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5 黒文字の木
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精霊たちに連れられて、後ろなど振り向く暇もなかった。といっても、一瞬ではるか後方になった、私の墓場など、振り返ろうとは思わなかったけれど。
「ナー♪」
「ピー♪」
自分の部屋から出て、一度光になって走り出すと、ナナと雷の精霊はとても元気よく高らかに歌う。目の前に広がる、果てしない青空と限りない地平線のかなたには、私の生きる場所があるのかと思うと、胸がはちきれそうにドキドキした。
やがて、精霊たちの力が弱まり、地上に降り立つ。そこは、なんとなく寂しい場所だった。ちらほら、屋根や、窓やドアのない小さな家だけがあり、誰も住んでなさそうな、忘れ去られた土地のようだ。建造物は、本で見た半世紀以上昔の様式で作られており、ここが、人口減少によって長年国からも見放された場所だということがわかる。
「ここは、国境付近?」
ぽつりとつぶやく。
家の他に、たくさんの農作物が収納されていただろう倉庫やサイレージの跡も見える。ナナの導きでここまで来たのだし、おそらくは、光の国との境目だろう。
「ナー!」
ナナが、私の顔の前で、全身で光の国を指し示す。雷の精霊も、目を><のような形にして、尻尾の先をナナと同じ方向に向けている。
「あれは……!」
ここから遠く離れた場所に、小さな集団が見えた。土煙を上げて馬を走らせている。その集団の少し上に、本で見たことのあるヘンアツ国の国旗が掲げられており、ネオン様の言っていた迎えだということがわかった。
「公女様ー! どちらにおられますか? 聞こえたら、どうかお返事を!」
「ナナ様、ネオン様の命により、カキョウ公女様をお迎えに参りました。どうか、我らをお導きください」
風に乗って、たくさんの人の声が耳に届く。思った通り、光の国の騎士団だった。
私は、力いっぱい腕を挙げて、手を振った。
「私はここです!……ダメだわ。気づいてもらえない。どうしたら……」
だけど、私一人の声では届かない。何か、ここに自分たちがいることを知らせる方法がないか考えていると、文字のような黒い斑点のある木を見つけた。
「これは、黒文字の木だわ。そうだ、これで……!」
私は、黒文字の木の葉を一枚手に取り、両手の指で中央よりやや上をしっかり持つ。つるつるのほうを唇に当てて、上唇で上のほうを軽く食んで息を吹きかけた。
ピー!
やった。久しぶりだけど、ちゃんと音を出せた。
草笛の音が鳴っても、彼らの周囲には装備や馬のひづめの音が鳴っているからか、まだ聞こえないみたい。
私は、まだ自分が完全に絶縁の恥さらし公女となる日までの、雷魔法を試されていた期間に、大人が戯れで教えて貰った音楽を奏でた。うまく、葉っぱの振動がめちゃくちゃで、音をしっかり作れないけれど、かまわなかった。
あの頃はまだ、私はかわいがってもらえていたと思う。特に、草笛を教えてくれたおじいちゃんには、父や母とは違って、頭を撫でてもらえたりしたことがあった。あのおじいちゃんは、いつの間にか私の前から消えてしまったけれど、今頃はどこで何をしているのだろう。
やわらかな笑顔、目じりにしわの刻まれた優しい眼差しを思い出して、この国の誰もが知る童歌を拭く。すると、そのメロディを、ちょうど背後から吹いた風が運んでくれた。
ひとつ、ふたつと、馬とそれに乗った人の頭の位置が変わる。私は、もっと気づけとばかりに、短い旋律を何度も繰り返したのだった。
騎士たちに無事に保護されたあと、私は丁重にヘンアツ国に連れて行って貰えた。これまでとは打って変わった、レディ扱いに戸惑いつつも、騎士たちが嫌々義務感だけでしていないことがわかったので、彼らの厚意を素直に受けた。
ネオン様やヘンアツ国の両陛下とも対談し、このままそこで引き取るから、これからは公女ではなく、ヘンアツ国の姫として過ごさないかと言われた。
