スタッグ・ナイト

須藤慎弥

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5.普通じゃない友達

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 俺は、衣食住に困らない恵まれた環境で育ってきたかもしれない。背丈は伸び悩んだが、容姿はまぁまぁ。

 幼い頃からどこへ行っても恥ずかしくないよう礼節を叩き込まれてるから、所作も綺麗だとよく言われる。「さすがは花咲グループのご子息だ」と。

 でも俺は悟と出会わなかったから、こんなに柔軟な大人にはなれなかった。

 孤立することが正しいと信じて疑わない、今も痛いコミュ障のままだったに違いない。


「ところで……お兄さんの様子はどう?」
「相変わらずだよ。俺も直接見たわけじゃないけど、叔母さんがそう言ってた」


 他人の痛みを我が事のように受け取る悟は、俺があっけらかんと返してもツラそうに眉を顰め、「そう……」と声を絞り出した。

 悟がこんなにも悲しげに俺を見るのも、仕方がない事かもしれない。

 ある日突然、穏やかだった兄さんの様子がおかしくなった。ほとんど家に居なかった父を除いた俺と母がその標的になり、数ヶ月もの間暴力をふるわれ続けた。

 何が原因かって、そんなの言わずもがなだ。

 当時十五歳だった兄さんは、父と周囲からのプレッシャーに負けてしまったのだ。

 俺は、〝友達〟になった悟にはその事を話せなかった。

 兄さんが家の中で暴れて困ってる、なんてとてもじゃないけど言えず、花咲グループの恥を晒すようで卑屈にもなっていた。


「あの時は驚いたな……。奏、しばらく学校に来なかったじゃない。家族で海外旅行に行くだなんて大嘘吐いてさ」
「でも悟、病院まで来たよね。どんなツテを使ったのか知らないけど」
「そりゃあね、心配だったから。あらゆる手を使いましたとも」
「……」


 そういう事をサラッと言っちゃうんだもんな。

 照れて顔を背けた俺は、つまみを取りに行くフリでさりげなく立ち上がった。

 ビールから酎ハイ、最後に日本酒へと代わる頃には悟の色気がMAXになる。

 顔色も口調も変化はないが、飲み始めて一時間も経つと背もたれに寄りかかるところを見ると、悟はそこまで酒に強くない。

 親友相手に緊張しっぱなしの俺はというと、どれだけ飲んでも酔えないザルだ。庶民的な酒を浴びるように飲む悟のせいで、そうなった。

 人の気も知らないで。


「あんなこと人生で一度あるかないかだよね。ハラハラしたけど、あの出来事がなきゃ俺と奏は本当の親友にはなれなかった。そう思わない?」
「う、うん……」


 時間をかけて〝つまみを取りに行ってる〟俺を、悟が振り返って目で追ってくる。

 なんだろう。今日はなんだか、思い出話が多いな。

 悟が感慨深く語るのも分からなくはないが……俺はあまり思い出したくない記憶だ。

 当時十歳だった俺は、毎日顔を合わせるたびに兄さんに罵倒され、殴られていた。そのうちだんだんと体に支障をきたし始め、ご飯が喉を通らない、眠れないという症状が表れた。

 常に頭がボーッとして、何にもやる気が起きなくて、布団に潜り込んで痛む腹をさする……そんな日々を過ごしていたら、見事にぶっ倒れた。

 担ぎ込まれた病院で神経性胃腸炎と診断され、一ヶ月の入院を余儀なくされてしまったんだけど、「海外旅行」の嘘を悟は信じてくれなかった。

 俺が入院していた病院を調べてこっそり会いに来た悟は、諸々の事情で正面突破が難しいからってなんと真夜中に窓から忍び込んできたんだ。

 驚いたってもんじゃない。

 それが悟だとすぐに分からなかったら、護身用ナイフの出番だった。

 しかも俺が入院してたのは四階の角部屋。

 いくら運動神経抜群でも、非常階段をつたって来るなんて普通じゃない。


『やっほー、奏。お見舞いに来たよ』


 驚愕し口をパクパク動かすのみで言葉も出ない俺に向かって、悟が放った開口一番の台詞がこれだったんだから、彼に普通を求めるのはナンセンスというものだ。

 以降、どこぞの怪盗のように毎夜忍び込んできては、悟は明け方近くまで俺の話を黙って聞いてくれた。

 俺が入院するに至った理由を知ると、『どうしてもっと早く相談してくれなかったの』と怒りながら泣いていた悟の優しさに、心が締め付けられた。

 悟が殴られていたわけでも、罵倒されていたわけでもない。それなのに悟は、俺の痛みを我が事のように受け止めて涙してくれた。

 リスクを背負って毎晩会いに来て、つまらない俺の弱音を一晩中聞いて、『ツラかったね』と手を握ってくれる悟だから、俺はすべてを話すことが出来た。

 悟の前で大事にするプライドなんて、あっても意味が無いとさえ思えたんだ。


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