僕の甘美な眠り姫

須藤慎弥

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僕の甘美な眠り姫②

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   千里と出会ったのは四歳の頃だった。

   久遠が通っていた幼稚園に途中から入園してきた千里は、その時もややウトウト気味で皆の前で自己紹介をしていた。

   その一瞬ではさすがに『♡』とはならず、それよりも、第一印象はそこに居た皆と同じ感想を抱いたと思う。


『何かに似てる。  なんだろう…?』


   可愛らしい容姿には違いない。

   園児お揃いのスモックはピンクを着せた方が似合いそうだと思ったが、話してみるとそれほど女っぽくは無かったので、もし実際にそれを言っていたら久遠は引っ掻かれて傷だらけだった。

   何せ千里は、午前中はすこぶる機嫌が悪い。

   対して午後はとてもご機嫌で、のんびり屋さんではあるが可愛くケラケラとよく笑う子なため余計に、午前中の不機嫌さが際立っていた。

   そして千里がやってきて一ヶ月ほど経ったある日、ついに、久遠は見付けてしまう。

   何となく千里の事が気になり始めていた久遠は、お昼寝の時間に千里と隣同士になれた事が嬉しくて、興奮していて眠れなかった。

   寝なさい、とわざわざ怒られる事もなく、教室内はお腹が満たされた子ども達の寝息といびきに包まれている。

   久遠は、千里の寝顔をひたすら、瞬きも忘れて怖いほど眺めていた。

   いくら見詰めていても飽きず、終いには『可愛いなぁ…♡』と危ない気持ちが芽生えてきて、このままではヤバイかも…と幼心ながら何かの自制が働いて一旦瞳を閉じる。

   ───だがやっぱり我慢できなくて、数分後にゆっくり、千里が起きていませんようにと願いながら瞳を開けると……。


『っっ!?  ちー君、っ獣人だったの!?』


   久遠は思わず、上体を起こして驚いた。

   何故なら、久遠の隣でスヤスヤ寝ている千里の頭から、白と灰色が混ざったふわふわの垂れ耳が生えていたのだ。

   今この世の中は様々な種の者が蔓延っていて、獣人とてそれほど珍しくはない。

   けれど、この幼稚園はヒトしか入園出来ないはずだった。

   それは差別的な意味があったのか無かったのか、今でもよく分からない。

   とにかく、一族全員がαである久遠は、獣人というものをその時初めて目にした。

   ───この事はきっと、秘密なんだ。

   咄嗟にそう判断し、久遠は迷わず千里のお昼寝布団の方へ移動した。

   その姿を隠すように、幼い体を目一杯使って千里を抱き締め、頭からタオルケットを被る。

   タオルケットの中が二人だけの世界になり、久遠は恐る恐るその耳に触れてみた。


「ふ、ふわふわ……っっ」


   それは、どんなに手触りの良いものでも、既成品では絶対に味わえない最高のもふもふ感であった。

   何かに似ていると思った第一印象は、決して間違っていなかった。


「ちー君は、うさぎちゃんだったんだ…!」


   小声でそう呟いて、その可愛さにたまらなくなってぎゅっと体を抱き締めると、千里の腰付近に置いていた右手が何かに触れた。


「…………ん?  ん…っ!?」


   もふっを感じた右手をじわりと動かしてみると、千里の腰辺りから何かが生えている。

   尻尾だ!と気付いて三秒後、久遠のよく知るうさぎは、こんなに尻尾が長かっただろうかと疑問を抱く。

   パジャマの隙間から溢れてきていた尻尾はこれまたもふもふで、その当時はまだ三十センチも無かっただろう。

   だがこの尻尾を触ってみるからに、うさぎではない。

   何の種なのか分からず、久遠は首を傾げながら触り心地の良いその尻尾をしつこく撫で回していた。


「ん………っ」


   すると千里がほのかに眉を顰めて呻いた。

   直後、まだまだ幼く性別の違いくらいしか知る事の無かった久遠の体に、電気が走った。


『なに、なんなの……!?』


   謎の電流を全身に感じ、戸惑いながらも千里をきゅ…っと抱き締めて、もう一度尻尾を触ってみる。

   触る、というより、付け根から先までを握って擦り上げるという感じか。


「ん……っ…」


   それをしてみると、またしても千里が久遠の胸元で小さく呻いた。

   獣であるからには、撫でられると心地良いのかと思い千里が寝ている間中、久遠はそのもふもふを思う存分堪能し、千里を呻かせた。

   教諭達は隣の小部屋で昼食休憩と午後の準備を兼ねて忙しく、ほとんどこの教室へ入って来ない。

   そのおかげでまる一ヶ月もの間、千里が獣人であるとまだ知られずに済んでいる。

   ヒトだけが入園できる幼稚園に、獣人である千里がやって来たという事は、何か事情があるに違いない。

   久遠はそう勝手に憶測を立て、寝ている千里の体がタオルケットからはみ出ないように気を配った。

   お昼寝の時間が終わりを迎え、教室内に明かりが灯る。


『……あれっ、ない!!』


   覚醒の早かった千里の意識が眠りの世界から戻ってくるや、耳と尻尾はたちまち消え去っていた。

   そうか、寝ている間───千里が意識していない時だけ、あれは出てくるのか。

   逆を言うと、無防備な時しかあれが出て来ないという事だ。

   久遠の中で、千里の大きな秘密を知ってしまった高揚感は例えようのないものだった。




   それ以来、久遠はまるで騎士よろしく千里にベッタリだった。

   何か事情があるに違いないこの秘密は、きっと絶対にバレてはいけないものだと信じていて、それが現在まで続いている。

   歳を重ねる毎に、久遠の憶測と擁護は正しかったのだと思い知った。

   千里はずっと、自身をβだと偽ってヒトとして学校生活を送っている。

   もちろん、久遠にもバレていないと思っている。

   千里のあの姿は誰の目にも触れさせてはならない。

   そして久遠の胸中としては「誰の目にも触れさせたくない」。

   幼い頃からひっそりと守り続けている秘密も、可愛く美しく育った千里自身も、自分だけのものだ。

   久遠は千里との毎日を、とても穏やかに楽しんで過ごしている。

   ずっとずっと、これから先も、千里を守っていくのは自分しかいないと確信し、βとして生きようとする千里を全力で支えていく。

   わずかに異国の血が入った久遠は、亜麻色の髪をかきあげて妖艶に微笑んだ。

   胸元で、電車の揺れに負けて立ったまま寝息を立ててしまいそうな千里を揺り起こそうと、肩を抱き締める。

   華奢な肩口に触れると、何故だか久遠の背筋がゾクゾクした。





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