僕の甘美な眠り姫

須藤慎弥

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僕の甘美な眠り姫⑩

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   冷水どころではない、大きな氷を頭上から勢いよく落とされたような衝撃が全身に走った。

   欠伸をしながら手遊びを始めた横顔を、穴が開くほど見詰める。

   成績優秀な久遠でさえ、今の一言は頭の中で処理するのに何分もかかった。

   それでも、まったく理解できない。


「……ね、ねぇ、ちー君。  今の、冗談だよね?」
「ううん。  それより、グレープ味の飴は?  あるって言ったよね」
「それどころじゃないよ!  け、結婚って何っ?  いつの間にそんな話が…!」
「最近すごく眠くて、食欲もないってお母さんに話したら、そう言われたんだもん」
「そ、そんな………!」


   やはり母親は、千里がΩだという事を知っているのだ。

   発情期に伴う体の変化や体調不良を知って、何も知らない千里に突然それを言うなど信じられない。

   手遊びしながら足をぷらぷらさせて遊ぶ千里が、久遠を見ながら「でもね」と続ける。


「変なんだよー。  相手の人、αなんだって。  βはβ同士が結婚するんじゃないの?  よく知らないけど」
「待って、待ってよ…、αなら僕でいいじゃない!  どうして僕とは一緒に住めないなんて言うの!?」
「だってそれは……」
「何っ?」


   受け入れきれない事実を前に、久遠はだんだんと余裕が無くなっていった。

   クールで見目麗しく、冷静沈着で微笑みを絶やさない王子様のようないつもの久遠の姿は、そこには無い。

   決まっているという相手がαだと聞けば、そこは久遠も声高に千里の結婚相手に立候補してもいいはずだ。

   久遠には、千里を大切に守ってきた今までの年月の重みがある。

   相手がどこの誰だか知らないが、そう簡単に千里はあげられない。

   ここへきて言葉を濁す千里をジッと見詰めたまま、ポケットを探る。

   千里が好きなグレープ味の飴玉を、またしても久遠は自分の口の中へ入れた。

   ただし、溶けてしまわないように舌の上には置かずに。


「あーっ、また久遠が食べた…」
「ちー君がいつまでも僕に隠し事をするからいけないんだよ。  結婚相手が居るなら、このグレープ味の飴は食べられないね」
「なんで…!」
「ほしいなら取っていいよ。  僕の口の中にあるから。  …どうすればいいか、昨日教えたよね?」
「………………」


   困った顔で見詰めてくる千里の体から、あのにおいがし始めた。

   昨日のキスを思い出してしまい、フェロモンを誘発しているのだ。

   このくらいの意地悪は許されるはずだと、久遠は千里の瞳を見詰め続ける。

   誘うように千里の腰を引き寄せて顔を近付けると、観念したのかじわりと瞳を瞑った。


「いいの?  ちー君、結婚相手がいるんでしょう?  僕とは一緒に住めないけど、その人とは一緒に住むんでしょう?」


   さらに千里の思考を揺さぶると、放たれたフェロモンが久遠の体全体を覆った。

   本能を刺激されて、我慢など出来るはずがない。

   早くこの唇を奪いたい───。

   千里の全身に口付けてみたい───。

   拒まれる事など考えもせず、無心で千里の返事を待っていると、悩ましい瞳が少しだけ開く。


「………飴、ちょーだい」


   それがどういう意味を成すのか、千里にも分かっていたはずだ。

   両親が決めた結婚相手が居ながら久遠を求めてくる千里は、発情期の経験がないからか苦しげに眉を潜めている。


「…………悪い子」
「…んっ………」


   グレープ味の飴玉を千里の口の中へ押し込み、熱で素早く溶けるように久遠は夢中で舌を動かした。

   口腔内は昨日とは違う味なのに、フェロモンの香りは一段と強く甘くなっていて、抱き寄せていた腰からお尻へと手を伸ばしかける。

   だが、意識を飛ばして千里をめちゃくちゃにしてしまう前に、クラクラしていた頭が徐々に落ち着きを取り戻してきた。

   唇を離すと、千里はこてんと久遠の胸の中へ倒れ込み、そのまま耳と尻尾を生やして眠りの世界へと堕ちていく。


「ほら、やっぱりΩだ……」


   フェロモン抑制効果のある飴玉を、久遠は昨日のうちから入手していた。

   これでハッキリした。

   結婚相手が居ようと知った事ではない、誰かに取られてしまう前に、何が何でも、千里を久遠の番にしなければ───。





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