嬉しかった。姪といとこであっても、血の繋がりを大切にして、しかも私個人を守ってくれようとしてくれる彼らの気持ちが、とても有難くて。そのまま、彼らの子供となって、ネオン様の妹になれたら、どれほど幸せだろう。
でも、大々的に、私を匿ったことを公国に知られたら、流石に困るのではないか。
私は、自分の気持ちを素直に打ち明け、どこかでひっそり身分を隠して過ごせる場所はないかとたずねた。
最初は反対されたけれど、私の意思が固いので根負けしたネオン様の伝手で、炎の国の王立学園に勤めることになったのである。
私の、いわば絶縁体としての特異体質は、ちょっとやそっとじゃ感電しないしやけどもしない。特別な装具もなにもいらないのだ。雷の魔法や電気設備の管理を苦手とする炎の国の学園で、その特性を気に入られ、そこで働くことを許されたのだった。
それから3年。もうすぐ22歳になるある日、学園のメイン講堂の中央のシャンデリアを修繕していると、その下でとある男子生徒が、複数人の男女に囲まれているところに偶然居合わせたのである。
「あちゃー、いじめ現場か。若いねえ。でも、いじめは良くないわ。って、えー? いきなりボコボコにしちゃう?」
私は、慌ててシャンデリアから地上に降りた。3メートルくらいあるけれど、あの日から私と契約してお友達になった雷の精霊と、この学園に来てから知り合った炎の精霊の力のおかげで、羽のようにゆっくりと。と言えれば良かったんだけどね!
「ピピー!」
「ボボッ!」
「きゃーーーー! そこの子たち、どいてえええええええ!」
いかんせん、雷の精霊と炎の精霊はクセが強い。ピピはいたずら好き、お祭り騒ぎ好きだし、ボボは怒りんぼのツンデレさん。
面白がったふたりに、マッハとは言わないけれど、ボコボコに殴っているコたちの中心に、ズドンっと床が重く大きな音がするくらいの勢いで落とされたのだった。
「ナー♪」
「ピー♪」
自分の部屋から出て、一度光になって走り出すと、ナナと雷の精霊はとても元気よく高らかに歌う。目の前に広がる、果てしない青空と限りない地平線のかなたには、私の生きる場所があるのかと思うと、胸がはちきれそうにドキドキした。
やがて、精霊たちの力が弱まり、地上に降り立つ。そこは、なんとなく寂しい場所だった。ちらほら、屋根や、窓やドアのない小さな家だけがあり、誰も住んでなさそうな、忘れ去られた土地のようだ。建造物は、本で見た半世紀以上昔の様式で作られており、ここが、人口減少によって長年国からも見放された場所だということがわかる。
「ここは、国境付近?」
ぽつりとつぶやく。
家の他に、たくさんの農作物が収納されていただろう倉庫やサイレージの跡も見える。ナナの導きでここまで来たのだし、おそらくは、光の国との境目だろう。
「ナー!」
ナナが、私の顔の前で、全身で光の国を指し示す。雷の精霊も、目を><のような形にして、尻尾の先をナナと同じ方向に向けている。
「あれは……!」
ここから遠く離れた場所に、小さな集団が見えた。土煙を上げて馬を走らせている。その集団の少し上に、本で見たことのあるヘンアツ国の国旗が掲げられており、ネオン様の言っていた迎えだということがわかった。
「公女様ー! どちらにおられますか? 聞こえたら、どうかお返事を!」
「ナナ様、ネオン様の命により、カキョウ公女様をお迎えに参りました。どうか、我らをお導きください」
風に乗って、たくさんの人の声が耳に届く。思った通り、光の国の騎士団だった。
私は、力いっぱい腕を挙げて、手を振った。
「私はここです!……ダメだわ。気づいてもらえない。どうしたら……」
だけど、私一人の声では届かない。何か、ここに自分たちがいることを知らせる方法がないか考えていると、文字のような黒い斑点のある木を見つけた。
「これは、黒文字の木だわ。そうだ、これで……!」
私は、黒文字の木の葉を一枚手に取り、両手の指で中央よりやや上をしっかり持つ。つるつるのほうを唇に当てて、上唇で上のほうを軽く食んで息を吹きかけた。
ピー!
