僕の甘美な眠り姫

須藤慎弥

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僕の甘美な眠り姫⑰

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   千里がどこにも居ない。

   久しぶりに登校した千里は、恐らく猛烈な睡魔に襲われて午前の授業が終わるとすぐに教室を飛び出したのだろう。

   久遠が迎えに来た時にはすでに居なくなっていた。


「ちー君…どこなの…っ?」


   お昼寝ポイントをいくつも探し回ったが、すべて当てが外れている。

   久遠は立ち止まり、窓の外を眺めた。

   今日はとても良い日和。

   ちょうどいい初春の温かさと爽やかに吹く風、真っ青で雲一つない青空……まさに千里が好きそうな気候だ。


「裏庭…!」


   肌寒いかと思い、近頃のお昼寝は校内ばかりだったのでピンと来なかったが、きっと千里は外で日向ぼっこをしているのだ。

   こうして離れていると、久遠との結婚になかなかイエスと言ってくれない千里が、本当に手の届かないところへ行ってしまいそうで怖い。

   ランチボックスを片手に廊下を走っている久遠の表情は、いつになく険しかった。


「よ、久遠」


   校舎から裏庭に抜けたところで、同じクラスの千歳と出くわした。

   輝く黒髪が風に揺れていて、余裕に満ちたその表情は、彼が同性である事を嫌でも窺わせる。


「千歳、こんなところで何してるの」
「ちょっとね」
「…ちー君、見なかった?」
「久遠は知ってるのか?  姫の秘密」
「…っ!?」


   千里を見なかったかと聞いたはずが、思ってもみない事を逆に問われて久遠は絶句した。

   この言い方は、彼も千里の秘密を知っているのだとすぐに悟り、眉間に皺が寄る。

  なぜ知っているのかと千歳を睨むと、飄々と返された。


「その様子だと知ってるんだな。  隠してたわけじゃないけど、俺もチンチラ属なんだ。  珍しい種だから血筋大事にしててね。  久遠の一族と一緒。  生粋のαは大変だね、色々縛られそうで」
「…どういう事なのかな。  もしかしてちー君の結婚相手って…」
「そ、俺」
「…………ッッ」


   余裕綽々な表情の意味が分かった。

   久遠は息を呑み、千歳を盛大に睨みつける。

   憎き恋敵がこんなに近くにいたとは知らず、焦りと動揺が久遠の心臓を大きく揺さぶった。


「もうすぐ姫は俺のものになるから、飴玉用意しておかないと。  好きなんだってね、飴玉と、優しい人が」
「……ちー君、そこに居るの」
「寝てるよ。  耳と尻尾出てるから、ちゃんとヒトに見付からないように茂みに隠して、葉っぱかけておいた」
「僕のちー君に触ったの?  …覚悟は出来てる?」
「覚悟?  俺はただ、千里くんと結婚してたくさん子ども産んでもらって、仲良く暮らしていきたいだけ。  久遠は久遠の世界で暮らしてくのと一緒。  そもそもの生活基盤が違うんだから、久遠と千里くんはもうじきお別れ」
「…………っ!!」
「じゃあな」


   去って行く千歳の背中を見詰めて数秒後、ハッとして久遠は茂みの中の眠り姫を探した。

   体に葉っぱがパラパラと掛かった状態の千里を発見すると、寒いのかもふもふの尻尾を足の間に挟んで丸まって眠っていた。


「ちー君………」


   その愛しい姿を見た久遠は、恋敵を間近で見てしまった焦燥感に囚われてどうしようもない気持ちになった。

   このままでは、千里は千歳のものになってしまう。

   種の繁栄のためだと言われると久遠は何も言えない。

   だがいいのか、それで、───。

   この無垢な千里が他の者と愛し合う想像などしたくなかったが、それをしなければ久遠は動けなかった。

   直ちに運転手を学校へ呼び付けた久遠は、寝ている千里を姫抱きして呟く。


「のんびりしてられない。  急いで僕のものにしないと」





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