30 / 541
8❥
8❥3
果たして葉璃は来るのか、来ないのか。
頭の中はその事で占められてはいたが、トップアイドルの意地でスムーズにトーク録りを終えると、聖南は一目散に楽屋へと戻った。
ただそこで何をするでもなく、着替えもそこそこにだらしなく椅子に腰掛け、一点を見詰めたまま動けずにいる。
CROWNとしての仕事は終わったので、アキラとケイタはそれぞれ舞台稽古へ、マネージャーの成田もそそくさと事務所に戻って行った。
独り残った聖南も暇ではないのだが、とにかく心中穏やかではない。
── 来いよ、葉璃。……頼むから来い。
どうしても会いたい。なりふり構っていられない。会いたい。
この手で葉璃に触れなければどうにかなってしまいそうだ。
祈るような気持ちで、その場から一ミリも動かずその時を待っていた。
「── セナさん、いますか?」
「……っ、佐々木マネ!?」
ノックの後、いよいよ扉の向こうから知った声がした。
あの佐々木が聖南に協力することはおろか、まさか本当に来るとは思わなかった。
立ち上がると同時に扉まで駆け、大きな期待を込めて勢いよく開ける。
だがそこに居たのは佐々木と、── 。
「……春香……」
何故か佐々木の隣には、恥ずかしそうに立つ春香が居た。
「なんで……」
── 違う、悪いが春香じゃなく葉璃を呼んでくれ。
そう言いたいのに声が出ない。
「セナさんが呼んだんでしょう、春香を。マネージャーとして、春香を男性と接触させるのは非常に心苦しいのですが、あなた方が想い合っているのなら口は出しません」
「…………」
── いや、だから違うって。それは違う!
この台詞も、まさに乙女な表情でそこに立つ春香の前では言えなかった。
葉璃に会えるかもしれないと浮足立っていたせいで、ガラス板の上に立っているかのように足元がピキピキっと音を立ててヒビ割れた。
まったく予想だにしていなかった展開に、聖南は軽い目眩を覚える。
来るか来ないか分からない、来てくれたら嬉しい、いや、絶対に来てくれるはず!などと、当然ながら葉璃の事ばかり考えていたのでここに春香が来るとは想像もしていなかった。
「佐々木マネ、ちょっと中入ってくれ。あ、春香は悪いけどここで待ってて」
「……? はい……」
営業スマイルを向けると春香は素直に頷き、それに申し訳なさを覚えながら佐々木を楽屋に呼び込んだ。
眼鏡の奥の目は相変わらず何を考えているのか分からない不気味さがあって、それにもイラつき始めた聖南は、扉が閉まった事を確認して声が漏れないよう奥待った場所で佐々木に詰め寄る。
「おいてめぇ。分かっててやってるだろ」
「何がですか」
「俺は、はるを呼べっつったんだよ」
「葉璃は男の子です。あなたの一目惚れとやらは、春香の方でしょう。春香もセナさんの事が好きなようですし……先ほども言いましたが、大事にしてくださるなら口は出しませんよ」
「……あのさ、誰に何を聞いたか知らねぇけど、俺ははるを待ってんだよ! 早くここに連れて来い!」
「それは出来ません」
「あぁ!? 何でだ!」
飄々とした佐々木の態度に、聖南の怒りも口調もどんどんと激しくなってゆく。
不気味なだけでは無く、やけに落ち着き払った佐々木の態度も相当に気に触る。
彼の思惑を匂わせ、聖南の怒りを買うことも厭わない姿勢に腹が立った。
「何でと言われましても。何があったかは知りませんが、セナさんは春香と自分を間違えているだけです。と、葉璃が言っていましたので。もう葉璃を巻き込まないで頂けますか」
「いやいやいやいや……」
やはり葉璃はまだそう疑ってたのかと、聖南は怒りのままに苦笑し頭を抱えた。
あれだけ長い時間お互いの話をして、葉璃にとっては突然だったかもしれないがキスまでした仲だというのに。
おまけに、「もう疑うな」とも言ったはずだ。
疑うのはしょうがないけれど、信じてほしいとの意味でそう言った。
「クソッ……」
ただ好きで好きで、ひと目会いたいだけなのに。
なぜこんなにもうまくいかないのか。
綺麗にセットしてある髪がぐしゃぐしゃになるほど頭をガシガシと掻きむしり、佐々木を睨んだ。
「葉璃をここに呼ばねぇの、あんたの意志じゃねぇよな?」
やたらと葉璃には猫なで声だったのを思い出し、まさかと思って聞いてみると、わずかに佐々木の眉が上がった。
「それは何とも」
「~~ッッ、てめぇ!!」
ついに怒りが頂点に達し、殴り掛かる勢いで咄嗟に佐々木の襟を掴んだが瞬時に離す。
今は完全に聖南の分が悪い。
表には春香も居るので、派手にやり合えば大きな騒ぎになってしまう。
「……もういい、分かった。春香にうまいこと言ってそのまま連れて帰ってくれれば、今日の事は許す」
