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9 決して覗きではないから。決して!
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僕の母は、この国の王の側室だ。といっても、末席の10位。
この国の王は、次代の強い王を育てるべく、正妃のほかに、側室を最低でも15人迎える。父は少ない方で、10人ほど側室がいた。
母の実家は、この国の宰相を務める侯爵だ。だから、病弱なのに3位にいた。なぜ、男爵家の側室よりも下の末席になったのかというと、僕を産んだから。
僕を出産するまでは3位だったみたいだけど、産まれてすぐに、僕が炎とは真逆の氷の魔法を使ったことで、母の不貞が疑われた。
母の家系には、いくらたどっても氷の国の出身の者はいない。ただ、宰相をしている父の当時の動きと、僕の髪の色が、王族特有の赤に似た錆色で瞳がアンバーだったから、特異体質だろうということになった。
だからといって、人の口に戸は立てられない。父も、母が不貞をしていないと信じて、3位のままで良いと言ってくれた。けれど周囲の口さがない言葉や、他の側室からの嫌がらせに疲れた母が、自ら末席を希望したのだ。
母がそうしたことで、やはり不貞をしていたのだと、敵対派閥が口うるさく言い続けているが、母は、目立った争いに巻き込まれない平和な今が気に入ったようだ。心も体も穏やかに過ごせるようになり、時折やってくる父とも、静かな愛情を感じて幸せそうにしていた。
そういった経緯もあり、僕の王位継承権はほぼないことになった。僕としても、そっと静かに母と暮らせるのならそれで良かった。
だけど、同い年の、正妃の産んだキャブタが僕をほっといてくれなかった。事あるごとにつっかかられ、さっきも大勢で僕を囲まれたのだ。
その理由は、いたって単純。
キャブタやその側近たちが、そろいもそろって平民出身のジュシ・CD・カトウを気に入っているから。
もともと、彼女の世話係を、平民だからと断ったのは、彼らだった。僕は、誰もしたがらない彼女の世話を押し付けられてしまった形なのに、彼女と仲が良いというだけで、ターゲットになってしまう。
彼女とは、単なるクラスメイトであり、言われた通りに彼女を周囲の悪意から守り勉強などを教えているだけだ。それに、いくら気に入ったからといって、正妃の子であるキャブタが、彼女と結婚するとかありえない。
なんにせよ、僕とは関係がないから、僕じゃなくて学園長や正妃に彼女の世話係を変えて欲しいと頼めばいいだけなのに、それはできないみたいだ。もしかしたら、頼んでいるけれど、許可されないだけかも。わからないけどね。
とにかく、学園でのそういったいざこざを、母の耳には絶対に入れたくなかった。僕がキャブタにいじめられていると聞けば、病弱の母は今度こそ気落ちしてどうなるのかわからないから。
だから、彼女の世話係が交代されるか卒業するまでは、じっと息をひそめて我慢し続けようと思っていた。
殴られるのは、少しは痛いし屈辱的でとても悲しい。でも、10分もすれば殴り疲れてどこかにいくから耐えていた。
でも、今日は違った。
皆、正妃の子であるキャブタが、僕をいじめていることを知っていて素知らぬ顔をしているのに、彼女だけは僕を助けてくれた。
黒いおさげ髪の、とても素敵で可憐な人だった。電設で働いているというからには年上だろうけど、それがなんだっていうんだ。声を聞く限り、年が離れていてもせいぜい8歳くらいだろう。
僕よりも小さくて華奢なのに、3メートル上空から、危険を顧みずに体を張ってキャブタたちを止めてくれた。
嬉しかった。でも、それと同時に、このことが大事になって母の耳に入るのだけは嫌だと思った。
それに、ただいじめられ続けている僕を、彼女に見られたくなかった。情けなさと恥ずかしさのあまり、忘れるように頼んで出て行ったんだけど、彼女のことが気になってすぐに戻った。
彼女から見えないように、大きな彫刻の陰から、こっそりと様子を伺う。決して覗きではないから。決して!
