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僕の甘美な眠り姫⑤
しおりを挟む白と灰色の混ざった耳が、ぴょんと立っている。
昔はこれがもっと小さくてもふもふで、たらんと垂れていた。
そのおかげで最初はてっきり、うさぎちゃんだと勘違いしてしまったっけ。
短な産毛の生えた耳は、触り心地こそ変わったものの触れると気持ちが良くて、いつまでも触っていたくなる。
昔よりいくらも伸びた、こちらはもふもふ度が増した尻尾へと久遠の左手は移動する。
撫で上げる度に「ん…」と悩ましげに小さく呻くのは、昔から変わらない。
実際に寝ている姿は見た事がないはずのクラスメイト達から、「眠り姫」と呼ばれている千里の寝顔は、本当に久遠にとってはお姫様に見えた。
あの日以来、その千里の食欲が落ち続けている。
最近では、大好きなマスカット味の飴玉すら要らないと言い始めていて、久遠は心配でたまらなかった。
もしかすると、ヒトとして順応しようと無理をし過ぎて基礎体力が落ちているのではないかと疑う。
この十七年間、千里は獣人である事を周囲には隠して生きている。
久遠にでさえもだ。
まさか出会って一ヶ月で気付かれているとは思ってもみないだろうから、千里から打ち明けてくれるまで久遠は何も言うまいと思っていたけれど、少しだけその気持ちは揺らいでいた。
「ちー君……どうしちゃったの…?」
千里の家族はもちろん、両親共にチンチラ属だ。
社会的に地位が低いとされる獣人とはいえ、現在はそれほど大きな差別は横行していない。
獣種の中にも位があるようだが、それを鑑みてもヒトとして偽って生きなければならないほどではないはずだった。
千里の家は、久遠の自宅からほど近い。
豪邸に住む久遠とは違い、千里の自宅はこじんまりとした平屋の一軒家だ。
久遠の部屋の窓から容易く千里の部屋が見える距離にあり、ここ何日かはストーカーの如く毎晩様子を窺っている。
夜になると元気な千里は深夜に宿題を始めるので、それをシルエット越しに見て安堵し、久遠は寝付くのだ。
決して裕福ではないにしろ、今までも普通の生活を送っているように見えたのだが……あまり食べられないほど生活が困窮しているのだろうか。
「………あ、まただ…。 いいにおい」
耳と尻尾を生やした千里が寝付いて十分ほど経つと、ふわりと花のような甘い香りが久遠の鼻腔をくすぐった。
例えるなら、金木犀の香りに近い。
これに気付いたのは昨日で、今日も謎の香りがやって来た。
「ん? ………ちー君…?」
目に見えて食欲が落ちている千里は、何日もまともに食べていないせいか痩せてきている。
その千里から、この甘い香りが出ているようだった。
芳しくて、ずっと嗅いでいたいと思ってしまうほど脳を刺激され、吸い寄せられるように千里の寝顔へと久遠は近付いてゆく。
眠り姫の異名は伊達じゃない。
いつもなら見惚れて溜め息を吐くだけなのだが、ーーー何だか収まりが効かない。
おかしい。
なぜこんなにも思考が止まるのだろう。
千里のピンク色した小ぶりの唇から目が離せない。
体を丸めて久遠の太ももの上で寝ている千里を、叩き起こしたい衝動に駆られた。
今まで、彼の秘密ごと大切に守ってきた千里の体を、これでもかと撫で回したい。 壊れる寸前まで貫いてみたい。 …項を、噛みたい。
「………ちー君…っっ」
この香りを嗅ぐと、もふもふした耳や尻尾を堪能するだけなど無理だ。
とにかくジッとして、激情を抑えようと必死で意識を逸らしていないといけないなど、まるでこれは……。
「こ、これ…もしかしてフェロモンじゃ……っ」
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