やった。久しぶりだけど、ちゃんと音を出せた。
草笛の音が鳴っても、彼らの周囲には装備や馬のひづめの音が鳴っているからか、まだ聞こえないみたい。
私は、まだ自分が完全に絶縁の恥さらし公女となる日までの、雷魔法を試されていた期間に、大人が戯れで教えて貰った音楽を奏でた。うまく、葉っぱの振動がめちゃくちゃで、音をしっかり作れないけれど、かまわなかった。
あの頃はまだ、私はかわいがってもらえていたと思う。特に、草笛を教えてくれたおじいちゃんには、父や母とは違って、頭を撫でてもらえたりしたことがあった。あのおじいちゃんは、いつの間にか私の前から消えてしまったけれど、今頃はどこで何をしているのだろう。
やわらかな笑顔、目じりにしわの刻まれた優しい眼差しを思い出して、この国の誰もが知る童歌を拭く。すると、そのメロディを、ちょうど背後から吹いた風が運んでくれた。
ひとつ、ふたつと、馬とそれに乗った人の頭の位置が変わる。私は、もっと気づけとばかりに、短い旋律を何度も繰り返したのだった。
騎士たちに無事に保護されたあと、私は丁重にヘンアツ国に連れて行って貰えた。これまでとは打って変わった、レディ扱いに戸惑いつつも、騎士たちが嫌々義務感だけでしていないことがわかったので、彼らの厚意を素直に受けた。
ネオン様やヘンアツ国の両陛下とも対談し、このままそこで引き取るから、これからは公女ではなく、ヘンアツ国の姫として過ごさないかと言われた。
嬉しかった。姪といとこであっても、血の繋がりを大切にして、しかも私個人を守ってくれようとしてくれる彼らの気持ちが、とても有難くて。そのまま、彼らの子供となって、ネオン様の妹になれたら、どれほど幸せだろう。
でも、大々的に、私を匿ったことを公国に知られたら、流石に困るのではないか。
私は、自分の気持ちを素直に打ち明け、どこかでひっそり身分を隠して過ごせる場所はないかとたずねた。
最初は反対されたけれど、私の意思が固いので根負けしたネオン様の伝手で、炎の国の王立学園に勤めることになったのである。
私の、いわば絶縁体としての特異体質は、ちょっとやそっとじゃ感電しないしやけどもしない。特別な装具もなにもいらないのだ。雷の魔法や電気設備の管理を苦手とする炎の国の学園で、その特性を気に入られ、そこで働くことを許されたのだった。
それから3年。もうすぐ22歳になるある日、学園のメイン講堂の中央のシャンデリアを修繕していると、その下でとある男子生徒が、複数人の男女に囲まれているところに偶然居合わせたのである。
「あちゃー、いじめ現場か。若いねえ。でも、いじめは良くないわ。って、えー? いきなりボコボコにしちゃう?」
私は、慌ててシャンデリアから地上に降りた。3メートルくらいあるけれど、あの日から私と契約してお友達になった雷の精霊と、この学園に来てから知り合った炎の精霊の力のおかげで、羽のようにゆっくりと。と言えれば良かったんだけどね!
「ピピー!」
「ボボッ!」
「きゃーーーー! そこの子たち、どいてえええええええ!」
いかんせん、雷の精霊と炎の精霊はクセが強い。ピピはいたずら好き、お祭り騒ぎ好きだし、ボボは怒りんぼのツンデレさん。
面白がったふたりに、マッハとは言わないけれど、ボコボコに殴っているコたちの中心に、ズドンっと床が重く大きな音がするくらいの勢いで落とされたのだった。
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