僕はただ、えーと、そう。さっきの転落事故で、彼女が怪我を我慢しているかどうか、それを確かめるために、ここにいるんだ。決して、邪な覗き行為ではない。うん。
細い腰には、大きな工具入れや重そうな工具をたくさんぶら下げている。僕には、その工具がプラスマイナスのドライバーくらいしかわからないけど、電設の専門家である彼女にはとても重要なものなのだろう。
「あれは、精霊?」
彼女が残りの仕事と片づけを終えると、ふたつの小さな丸っこいものが出てきた。一体は黄色で、もう一体は赤色。可愛らしい彼女の側で、何やら楽しそうに、「ピ」とか「ボ」とか言っている。
「あ、こっちに来る」
見つかったらヤバイ。僕は咄嗟に彫刻の更に陰に隠れた。幸い、見つからなかったみたいで、彼女は精霊たちと一緒に去って行った。ほっと胸をなでおろすが、それが、少し悲しいような、残念なような気がする。
僕は彫刻の陰から、彼女との運命の出会いを果たした場所まで移動した。
「かっこよかったな……僕のために……あんな高いところから。ん? あれは……」
床に、小さなキャップのようなものを発見した。恐らくは、彼女の持ち物だろう。僕はそれをさっと拾って、丁寧に胸ポケットに入れた。
「困ってるだろうな。そうだ、これを返さなきゃ」
小さなそれは、僕と彼女をつなぐ、大切なメモリアル。僕だけのために地上に舞い降りてくれたおさげの天使に、また会えると思うと、胸がドキドキして弾む。
キャップだけを持っていくには、手持ち無沙汰だろう。手土産は何がいいかな? 花束? お菓子?
女の子、いや、かわいい女性が喜ぶものってなんだろうか。さっぱり見当がつかない。
「僕は、ただ、これを返して、助けたお礼をするだけだから」
そう呟きながら、おさげの天使が喜ぶものを早く買いに行くことだけを考えて部屋に戻った。
この国の王は、次代の強い王を育てるべく、正妃のほかに、側室を最低でも15人迎える。父は少ない方で、10人ほど側室がいた。
母の実家は、この国の宰相を務める侯爵だ。だから、病弱なのに3位にいた。なぜ、男爵家の側室よりも下の末席になったのかというと、僕を産んだから。
僕を出産するまでは3位だったみたいだけど、産まれてすぐに、僕が炎とは真逆の氷の魔法を使ったことで、母の不貞が疑われた。
母の家系には、いくらたどっても氷の国の出身の者はいない。ただ、宰相をしている父の当時の動きと、僕の髪の色が、王族特有の赤に似た錆色で瞳がアンバーだったから、特異体質だろうということになった。
だからといって、人の口に戸は立てられない。父も、母が不貞をしていないと信じて、3位のままで良いと言ってくれた。けれど周囲の口さがない言葉や、他の側室からの嫌がらせに疲れた母が、自ら末席を希望したのだ。
母がそうしたことで、やはり不貞をしていたのだと、敵対派閥が口うるさく言い続けているが、母は、目立った争いに巻き込まれない平和な今が気に入ったようだ。心も体も穏やかに過ごせるようになり、時折やってくる父とも、静かな愛情を感じて幸せそうにしていた。
そういった経緯もあり、僕の王位継承権はほぼないことになった。僕としても、そっと静かに母と暮らせるのならそれで良かった。
だけど、同い年の、正妃の産んだキャブタが僕をほっといてくれなかった。事あるごとにつっかかられ、さっきも大勢で僕を囲まれたのだ。
その理由は、いたって単純。
キャブタやその側近たちが、そろいもそろって平民出身のジュシ・CD・カトウを気に入っているから。
もともと、彼女の世話係を、平民だからと断ったのは、彼らだった。僕は、誰もしたがらない彼女の世話を押し付けられてしまった形なのに、彼女と仲が良いというだけで、ターゲットになってしまう。
