スタッグ・ナイト

須藤慎弥

文字の大きさ
5 / 10

5.普通じゃない友達

しおりを挟む


 俺は、衣食住に困らない恵まれた環境で育ってきたかもしれない。背丈は伸び悩んだが、容姿はまぁまぁ。

 幼い頃からどこへ行っても恥ずかしくないよう礼節を叩き込まれてるから、所作も綺麗だとよく言われる。「さすがは花咲グループのご子息だ」と。

 でも俺は悟と出会わなかったから、こんなに柔軟な大人にはなれなかった。

 孤立することが正しいと信じて疑わない、今も痛いコミュ障のままだったに違いない。


「ところで……お兄さんの様子はどう?」
「相変わらずだよ。俺も直接見たわけじゃないけど、叔母さんがそう言ってた」


 他人の痛みを我が事のように受け取る悟は、俺があっけらかんと返してもツラそうに眉を顰め、「そう……」と声を絞り出した。

 悟がこんなにも悲しげに俺を見るのも、仕方がない事かもしれない。

 ある日突然、穏やかだった兄さんの様子がおかしくなった。ほとんど家に居なかった父を除いた俺と母がその標的になり、数ヶ月もの間暴力をふるわれ続けた。

 何が原因かって、そんなの言わずもがなだ。

 当時十五歳だった兄さんは、父と周囲からのプレッシャーに負けてしまったのだ。

 俺は、〝友達〟になった悟にはその事を話せなかった。

 兄さんが家の中で暴れて困ってる、なんてとてもじゃないけど言えず、花咲グループの恥を晒すようで卑屈にもなっていた。


「あの時は驚いたな……。奏、しばらく学校に来なかったじゃない。家族で海外旅行に行くだなんて大嘘吐いてさ」
「でも悟、病院まで来たよね。どんなツテを使ったのか知らないけど」
「そりゃあね、心配だったから。あらゆる手を使いましたとも」
「……」


 そういう事をサラッと言っちゃうんだもんな。

 照れて顔を背けた俺は、つまみを取りに行くフリでさりげなく立ち上がった。

 ビールから酎ハイ、最後に日本酒へと代わる頃には悟の色気がMAXになる。

 顔色も口調も変化はないが、飲み始めて一時間も経つと背もたれに寄りかかるところを見ると、悟はそこまで酒に強くない。

 親友相手に緊張しっぱなしの俺はというと、どれだけ飲んでも酔えないザルだ。庶民的な酒を浴びるように飲む悟のせいで、そうなった。

 人の気も知らないで。


「あんなこと人生で一度あるかないかだよね。ハラハラしたけど、あの出来事がなきゃ俺と奏は本当の親友にはなれなかった。そう思わない?」
「う、うん……」


 時間をかけて〝つまみを取りに行ってる〟俺を、悟が振り返って目で追ってくる。

 なんだろう。今日はなんだか、思い出話が多いな。

 悟が感慨深く語るのも分からなくはないが……俺はあまり思い出したくない記憶だ。

 当時十歳だった俺は、毎日顔を合わせるたびに兄さんに罵倒され、殴られていた。そのうちだんだんと体に支障をきたし始め、ご飯が喉を通らない、眠れないという症状が表れた。

 常に頭がボーッとして、何にもやる気が起きなくて、布団に潜り込んで痛む腹をさする……そんな日々を過ごしていたら、見事にぶっ倒れた。

 担ぎ込まれた病院で神経性胃腸炎と診断され、一ヶ月の入院を余儀なくされてしまったんだけど、「海外旅行」の嘘を悟は信じてくれなかった。

 俺が入院していた病院を調べてこっそり会いに来た悟は、諸々の事情で正面突破が難しいからってなんと真夜中に窓から忍び込んできたんだ。

 驚いたってもんじゃない。

 それが悟だとすぐに分からなかったら、護身用ナイフの出番だった。

 しかも俺が入院してたのは四階の角部屋。

 いくら運動神経抜群でも、非常階段をつたって来るなんて普通じゃない。


『やっほー、奏。お見舞いに来たよ』


 驚愕し口をパクパク動かすのみで言葉も出ない俺に向かって、悟が放った開口一番の台詞がこれだったんだから、彼に普通を求めるのはナンセンスというものだ。

 以降、どこぞの怪盗のように毎夜忍び込んできては、悟は明け方近くまで俺の話を黙って聞いてくれた。

 俺が入院するに至った理由を知ると、『どうしてもっと早く相談してくれなかったの』と怒りながら泣いていた悟の優しさに、心が締め付けられた。

 悟が殴られていたわけでも、罵倒されていたわけでもない。それなのに悟は、俺の痛みを我が事のように受け止めて涙してくれた。

 リスクを背負って毎晩会いに来て、つまらない俺の弱音を一晩中聞いて、『ツラかったね』と手を握ってくれる悟だから、俺はすべてを話すことが出来た。

 悟の前で大事にするプライドなんて、あっても意味が無いとさえ思えたんだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

無口なきみの声を聞かせて ~地味で冴えない転校生の正体が大人気メンズアイドルであることを俺だけが知っている~

槿 資紀
BL
 人と少し着眼点がズレていることが密かなコンプレックスである、真面目な高校生、白沢カイリは、クラスの誰も、不自然なくらい気にしない地味な転校生、久瀬瑞葵の正体が、大人気アイドルグループ「ラヴィ」のメインボーカル、ミズキであることに気付く。特徴的で魅力的な声を持つミズキは、頑ななほどに無口を貫いていて、カイリは度々、そんな彼が困っているところをそれとなく助ける毎日を送っていた。  ひょんなことから、そんなミズキに勉強を教えることになったカイリは、それをきっかけに、ミズキとの仲を深めていく。休日も遊びに行くような仲になるも、どうしても、地味な転校生・久瀬の正体に、自分だけは気付いていることが打ち明けられなくて――――。

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―

たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。 以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。 ​「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」 トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。 ​しかし、千秋はまだ知らない。 レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

役を降りる夜

相沢蒼依
BL
ワンナイトから始まった関係は、恋じゃなくて契約だった―― 大学時代の先輩・高瀬と、警備員の三好。再会の夜に交わしたのは、感情を持たないはずの関係だった。 けれど高瀬は、無自覚に条件を破り続ける。三好は、契約を守るために嘘をついた。 本命と会った夜、それでも高瀬が向かったのは――三好の部屋だった。そこからふたりの関係が揺らいでいく。

処理中です...