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異世界で「よく見える」
しおりを挟む気がつくと、僕は草原の真ん中に立っていた。
空は高く、風が吹き抜けている。
足元には踏み固められた土の道があり、遠くには石造りの壁に囲まれた街が見えた。
馬車が通る街道と、その先にある人の営み――どう見ても、元いた世界ではない。
「……え?」
声に出してみて、そこで初めて違和感に気づく。
身体が、軽い。
息苦しさもなく、立っているだけで疲れない。
恐る恐る一歩踏み出すと、足は自然に前へ出た。
何歩歩いても、眩暈は起きない。
さらに驚いたのは、視界だった。
遠くの街壁や、野花の輪郭までやけにはっきり見える。
僕は鼻にかかっていたはずの眼鏡が無いことに気づき、慌ててポケットを探る。
――あった。
「……見える。よく見える」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
元の世界で、僕は身体が弱かった。
持病のせいで外出もままならず、視力も悪くて、眼鏡は手放せなかった。
部屋の中が、僕の世界のほとんどすべてだった。
でも、今は違う。
僕は眼鏡をポケットにしまい、街道へ向かって歩き出した。
とにかく、人のいる場所へ行こう。
ここで立ち尽くしていても、何も始まらない。
街道の端に差し掛かった、その時だった。
道の隅に、大きな人影が見えた。
筋骨隆々の身体に、ボロ布を巻き付けるように身にまとい、膝を抱えて座り込んでいる。
背は高く、日焼けした肌には古い傷跡がいくつも残っていた。
褪せた金髪に、太い首。
その首には、錆びかけた金属の首輪がはめられている。
――捨て置かれた、大男。
どうしても放っておけなかった。
意を決して声をかけると、男は信じられないものを見るように顔を上げた。
眉間に深く刻まれた皺。
鋭く、睨みつけるような目つき。
――怖い、と思う前に。
彼は慌てて膝をつき、深く頭を下げた。
大きな身体を縮ませ、背を丸め、震える声で話し始める。
彼の名前は、ダレル。
元冒険者であること。
視力が弱く、よく見ようとする癖が誤解を招き続けたこと。
身に覚えのない盗みの罪を着せられ、奴隷に落とされたこと。
僕は話を聞きながら、ポケットの中の眼鏡に指を触れた。
――身体の弱さで苦労する気持ちは、よく分かる。
――この世界で不要になったものにも、意味はあるのかもしれない。
そう思って、僕はそっとしゃがみ込む。
そして、慎重に、ダレルの鼻梁に眼鏡をかけてあげた。
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