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思い出せない顔 

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「言われてみれば、彼女のような気がするし、でも、違う気がするし……俺はどうしたんだ? どうしてラッテの顔を思い出せないんだろう……」

 フラれたからって、レーニアではないのだから、あれほど寝込むのもおかしな話だった。レーニアなら、俺は天に還ったであろう自信があるくらいショックを受けただろうけど。

「数か月もの間、デートしていたのでしょう? ほら、もう一度よく見てください」

 騎士に促されて、マジマジ何度も女性を見るが首をかしげるばかり。

「それはそうなんだが……なんで、あんなにも彼女の言う通りに動いたのか、今となってはさっぱりわからない……」

 俺は今、騎士たちに案内された小さな小窓から、取り調べを受けているラッテらしき女性を見ていた。本人で間違いないか確認したいのだが、いかんせん、会っていた時の彼女の顔すらはっきりわからない。

「やはりそうですか」

 首をかしげていると、騎士が長い溜息をついた。

「どういう事ですか?」

「それが、あの女。本名はアフォガーテというのですが、この国の没落した男爵の令嬢という事が判明しました。幼い頃、親戚に乗っ取られたらしい。否応なしに平民に落とされ、辛い幼少期を送っていたようです。両親は、あまりの境遇に世を儚んだそうで……。善良な一般市民の夫婦が彼女を引き取ったのですが、預けられた先の平民の父親から詐欺の手口を学んでいたという事も分かった次第です」


 俺は、彼女に騙されていたとはいえ、その境遇を気の毒に思った。小さな頃から当たり前のように詐欺を教え込まれたのだ。彼女だって好きで詐欺師になったわけではないのだろうから。

「では男爵令嬢というのは本当だったのですね」

「そういう事になります。名乗っていた家名はともかく、彼女の生家は、没落したといっても爵位自体は残っております。あと、別問題にはなりますが、彼女自身は貴族に間違いございません。ただ、貴方がた以外にも、同様の手口で引っ掛かった彼女の被害者は多数いるのです。ですが、その誰しもが、彼女がその本人だったかわからないと言うのです」

「では、どうなるのでしょうか?」

「肝心の被害者たちの、加害者であるという確証が得られない場合、状況証拠だけで動く事になりますが問題はあまりないかと」

 俺は、何度も騎士に確認を求められるが、あいまいで嘘の証言など以ての外だ。やはり、どう思い返してもわからない、とだけ答えて帰宅した。レーニアが俺を心配して待っていてくれていたのが嬉しく思う。

「お帰りなさい、テーノ。どうだった? ラッテさんだった?」

「それが……」

 俺は、狐に化かされたかのような、奇妙すぎる先ほどのやり取りをレーニアに伝えた。

「うーん。ねえ、それって顔そのものがわからないのではなくて、顔はなんとなく覚えているんだけど、どうにもぴったり当てはまらないような感じかしら?」

「あ、言われてみればそうだな。なんとなく、こんな感じの女の子だっていう事はぼんやりわかるんだ。ただ、なんというか、あやふやで……あれ? 本当にこんな子だったかなーって感じだ」

「なるほど……ええと、その疑問に心あたりがひとつあるわ。うーん、百聞は一見にしかずね」

 そう言うと、レーニアはメイドのひとりを椅子に座らせて、急遽準備したメイク道具で彼女をメイクしだした。

「さあ、できたわ。どう?」

「嘘だろう? 別人みたいだ……」

 なんと、ヘアスタイルとメイクを少しいじっただけで、俺には違うメイドと交代したのかと思うほど、印象もなにもかも違う。

「ラッテさんも、おそらくは毎日どこかを変えつつ、あまりにも違い過ぎないように、印象や姿形を記憶させないようにセットアップしていたのだと思うの。例えば、ほくろとか、キズとか眼鏡なんかは、それを利用すると、そこに視点が行きやすいから全体の顔のパーツが覚えにくいらしいわ」

 メイドさえも、かわいい系の自分が、知的なデキる才女に変貌した自分を見てびっくりしていた。

「さて、元に戻しましょうか」

「い、いえ。あの、レーニア様。もしよろしければこのままの姿で一日過ごしたいのですが……」

「そう? 確かに、今のあなたも素敵だと思うわ。いつもはキュートなイメージだけれど、あなたが良かったらどうぞ」

 どちらかというと冷静沈着なメイドがいつになくはしゃいで、メイクのコツを教えて欲しいとレーニアに頼んでいた。すでに我が家に慣れ親しんでいるレーニアを慕う使用人たちは多い。

