僕の甘美な眠り姫

須藤慎弥

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僕の甘美な眠り姫⑦

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   本能には抗えなかった。

   されるがままだった千里は久遠を拒まなかったので、飴玉を奪ったり押し込んだりで互いの口の中を何度か行き来させてしまった。

   キスの最中、千里から放たれる甘いにおいが強くなっていて、本当に目眩を起こしそうだったが死に物狂いで堪えたのだ。

   堪えなければ、恐らくここで千里を裸に剥いてしまうと思った。

   時間を忘れて美味なる唇を求めてしまい、チャイムが鳴って我に返った千里に胸を押され、何か言いたげに数秒見詰められた。

   そして千里は、久遠を図書室に残して走り去って行った。


「ちー君…………」


   本能へ直に誘惑されたからとはいえ、久遠は完全に調子に乗り過ぎたと項垂れる。

   壁に背を凭れ、唇に指先を走らせながらズルズルとへたり込んだ。

   口の中が甘い。

   ピーチ味の風味と、千里の舌の感触が久遠の欲望を目一杯刺激してしまった事で、これで何もかも崩れたと感じた。

   久遠は千里を、そういう目で見ていたのだ。

   友達として支えられたら…などと甘く考えていた愚かな自分は、実際は千里をこの手の中だけに留めておきたいと望んでいる。

   よく考えてみれば、気付かない方がおかしかった。

   クラスメイトが千里に話し掛けているのを見て笑顔で割り込んだり、休み時間に千里がトイレへ行っていて姿が見えないだけで「どこにいるの」と大声で騒いだり、何気なく千里に触れようとした者には視線で無言の圧力をかけたりなど、友達の域を越えた独占欲は前々から確かにあった。

   いくら親友でも、「とっても可愛いね」「綺麗になったね」「横顔がクールで素敵」と真顔で言ってのけて千里をキョトンとさせたりしない。


「そっか……僕、ちー君の事が好きなんだ…」


   獣人だと知った、幼かったあの頃からその想いは育ち始めていたのかもしれない。

   千里がひた隠そうとするなら、久遠も陰ながら協力し、千里にとっての災いを防ぎたい一心だったが、それが恋心だとは思いもしなかった。

   フェロモンに誘われるままに千里の唇を奪ってしまい、この気持ちに気付いた以上はもう後戻りは出来ない。

   走り去る間際、千里はどこか悲しげに久遠を見詰めてきていた。

   あれにはどういう意味があったのか知りたい。

   これまで一度も久遠を拒まなかった千里は、キスすらも許してくれた。

   勘違いではなく、千里も久遠を好きでいてくれていると思う。

   ならば、少しずつ進展させていく必要がある。

   あれは間違いなくΩのフェロモンなので、耳や尻尾と同様に千里の無意識下だと凄まじく雄の本能を刺激すると分かった今、そう悠長にしていられない。

   千里に自覚があるのかないのか、間違いなく発情期とやらがきているのだ。

   ここ何日かの千里の異変も、そうと分かれば説明が付く。

   異常な眠気とだるさ、そして心配していた食欲不振も、初めての発情期に体が付いていっていないのだ。


「大変…っ。  ちー君が襲われちゃう!」


   あの香りとフェロモンを体感して我慢できるαは居ないはずだ。

   万が一襲われて、久遠ではない誰かに項を噛まれでもしたら……。


「そ、そんなのだめ!  ちー君は僕のだ!」


   マイペースでのんびり屋の千里を、何年もかけてやんわりと懐柔してきたのは久遠なのだ。

   知らない誰かに、可愛い可愛い千里を奪われてなるものか。

   誰にも、千里の隣を譲るつもりなどない。

   久遠はランチボックスを持って慌てて図書室を飛び出した。

   すでに千里は教室内にいて、自身の窓際の席から遠くの山々を見詰めている。

   その姿を見た久遠は、とりあえず午後は千里が意識を無くなさないうちは大丈夫だろうと、無理やり自分を落ち着かせた。

   千里への恋心を知ってしまうと尚、この社会の分別が腹立たしくてしょうがなかった。




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