僕の甘美な眠り姫

須藤慎弥

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僕の甘美な眠り姫⑪ ちーの正体

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─ 千里 ─



   最近、久遠がすぐこわい顔をする。

   いつも優しそうな笑顔でちーを見てくれて、昔からどこか抜けたちーの世話をなんやかんやと焼いてくれる。

   ちーはチンチラ属の獣人だ。

   家族以外の誰にも、もちろん久遠にも、この事は話してない。

   お父さんとお母さんから、どんな事があっても他人にバラしちゃダメだって言われてる。

   幼馴染みの久遠には話しておきたいなって思ってたのに、ちーが獣人だってバレたら、それを今まで隠してきたお父さんの会社での立場が悪くなる…そう言われたら、話したくても秘密にしておかなきゃいけない。

   獣人にもヒトみたいな性別があって、ちーも小さい頃からβだって言われて生きてきた。

   だけど………そうじゃない、みたい。

   なんで久遠がその事に気付いたのか分からないけど、 お母さんに詰め寄る久遠はまた怖い顔をしている。


「きちんとお母様の口から伝えてあげないと、ちー君が危ない目に遭ってしまいますよ?  何か起きてからでは遅いです」
「そ、そうは言ってもね…。  αの久遠くんには分からないかもしれないけど、生きにくいのよ、千里の性別は」
「それは重々承知しています。  ですから、僕がちー君をお守りします。  どんな事があっても、僕が守ります」


   久遠はお母さんの前で正座して熱弁していた。

   今までの二人の会話で分かった事は、ちーはβじゃなくてΩだったって事。

   先週からかな。  寝ても寝ても寝足りなくて、起きてる間中ずっと体がだるくて、気分も悪いからご飯も食べられないし、何かの病気なのかもって不安だったけど違ったみたい。

   βとして社会に出た方が何かと都合がいいって事くらいは知ってる。

   でもちーがΩだとしたら…発情期?っていうものがあるらしいから、それは対処できるようにしておかないと本当に困るんだけど。


「久遠くんには感謝しているわ。  パパも会社でかなり恩恵を受けているようだし、感謝してもしきれない。  でもね、久遠くんに千里は守れないのよ」


   久遠から視線を逸らしたお母さんが、お茶を一口飲んだ。

   正座したままピクリとも動かない久遠の綺麗な亜麻色の髪が、開け放した窓から入ってくる心地良い風に揺れている。

   横顔を覗いてみたら、久遠はまだ怖い顔をしていて、ちーの心がザワザワした。

   久遠が守ってくれるなら、こんなに嬉しい事はないけど……久遠は生粋のαだ。

   久遠とちーがどんなに望んでも、その血筋は絶やしてはいけない。

   しかもちーはチンチラ属。

   Ωである事もだけど、獣属だって事が一番の難点だ。


「お母様、僕が何も知らないとお思いですか?」
「…………もしかして……知っているの?」
「はい。  かなり前から」
「そうだったの…」


   え?  え?  久遠が何を知ってたって??

   ちーが久遠の横顔に見惚れて話を聞き逃していて、二人の重苦しい溜め息の意味が分からなかった。

   お母さんは伏し目がちにお茶を飲み続けてて、久遠はそんなお母さんをジッと見ている。

   何だか入っちゃいけない空気だ。

   ………でも喉が渇いたな…今立ち上がったらこの空気壊しちゃうかなぁ…。

   ちーは熱いお茶が苦手だから、冷蔵庫にある冷たい水を欲した。

   いいや、ちょっとだけ……。


「…っ、どこ行くのっ?」
「お水飲みたい」
「あ、あぁ、そう。  行っておいで」
「うん?」


   立ち上がろうとしたら、今まで少しも動かなかった久遠にギュッと腕を掴まれて、ビックリした。

   お家の中なんだから、どこ行くのって言われてもたかが知れてるのに。

   久遠は過保護だ。

   毎朝お迎えに来てくれるし、授業の合間に必ず様子を見に来てくれるし、いつもウトウトしてて一人ぼっちのちーを気にかけてくれてる。

   久遠は優しくてカッコ良くて、おまけに何でも出来る。

   対してちーは何にも得意なものなんてないし、日中が苦手だから動きもトロいし、話すのも遅いし。

   昔からこんなちーを構ってくれてるのは、久遠だけだ。

   友達だと思ってたのに、キス、された時なんか全身がピリピリってした。

   ここまで構ってくれなくていいよってドキドキして避けてたら、怒った顔の久遠から飴玉で誘われちゃって、ーーー。

   あ…いけない。

   思い出しちゃうな。

   初めてのキスは、いきなりで驚いたけど温かかった。

   二回目のキスは大好きなグレープの飴玉の味で、すごく甘くて美味しかった。

   三回目はマスカット味がいいなって言ったら、久遠はまたあの怒った顔をするのかな。


「ちー君、………出てる、フェロモン…」




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