「セナさん、春香に何も言わないんですか」
「話す事ねぇから。悪りぃけど、用があるのは弟の方だ。はると春香を間違えてるわけじゃねぇ」
力なくしゃがみ込んだ聖南の脇を、佐々木はそれ以上何も言わずに通り過ぎ、控え室を出て行った。
── はる……はる……。
会いたい気持ちが募る一方だった日々のなか、思いがけず会えるかもしれないという大きな期待を打ち砕かれて、完全に力尽きた。
── どうしたらいいんだよ、はる……。会いてぇよ……。
もう葉璃の面影も薄れ始めている。
キスの感触をも忘れてしまうほど、あの日から何日も経ってしまった。
気持ちばかり膨らむ一方で、しかし話す事はおろか一目見る事も叶わない。
恋愛をした事のない聖南には、これからどうすればいいのかなど分かるはずもなかった。
あなたにおすすめの小説
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
元アイドルは現役アイドルに愛される
陽
BL
人気アイドルグループのエースだった奏多は事故により脚を怪我し、グループを脱退する。エースの抜けたグループの人気はみるみる下落し、そのまま解散。そのことに責任と罪悪感を感じた奏多は芸能界の表舞台から引退し、正体不明の作曲家Kとして裏で支えることに。
罪悪感からご飯を食べなくなった奏多の肌は痩せこけ、青白くかつての輝きはなくなっていた。
ある日の打ち合わせでかつてのグループメンバーである颯真と再会する。
メガネとマスクをしているがかつてのメンバーのことは騙せない。
『奏多、会いたかった』
『僕、奏多さんのパフォーマンスを見て、人生変わったんです!』
やけに自分に懐いているワンコ系の後輩リオと、かつてのグループのメンバー颯真に受け止めきれない愛を向けられる話。
【R18】兄弟の時間【BL】
菊
BL
色々あってニートになった僕、斑鳩 鷹は当たり前だけど両親にめっちゃ将来を心配されまさかの離島暮らしを提案されてしまう。
待ってくれよ! アマゾンが当日配送されないとこなんて無理だし、アニメイトがない世界に住めるか!
斯くて僕は両親が改心すればと家出を決意したが行く宛はなく、行きついたさきはそいつの所だった。
「じゃぁ結婚しましょうか」
眼鏡の奥の琥珀の瞳が輝いて、思わず頷きそうになったけど僕はぐっと堪えた。
そんな僕を見て、そいつは優しく笑うと机に置かれた手を取って、また同じ言葉を言った。
「結婚しましょう、兄さん」
R18描写には※が付いてます。
推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです
一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお)
同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。
時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。
僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。
本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。
だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。
なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。
「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」
ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。
僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。
その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。
悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。
え?葛城くんが目の前に!?
どうしよう、人生最大のピンチだ!!
✤✤
「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。
全年齢向けの作品となっています。
一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。
✤✤