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〜 一月某日 〜(全九話)
5❥打ち上げ②
聖南は葉璃から離れなかった。
だからといって手助けしていたわけではない。
おずおずとだが葉璃が頑張って会話をしている様を黙って見守り、完全に沈黙した時だけ助け舟を出してやるくらいにしておいた。
デビューから半年も経たない間に、ETOILEの世間の評価と認知だけはうなぎ登りなので、他人が苦手だなどとはそうそう言っていられなくなる。
少しでも免疫を付けてやりたかった。
こういう機会でもないと、大勢の大人に囲まれるという経験は滅多に出来ない。
業界関係者は葉璃の人となりをメディアですでに知っているからか、笑ったり揶揄ったりなど一切せず優しく接してくれていた。
知らない者ばかりでも怖くない、少しずつ、少しずつ、目を見て話せるようになればいい。
聖南を含めた周囲の人間達は葉璃に殊更甘いので、正直あまり練習にはならない。
葉璃の周囲に鉄壁の如く立ちはだかり、ビクビクする葉璃を相手から隠して無意識に守ろうとする者ばかりだ。
そのため、この場は本当にちょうど良かった。
葉璃が緊張気味に舞台女優二名と会話している様を見守っていた聖南は、背後から控えめに声を掛けられた。
「あ、あの……セナさん……」
振り返ると、申し訳なさそうな表情を浮かべた千鶴がシャンパングラスを片手に立っていた。
聖南のためにアルコールをと思ったらしいが、聖南は飲まないので左手で「要らない」と制す。
「おぅ、千鶴。 さっきは悪かったな」
「いえ! 私こそいきなりあんな……本当に申し訳ありませんでした……」
「それはもういいんだけど。 てかさ、気付いた?」
「……え、……な、何を……?」
素直に詫びてきた千鶴に笑みを返した聖南は、そっと耳打ちする。
葉璃を不安に陥れた突然のハグよりも、聖南には大きな気掛かりがあった。
「気付いたとしても黙っててほしい」
「………………!」
「その顔は気付いてたんだろ。 これ暴露されると俺とあの子と千鶴の人生終わっちまうかもしんねぇから、……黙っとける?」
耳打ちされた千鶴が驚きの表情に変わったのを見て、『やっぱりか…』と乾いた笑いを漏らす。
あの時、葉璃の名を叫んで慌てて追い掛けた聖南の行動に首を傾げたに違いない千鶴は、二人の関係を知ってしまった可能性があった。
この業界ではゲイやバイ嗜好の者はそう珍しくないが、年齢イコール芸歴のトップアイドル・セナがそうと知られれば確実に火の粉は相手方の葉璃に飛ぶ。
音楽業界で生き続けたい聖南にかつての葉璃の不安が伝染していて、出来ることならもう少しこのまま秘密の関係で平穏に過ごしていたいのだ。
自らのタイミングで暴露するのではなく、どこからともなく突然爆弾を落とされると、聖南よりも葉璃の方に大きなダメージがいくであろう事は容易に想像できた。
葉璃が聖南の未来を案じて、この関係はバラしたくないと言っていた気持ちはしっかり汲み取っている。
聖南はいつバレてもいいと開き直っていた考えを改めているので、千鶴に悟られて考え無しにマスコミにリークされると非常に困る。
彼女の表情からして、少なからず疑いを持っているのは明白だった。
「黙っとけるかって……え? 本当なんですか? ……嘘でしょう?」
「嘘だって言いたくねぇから言わねぇ」
「……あのセナさんが……」
「どのセナさんだよ。 てか、とにかく黙っててほしい。 あの子が傷付くような事になったら、俺何するか分かんねぇんだ」
「………………」
「散々出回ってるから俺の過去も知ってんだろ。 キレるとぶっ飛ぶからさ、俺」
「………………」
「マジで見なかった事にして。 いっそ忘れてくれ」
ここまで言うと脅しの類に入ってしまうと分かっていたが、言わずには居られなかった。
千鶴の人間性はこの三ヶ月以上の付き合いで多少なりとも知っている気ではいたものの、聖南の思うそれが本質かどうかは分からない。
聖南と葉璃の関係に薄々勘付いていながらこうして謝罪してきた、彼女の神経の太さと肝の座りっぷりを信じたいが……果たしてどうなるか。
聖南は牽制の意味を込めて千鶴を見詰め、千鶴もまた胸の内で何かを葛藤しているかの如く無言で聖南を見詰めている。
賑やかな会場内が静まり返ったと錯覚するほど沈黙され、聖南も腕が震えそうだった。
葉璃を不幸な目に合わせてしまうのが、他の誰でもなく自分かもしれない恐怖が心を支配し始める。
何分かの沈黙の後、千鶴は聖南の瞳を真っ直ぐに見上げてこう言った。
「……私で良ければいつでも力になります」
千鶴は意を決したように、聖南のために持ってきたはずのアルコールを一口飲んだ。
「それはどういう意味なんだ」
「……さっきの事チャラにして頂けるのであれば」
「あれは俺の中ではもう無かった事になってる。 いつまでも覚えてたらあの子が悲しむからな」
聖南はニヤリと笑い、話が終わったらしい葉璃の腰を抱いて千鶴と面と向かわせた。
驚いて見上げてくる葉璃に、千鶴が言わんとする事を聞かせてやるのだ。
「……私は本当に何て事をしたのかしらって後悔していたんです。 セナさんが仰ってくれたように、私はまだこの世界で生きていたいんです」
「俺もだよ。 そんでこの子もな」
「はい。 ……信じてください。 私にはこの道しかありません。 お二人の秘密は胸に秘めておきますし、もし何かあった場合には全力でお力になります」
「頼むぞ。 ……マリー・アントワネット役が千鶴で良かった。 最高のミュージカルだった」
「ありがとうございます。 そっくりそのまま、そのお言葉をセナさんに」
「俺はマリー・アントワネットじゃねぇよ」
聖南と千鶴は、困惑する葉璃を置きざりに笑い合った。
このミュージカルは、死ぬまでこの世界で生きていきたいという野望を抱いた千鶴が居なければ成り立たなかった。
千鶴の男気に、葉璃の腰を抱く手に力がこもる。
苦手だからと尻尾を巻いて逃げ出そうとしたミュージカルを成功に導く事が出来て、今さらながらに胸が熱くなった。
上手い下手は抜きに、コンプレックスを失くせた事、そして心強い味方を得た事も、聖南にとっては大きな収穫となった。
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