僕の甘美な眠り姫

須藤慎弥

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僕の甘美な眠り姫⑧

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   千里に避けられている。

   キスをしたその日、αのクラスは一時間多く授業を組み込まれていた。

   マイペースな千里は久遠を待たずに帰宅してしまっていて、帰りに久遠が千里の家に寄っても出て来てくれなかった。

   不安な気持ちを抱えていつも通り翌朝迎えに行くと、久遠より先に登校してしまったと千里の母親から聞いて愕然とした。

   明らかに避けられている。

   受け入れてくれたと思っていたが、もしかして、キスが嫌だったのだろうか。

   いや、ただ照れているだけじゃないのか。

   千里はあまり感情を表に出してくれないので、たとえ直接真意を聞いたところで明確な答えが返ってくるとは思えない。

   βのクラスを覗くと、千里は確かに登校していた。

   窓際の席で朝陽がよく当たるからなのか、気持ち良さそうに瞳を瞑っている……。


「っっ、ちー君!!」


   …いや、瞳を瞑っていたら駄目だ。  眠ってしまう。

   αである久遠が朝からβのクラスに入るのはやや勇気が要ったが、構わない。

   走り寄って千里の体を起こすと、案の定眠ってしまう一歩手前であった。

   久遠より先に家を出たという事は、朝方の千里の貴重な睡眠時間を削ったという事になる。

   居眠りしてしまわないはずがなかった。


「…………久遠…?」

「ちー君、保健室行こう?  ていうか、今日は帰ろう?」
「……なんで?  大丈夫」
「大丈夫じゃないから言ってるんでしょ!?  お願いだから僕の言う事を聞いて!」
「……嫌だ。  久遠、怖い顔してる。  怖い」
「ご、ごめんねっ?  怒ってるわけじゃないよ、心配してるだけで…!」


   二人の仲の良さはすでに周知の事実なので、クラスメイト達は遠巻きに事態を見守っている。

   αのクラスでも一際目を引く久遠の美貌を、その場にいる者達も羨望と色欲の目で見詰めていた。

   その周囲からの視線をしっかり感じている久遠の瞳には、昔も今も千里しか映っていない。

   眠そうにとろんとした瞳で見詰めてくる千里から、あの香りがし始めていた。

   無意識下ではない今香り立つという事は、本格的な発情を意味している。

   一刻も早く学校から千里を連れ出さなければ、何が起きてもおかしくない。

   焦りの中、千里の二の腕を取るとマイペースな彼らしく首を傾げて見上げてきた。


「グレープ味の飴食べたい。  ある?」
「あるけど、僕の言う事を聞いてくれるっ?  今すぐ帰るんだよ、お家に!」
「無理だよ。  元気なのに学校休んだらお母さんに怒られる」
「僕の家に行こう。  ちー君が怒られないように、お母さんには僕が説明してあげるから」


   えー、と難色を示す千里は椅子から動こうとしない。

   こうしている時間すら惜しい。

   久遠を虜にするこの甘い香りがこの教室中に立ち込めてしまえば、βであるクラスメイト達も危うかった。

   こんな時にグレープ味の飴玉が欲しいとねだられてしまい、久遠はどうしようかと一瞬考えてすぐにやめる。

   授業が始まる前に、とにかく連れ出さなければ。


「……もしもし、お迎え頼んでいいですか?  えぇ、すぐでお願いします」


   飴玉を与えるまで動かないつもりなのかジッとしたままの千里をよそに、久遠は電話で相手と会話をしながらテキパキと千里の鞄に教科書類を詰め込んでいく。

   電話の相手は、自宅に待機している久遠専属の運転手だ。

   久遠が産まれた瞬間から専属の爺やも居て、彼は特に恵まれた家庭で育ったお坊っちゃまである。

   一族が揃ってαであれば、社会的地位そのものが上流階級になるのでそんなに珍しくはない。

   現に、久遠の居るαクラスは全員が豊かな暮らしと将来を約束された者達ばかりだ。

   だからこそ、千里を守ってやれるだけの力と環境がある自分を頼ってほしい。

   そろそろ千里の口から、秘密を打ち明けてほしい。


「僕の家に帰ろうね、ちー君」
「え、えっ?  ………っ」


   久遠は二つの鞄を肩に掛けて千里を姫抱きすると、クラスメイト達から千里へ羨望の眼差しが向けられた。

   たくさんの目がある前でここまですれば、周囲も久遠と千里が「ただの仲良し」ではないと察してくれるだろう。

   ちー君に手を出したら許さないよ。

   そんな思いを込めてクラスメイト達を振り返り、フッと妖しく微笑むと、久遠はたった今歩いてきた廊下を急ぎ足で引き返して行った。




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