 彼女の父親に許可を得てから、もう一度ラッテが収容されている騎士の詰め所に向かった。

「その可能性は我々も考え、女性騎士にも協力を得て色々試したのですが……」

「違うのですか? ……考えたくはありませんが、やはり、薬物を使用していたとかでしょうか?」

 レーニアと俺は、この事件に関して当事者であるという立場だけでなくある程度の介入を宰相閣下のお声がかりで許可されている。どうやら、ラッテは、レーニアの考えだけでなく、催淫効果のある花を利用していたようだ。

「仰る通りです。被害者全員、彼女から会ってすぐにクッキーなど貰って食べていました。それに混入されていたようです。といっても、調合も適当で微量な上、その辺のどこにでも生えている植物ですから違法ではありません。多少酔う程度で、会っている間はしっかりしているけれど、あとになると、彼女と出会う少し前の時間からの記憶があやふやになる程度です。いわゆる酔っぱらったような状態と考えていただければ」

「なるほど。薬物による精神向上と、逆行性健忘の作用を利用したのね……でも、宝石やドレスを購入した店員たちからは、彼女がこの人と一緒に来ていたという証言がとれているのですよね?」

「はい。この際、被害者本人からの証言がなくとも、そのあたりはもう大丈夫かと。ただ、裏付けを行っていくうちに様々な事が明るみになっていって時間がかかっています……。それと、共犯と目される男なんですが、先ほど報告がありまして。その、エスプレッツと名乗る男は、何者かによって殺害されていたのです。所持品は全てなく、抵抗の後もない。地についていた足跡から、おそらくこれは集団詐欺グループによる仲間割れかと……」

「なんだって?」
「なんですって?」

 俺たちは、騎士の言葉に絶句した。余談ではあるが、後に真相を知った店の社長は、男の死と犯罪グループの一員だった事実に驚愕した。だが、それ以上に、店の名誉とドレス一式の行方が分からなくなってしまった事のほうが気になるみたいだった。

「では、ふたりを利用した本当の黒幕は一体……」

 俺とレーニアは、お互いに顔を見合わせた。
 騎士からエスプレッツの死を聞いたのだろう。取調室で俯いて泣いているラッテを見て、何とも言えない気持ちになったのであった。

 後味の悪い思いを抱えたまま、俺たちはそのまま帰路につく気になれず、近くの商店街に向かった。

「レーニア、ちょっと来て」

「テーノ、どうしたの?」

 ふと視界に入った、とある雑貨が並ぶ露店。そこに、タンポポの花をかたどった髪飾りがあるのを見つけたのだ。

「わあ、タンポポ……。懐かしいわね。小さな頃は、わたくしが泣くたびに渡してくれたのよね」

「その辺のやつをぶちって引っこ抜いただけだけどな。その、今は生憎ほとんど無一文だから、これしかレーニアに贈る事が出来ないんだけど……」

「え?」

 俺は、その髪飾りを買い、レーニアの滑らかな柔らかい髪の耳の上に、パチンと止めた。

「あ、あれ? なんか角度とかが違うのか? ちょっとごめん。うまくつけれない……」

「え? え? 一体どうなってるの? もう、テーノったら。ふふふ」

 不器用な俺では、レーニアにスマートに髪飾りをつけることができなかった。露店の店主が鏡を貸してくれたので、結局レーニアが自分でとめなおした。

 ブルーグレーのなだらかにカーブを描く髪に、鮮やかな黄色が映える。

「ふふふ、似合う?」

「ああ。ああ、とても。とっても綺麗だよ」

「やだ、テーノったら……ふふ、ありがとう。嬉しい」

「そのうち、きちんとした宝石でプレゼントするから。今はこれで勘弁して」

「んー……似合うかな? ほんとに? ふふ。とってもかわいいわ。造りもしっかりしていて。このお店の品物はとてもいいものばかりよ! それにね、どんなものだって、わたくしにとっては宝物だわ! だって、テーノがくれた物だから」

 露店の店主も嬉しそうに、にかっと笑って俺たちをお似合いのカップルだと囃し立てて来る。俺もレーニアも、その言葉を以前なら否定しただろう。
 だけど、今は、俺とレーニアはそんな冷やかしに照れるばかり。

 夕暮れ刻の町の中、タンポポの髪飾りに指を添わせて、鏡の中の自分を何度も見ては、嬉しそうに微笑む彼女の横顔に魅入られるように、見つめ続けたのだった。








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