僕の甘美な眠り姫

須藤慎弥

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僕の甘美な眠り姫⑥

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   この感覚は、久遠にも覚えがあった。

   教室内にΩの者は居ないが、校内には何名かいる。

   発情期のフェロモンを撒き散らし、見目の良い久遠はその者達から欲に濡れた瞳で何度も誘われた事もあった。

   Ωのフェロモンは強烈で、αであるクラスメイトの何名かは誘われるままにつられて行ってしまう者も居る。

   確かにいいにおいではあるし、欲望と本能に直結するフェロモンに抗う術などあるのかと案じていたが、久遠は実際そのにおいを嗅ぎ、感じても、「なんだ、この程度か」と思った。

   これなら我慢しなくても余裕だとすら。


「ちー君!  ちー君、起きて!  お願いっ、起きないと僕……!」


   久遠は、寝ている千里の肩を揺さぶった。

   このまま無防備にフェロモンを放出され続けられては、我慢出来る出来ないの話ではない。

   本能が千里を欲している。

   たとえ傷付けてしまったとしても、何としてでも千里を手に入れたい、飼い殺しにしたいーーー。

  久遠の心が、得体の知れない何かで支配されてしまいそうだった。

   起きて、起きて、…お願い、起きて。

   何も知らない無垢な千里を傷付けてしまう前に、早くーーー。


「ん………」
「ちー君!  どういう事なの!?」
「…………何が?」


   目を覚まし、眠そうに瞼をこする千里が体を起こすと、可愛い耳と尻尾は魔法のように忽然と消えた。

   ふわふわと残り香を漂わせている小さな体を抱き起こし、久遠の目の前に座らせた。

   久遠の突然の問い掛けに、まだお昼寝時間が足りない、と千里の瞳が不満を訴えてくるが、あのままでは久遠の望まない結果を生んでしまう。

   秘密を抱え、いじらしく生きている千里を間近で支えてやれれば、久遠は満足だったのだ。

   恐ろしいほどに久遠を惑わせた、このフェロモンを嗅ぐまでは。


「ねぇちー君…。  もしかしてβじゃなくてΩなの?」
「…え?」
「……僕に内緒にしてる事、ない?」
「…ないよ、ない」
「あるよね」
「ないってば。  …飴ちょーだい。  ピーチがいい」


   この際だから、「ぜんぶ知ってるんだよ」と言ってしまおうかと思った。

   久遠からの追及と、安眠を邪魔された事で不機嫌になってしまった千里が厭わしい。

   あれだけのフェロモンを放っておいて、幼い頃から常に一緒だった久遠に向かってまだ秘密を守ろうとするのが悲しかった。

   千里は一度たりとも、久遠の構い倒しに嫌がる素振りを見せた事はない。

   だから、そろそろ言ってくれてもいいんじゃない?的なノリだったのだ。

   久遠は知っているのだから。

   たった今判明した、千里のもう一つの秘密さえも。


「飴、ほしい?」
「久遠、変だよ。  怖い顔してる」
「ほしいの?  ほしくないの?」
「………ほしい」


   静かに怒る久遠の剣幕に圧された千里が、二歩ほど後退る。

   ポケットからピーチ味の飴玉を取り出して、それを千里にはあげずに自身の口に放り込んだ。


「あ……っ」


   ちょーだい、という意味なのか、後退った千里が久遠の口元を見詰めて声を上げ、一歩近寄る。

   口に含んだピーチ味の飴玉の香りと、千里から放たれた猛烈なる甘美な残り香が混ざり合い、久遠の意識が飛びそうになるほど神経が揺さぶられた。

   もう、どうにでもなれーーー。


「ちー君、ジッとしててね」


   久遠は難しい顔をして千里の両頬を取り、ソッと彼の唇に自身のを重ねた。

   そしてそのまま、ピーチ味の飴玉を千里の口の中へ舌で軽く押す。

   甘い。

   飴玉も、このむせ返るようなにおいも、千里の唇も。




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