必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 聖南はやっとの事で足を前に踏み出した。

 街灯の明かりなどあってないようなもので薄暗く、二人は聖南になかなか気付かなかったが、サングラスの男が「あ!」と声を上げて立ち止まったのを機に、葉璃もようやく聖南を視界に捉えた。


「セナさん丸出しじゃないっすか。 どうしたんですか? こんな所で」


 近くで収録でもあったんすか?と馴れ馴れしく声を掛けてきたこの男の事を、聖南はすぐには思い出せなかった。


「聖南さん!」


 聖南に気付いた葉璃は、暗がりで分かりにくいが嬉しそうな表情をしていて聖南は少しだけホッとした。

 これが、「ハッ」といかにもヤバイ所を見られた風な反応をされたら、聖南の中の黒いものの制御が効かなくなっていたかもしれない。

 今やここにはこの三人しかいないので、聖南は堂々と両手を広げて葉璃を待った。


「……葉璃、おいで」


 声を掛けると葉璃はすぐに走り寄ろうとしていた。 しかし、サングラスの男が葉璃の腕を掴んで行かすまいとそれを阻んだ。

 刹那、心に渦巻いていたドス黒い何かが聖南の体外へと放出されたかのように、「てめぇ!」と声を荒げる。


「俺のだ。 触るな!」


 聖南は葉璃を奪い取ると、サングラス男を睨み付けた。

 素顔を晒しやがれ、夜中にサングラスなんて馬鹿かと思ったが、そんな事はもはやどうでも良かった。


「え? セナさん……の? こいつ、セナさんの?」
「こいつって誰に言ってんだ? あぁ? 殴られてぇのか」
「いや顔命なんで殴らないで下さい。 セナさんガラ悪いっすよ」
「せ、聖南さん……っ」


 お前のせいだろ!と怒鳴ろうとしたのだが、葉璃が聖南の袖口を引っ張り、興奮してはダメだと首を振っているのでやめた。


「誰だお前」


 この出で立ちで、聖南に敬語を使ってくるあたり同業者である事は間違いない。

 聖南は葉璃を自分の背後に隠すと、トーンを落として詰め寄る。

 するとサングラスを外した男が、形ばかりにペコッと頭を下げた。


「おっと、失礼しました。 荻蔵っす」


 顔を拝むと、聖南は数日前に葉璃とテレビを見ながら交わした会話を思い出して眉間に皺を寄せた。


『……荻蔵斗真……?』


 この二人の接点がまるで分からない。

 葉璃はこの男を「怖かった」「嫌だった」と言っていたにも関わらず、なぜここに二人で居たのか。


「飯行ってきたんすよ。 そこの居酒屋で」
「居酒屋!? お前、葉璃に酒飲ませてねぇだろーな!?」


 正体が分かったとて何ら安心材料にはならなかった。

 なぜ皆、聖南より先にアルコールを出すような店に葉璃を連れて行くのか。

 どう見ても葉璃は未成年だと分かるはずなのに、神経を疑う。


「飲ませてないっすよ~。 その見てくれじゃ、店側もそう簡単に酒出さないっしょ」
「てめぇ……。 顔がダメなら腹か背中いくか?」
「その拳ヤバイからやめて下さいってば。 何かよく分かんねーけど、先輩と後輩が飯行っただけなんすから、そんな目くじら立てないで下さい」


 聖南の怒りのボルテージは上がるだけ上がっているというのに、荻蔵は何とも飄々としていて心底イラつく。

 一発どころか何発でもお見舞いしてやりところだ。


「ね、ねぇ聖南さん、もう帰りましょう……? ちょっと足痛くなってきた……」


 背後からコソッと顔を出した葉璃が、言葉通り聖南にいくらか体重をかけ始めていて、それは大変だとばかりに体を支えてやると財布から二万を抜き取り荻蔵に差し出す。


「飯代。 借り作りたくねぇから取っとけ」
「多すぎますって」
「分かってる。 葉璃が世話になったな」


 荻蔵に金を押し付けて、もう話す事はないと聖南は葉璃を小脇に抱えてその場から立ち去った。

 聖南は自宅に帰るまで一言も発さなかった。 否、話す事が出来なかったのだ。

 抱えられた葉璃はいつもなら降ろせと抵抗するのだろうが、聖南の無言の圧力でチラチラと視線を寄越すだけに留めている。


『…………胸糞悪りぃ……』


 怒りのポイントが多過ぎて、聖南自身も処理に追い付けない。

 無自覚の葉璃にも相当に怒りを覚えていた。

 葉璃は、日中ですら出歩けば必ず一度はナンパされるほどの可愛らしさなのだ。

 それが、何時に出掛けたかは知らないが夜の街に一人で繰り出すなどどうかしている。 自覚が無さ過ぎだ。

 自宅へ着くと、葉璃に薬を飲むよう促し、聖南はさっさと一人でシャワーを浴びた。

 頭を冷やさなければ、まともに葉璃と会話も出来ないと思った。


『俺……こんな小せぇ男だったんだな……』


 荻蔵が言うように、ただの先輩後輩が食事に行っただけなのだろうが、それさえ聖南は許せない。

 事務所に入りデビューする葉璃は、これから先もこんな事は確実に起こり得るはずだ。

 それにいちいちこれだけ嫉妬していては早い段階で心が壊れてしまう。

 葉璃が聖南を好きだと言ってくれている気持ちを疑っているわけではなく、これはすべて聖南の器の問題であった。


『とりあえずお仕置きは確定だ』


 聖南の目の前での恭也とのハグ、そして聖南以外の人間と食事に行くなという約束を破った、この二点に関して許してやる気は毛頭ない。



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