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奴隷ではなくなる日_ダレル視点
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ダレル視点
―市民権を買う日。
―奴隷でなくなる朝。
⸻
朝の光は、静かだった。
目を覚ました瞬間、
最初に見えたのは、天井でも、壁でもなく――
机の上に置かれた、眼鏡だった。
ハルが渡してくれたもの。
俺の世界を、初めて“正しく”してくれたもの。
手を伸ばし、眼鏡をかける。
輪郭が、戻る。
色が、意味を持つ。
……今日も、世界は、
――よく見える。
それだけで、胸の奥が、少し温かくなる。
「……」
隣の寝台を見る。
ハルはまだ眠っていた。
規則正しい呼吸。
俺の寝衣の端を、無意識に握る指。
――守る。
――仕える。
――縋る。
そのどれとも違う感情が、
胸の中心に、静かに在った。
俺は、奴隷だった。
それは、変わらない事実だ。
首輪は、昨日まで、確かに俺の首にあった。
だが今は、錆びて外れたまま、
机の引き出しの中にある。
触れない距離に。
それが、
少しだけ、怖かった。
⸻
街へ向かう道中、
人々の視線が、いつもと違っていた。
――俺ではない。
――ハルを、見ている。
畏れでも、軽蔑でもない。
欲と、羨望と、好意。
金品を差し出されるたび、
俺は、胸の奥が、ざわついた。
「……」
理不尽な感情だと、分かっている。
それでも。
――彼が、奪われる側でなく、
――与えられる側であること。
それが、誇らしくもあり、
同時に、少しだけ、怖かった。
役所の前に立ったとき、
ハルは、ほんの少しだけ、深呼吸をした。
「……ダレル」
呼ばれる。
その名前を、
俺は、もう、愛している。
「一緒に……来てほしいところがある」
理由を聞かなくても、分かっていた。
いや――
分かりたく、なかったのかもしれない。
⸻
窓口で、金額が告げられる。
俺の、市民権。
俺の、自由。
数字として示されるそれは、
かつての俺の人生より、
ずっと、軽く見えた。
ハルの手が、少し震えている。
それを見て、
俺は、胸が締め付けられた。
――違う。
――これは、俺のためだけのものじゃない。
彼は、選んでいる。
「……」
書類が差し出される。
名前を書く欄。
俺は、立ち尽くした。
自由は、
与えられるものだと思っていた。
だが、これは――
選ぶものだ。
「……ハル」
声が、低くなる。
「これは……
君の、命令ですか」
彼の言葉は、迷わなかった。
その言葉は、
首輪より、重かった。
俺は、ペンを取る。
指が、震える。
――自由になったら、
――俺は、彼のそばに居られるのか。
そう思って。
それでも。
名前を書く。
ダレル。
インクが、紙に染みる。
魔法陣が、淡く光る。
胸の奥が、
ひどく、軽くなった。
「……これで」
役人の声。
「彼は、市民です」
不要になった、と言われた首輪。
その言葉を、
俺は、噛み締める。
⸻
外に出る。
空が、広い。
眩しくて、
目を細める。
……眼鏡が、曇っていた。
俺は、慌てて拭く。
見えなくなるのが、
怖かった。
「……ダレル」
ハルが呼ぶ。
「後悔……してませんか」
その問いに、
俺は、少しだけ、笑ってしまった。
後悔など、あるはずがない。
ただ。
「……一つだけ」
言葉を選ぶ。
「俺は、もう……
命令に、縛られません」
それは、確認だった。
そして、祈りだった。
彼を見る。
――そばに居たい
心から。
役割ではなく。
義務でもなく。
彼は、少し笑って言った。
俺は、自由になった。
だから、
自分の意思で、ここに立っている。
手を、取る。
逃げない。
縛られない。
ただ、選ぶ。
言葉は、
もう、奴隷の礼ではない。
――愛する人の隣に立つ者の、言葉だ。
首輪は、外れた。
だが、
俺の居場所は、失われなかった。
それどころか。
世界は、
これまでで、一番、はっきりと、
よく見えている。
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