト

須藤慎弥

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4.片思い

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◇ ◇ ◇


「今日ずっと、あの時のこと思い出しててさ。笑っちゃいそうになって仕事が手につかなかったよ」
「あの時のことって?」
「奏が俺に初めてまともに話しかけてくれたと思ったら、どうしてかブチ切れてた時のこと」


 光沢のある濃紺のネクタイを緩めながら、コンビニで買い込んだ缶ビールをシャンパングラスに注ぐ悟は、いつもの事だが爽やかな笑みを絶やさない。

 当時を思い出して、勤務中のみならず今もクスッと笑いを漏らしているが、俺は少しも同調出来なかった。


「はい、奏の分」
「ありがと。でも俺は缶ビールは缶のまま飲みたいんだけどな」


 悟が嬉々と注いでいたのは、俺の分だったらしい。

 高級ホテルの一室、備え付けのグラスはこんなお洒落な物しかなくて、泡切りも下手くそなのに悟は毎回ビールの黄金比に挑戦していた。

 だが今日も、おかしな割合になっている。

 「市販されてる物の飲み口は危険だよ」などと大真面目にのたまうボンボンならではの返答に、俺は思い出話と合わせて苦笑を漏らした。


「あの時のことなら、俺は何度も謝っただろ?」
「違うよ。俺が思い出してたのは、その後のこと」
「……「奏くん」?」
「そうそう! あの時の奏の顔が忘れられなくてね。たまに思い出してはほっこりしてるの」


 ネクタイと同色のジャケットを脱いだ悟が、二つ目のグラスを手にソファに腰掛けた俺のそばに近付いてくる。

 チンとグラスをぶつけ合わせ、「一週間お疲れ」と微笑んだ悟を俺は眩しく見つめた。

 出会った頃からそこそこの美少年だったが、あれから二十年。今や悟は、初見では近寄りがたいほど上質な大人の男、いわゆる〝美丈夫〟に成長した。

 見るからにやり手そうな涼しげな目元、おっとりとした性格とは裏腹に意思の強そうなキリッとした眉。キスの時邪魔になりそうなくらい、鼻筋もスッと伸びている。


「奏のビックリした顔、可愛かったなぁ。あの頃なんて誰でも気安く名前呼ぶもんじゃない?」
「……もうやめてよ」
「ふふっ」


 悟は屈託なく笑い、ドカッと俺の隣に腰掛けた。

 友達でもないのに名前を呼ばれたこと、俺の名前を悟が覚えていたこと── 。プライド激高だった俺が、雷に撃たれたようにピシッと硬直した理由を白状すると、悟は今と変わらぬ笑顔で爆笑していた。


『じゃあ今から友達ってことで』


 そう言って右手を差し出してきた。俺はそれにも驚いて、ロボットのような動きでおずおずと左手を出し、ぎこちない握手を交わした。

 悟は笑いを堪えるあまりヘンな顔にはなっていたけど、彼の人懐っこさと優しさにも衝撃を受けて、完全に思考がショートしたことだけはよく覚えてる。

 〝年商数百億のFun Toyの時期社長〟というとんでもなくビックな肩書きが無くとも、悟はあの頃からずっと人気者だ。

 二十年そばに居る俺でさえ、悟の欠点は見つけられない。

 それどころか俺は、少しずつ少しずつ……悟との時間が増えてくたび、会話を交わすたび、いけない気持ちが育っていった。

 グラスを傾けてるだけで絵になる男が隣に居るだけで、俺の心臓は壊れそうになる。

 俺がここで、緊張のあまり心拍数が爆上がりして倒れたって、その原因を悟は勘付きもしないんだろう。

 そんなこと、一度だって匂わせたことがないからだ。



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