彼女とは、単なるクラスメイトであり、言われた通りに彼女を周囲の悪意から守り勉強などを教えているだけだ。それに、いくら気に入ったからといって、正妃の子であるキャブタが、彼女と結婚するとかありえない。
なんにせよ、僕とは関係がないから、僕じゃなくて学園長や正妃に彼女の世話係を変えて欲しいと頼めばいいだけなのに、それはできないみたいだ。もしかしたら、頼んでいるけれど、許可されないだけかも。わからないけどね。
とにかく、学園でのそういったいざこざを、母の耳には絶対に入れたくなかった。僕がキャブタにいじめられていると聞けば、病弱の母は今度こそ気落ちしてどうなるのかわからないから。
だから、彼女の世話係が交代されるか卒業するまでは、じっと息をひそめて我慢し続けようと思っていた。
殴られるのは、少しは痛いし屈辱的でとても悲しい。でも、10分もすれば殴り疲れてどこかにいくから耐えていた。
でも、今日は違った。
皆、正妃の子であるキャブタが、僕をいじめていることを知っていて素知らぬ顔をしているのに、彼女だけは僕を助けてくれた。
黒いおさげ髪の、とても素敵で可憐な人だった。電設で働いているというからには年上だろうけど、それがなんだっていうんだ。声を聞く限り、年が離れていてもせいぜい8歳くらいだろう。
僕よりも小さくて華奢なのに、3メートル上空から、危険を顧みずに体を張ってキャブタたちを止めてくれた。
嬉しかった。でも、それと同時に、このことが大事になって母の耳に入るのだけは嫌だと思った。
それに、ただいじめられ続けている僕を、彼女に見られたくなかった。情けなさと恥ずかしさのあまり、忘れるように頼んで出て行ったんだけど、彼女のことが気になってすぐに戻った。
彼女から見えないように、大きな彫刻の陰から、こっそりと様子を伺う。決して覗きではないから。決して!
僕はただ、えーと、そう。さっきの転落事故で、彼女が怪我を我慢しているかどうか、それを確かめるために、ここにいるんだ。決して、邪な覗き行為ではない。うん。
細い腰には、大きな工具入れや重そうな工具をたくさんぶら下げている。僕には、その工具がプラスマイナスのドライバーくらいしかわからないけど、電設の専門家である彼女にはとても重要なものなのだろう。
「あれは、精霊?」
彼女が残りの仕事と片づけを終えると、ふたつの小さな丸っこいものが出てきた。一体は黄色で、もう一体は赤色。可愛らしい彼女の側で、何やら楽しそうに、「ピ」とか「ボ」とか言っている。
「あ、こっちに来る」
見つかったらヤバイ。僕は咄嗟に彫刻の更に陰に隠れた。幸い、見つからなかったみたいで、彼女は精霊たちと一緒に去って行った。ほっと胸をなでおろすが、それが、少し悲しいような、残念なような気がする。
僕は彫刻の陰から、彼女との運命の出会いを果たした場所まで移動した。
「かっこよかったな……僕のために……あんな高いところから。ん? あれは……」
床に、小さなキャップのようなものを発見した。恐らくは、彼女の持ち物だろう。僕はそれをさっと拾って、丁寧に胸ポケットに入れた。
「困ってるだろうな。そうだ、これを返さなきゃ」
小さなそれは、僕と彼女をつなぐ、大切なメモリアル。僕だけのために地上に舞い降りてくれたおさげの天使に、また会えると思うと、胸がドキドキして弾む。
キャップだけを持っていくには、手持ち無沙汰だろう。手土産は何がいいかな? 花束? お菓子?
女の子、いや、かわいい女性が喜ぶものってなんだろうか。さっぱり見当がつかない。
「僕は、ただ、これを返して、助けたお礼をするだけだから」
そう呟きながら、おさげの天使が喜ぶものを早く買いに行くことだけを考えて部屋に戻った。
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