【完結・R18】迷子になったあげく、いかがわしい場面に遭遇したら恋人が出来ました

にじくす まさしよ

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桜は儚く散るだけなのでしょうか①

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おしおき?(タグお読みください)編もボチボチスタートです。



※※※※


「あの……マロウ様からあのお話を聞いたので、義父に伝えたんです。もう、こうなったら全部お話しますわ」



 義父に、マロウ様から聞いたゼニアオイ家の困窮しそうな話と、婚約解消を申し出されたために承諾した事を報告した。

『何を言い出すんだ、チェリー! はあ、お前は黙ってゼニアオイ侯爵夫人になるんだ。そうすれば、生涯市井にいる時のように、その日食べるものも困るような生活になる心配がないのだぞ。全く、いつから私にそのような生意気な事を言うようになったのだ』

『……申し訳ございません。ですが、ゼニアオイ侯爵の内情が危ういと聞き……』

『そんなはずは……。多少の不景気があろうとも、あの家が傾くなどありえない。万が一そうなっても、いよいよとなれば離縁して戻ってくれば良いだけだ。マロウ殿には誠心誠意頭を下げて、婚約解消には納得しないと伝えるんだ。いいな?』

『……承知いたしました……。いらぬ浅はかな考えをしたのですね。このまま私が嫁げば、この家や義父様が困るかと焦ったのです。あの、お許しください……』

『うむうむ。チェリー、お前が心配する気持ちは嬉しい。分かれば良いから、今日はもう休んで明日からもしっかりマロウ殿と仲を深めるのだぞ』

 義父から、私とマロウ様の婚約状態を喜んで解消するどころか、より一層夫婦として相応しい仲になるように言われる。どうして、そこまでしてゼニアオイ侯爵家に拘るのか、その一部かもしれないけれど理由は知っていた。だから、経済的にゼニアオイ侯爵家がヤバいと知れば、解消になるって喜んで報告したのに、当てが外れてしまう。

 母から、後妻になり裕福な生活を送る事が出来るようになったのは全て義父のお陰だと散々聞かされた。
 故郷にいる、祖母の病の高価な治療薬も、手厚い看護の行き届いた病院に入院できるのも、義父が手配してくれた。ご恩を返すためにも義父の言う通り、全く好みのタイプではないけれど、婚約した当初は、誠実そうな彼と結婚して頑張ろうと思っていた。

 どうして、母を後妻にしたのかはよくわからない。ただ、母が勤めている先で見初められたとしか聞いておらず、母が義父に捨てられでもすれば、もとの貧乏な生活にまっしぐらだ。

 私の知っている貴族の数名は、平民は気まぐれに愛人にしたり、捨てたりを繰り返していたから、そんな心無い事をしそうにないように見える伯爵だって、どうなるかわからないもの。

 そうなったら折角元気になった祖母はどうなるのか。私も母も、ここを追い出されてもやっていけるだろうけど、祖母だけは最後まで元気にいて欲しい。

 だから、伯爵の機嫌を損ねないように必死だった。

 幸い、マロウ様は、面白みは欠けるがとても真面目で、こんな貴族もいるのかびっくりしたほど外見とは違って優しい人だった。


 ある日、義父が私をゼニアオイ侯爵の家に嫁がせた後、その家の所有する宝石が採取できる土地を違法スレスレの方法で手に入れようとしている事がわかった。


 義父には逆らう勇気がでない。かといって、このままだととんでもない事が起こるような嫌な予感がして恐ろしくて、こんな事、母にも言えなかった。胸が毎日ざわざわして心なしか胃の辺りも痛んだ。

 無理やり入れさせられた貴族の学園も性に合わず、近寄って来る子たちを適当にあしらいながら、ほとんどひとりで過ごしていた。

 ただ、婚約者だからって、マロウ様が私に会いに来てくれるのは本当に困った。

 彼が酷い貴族なら、義父の思惑通りに土地とかを奪われてもいいやって思うけれど、どんなに私が無礼な事をしても怒ったりしない彼だから、私みたいな平民と結婚した後、財産を奪われてしまうなんて事は阻止しないといけないと思った。

 いっそ、義父の思惑を彼に伝えて協力を仰ごうとも考えたけれど、彼に打ち明ける事で、私には考えもつかない事態になったらどうしようと思って誰にも言えなくて泣きたくなった。

 とにかく、彼とはあまり仲良くなってはいけないと感じて、彼が来てくれる時間は逃げていた。
 
 学園は広いけれど人がいっぱいいて、隠れる場所はあまりない。結局、貴族の子がほとんど来ない、旧校舎の寂れた図書室で時間をつぶしていた。その時にファーレに出会った。

 最初はお互いにいない者、空気として離れた机に座っていた。それが、徐々に挨拶を交わすようになり、気安い雑談から相談までする仲に変化していったのである。

 ファーレは、貴族の子には言えないような事も、ほとんど平民である私には肩の力を抜いて笑っておしゃべりできて楽しそうだった。

『まあ、カタツムリを? 王子様なのに?』

『変だろう? 小さな頃から、かわいく思えてね。知ってるかい? 雨の時期以外でも、あいつらは活動しているんだ。俺が飼っている数匹は数年生きているんだよ。一番大きいのが5年生きてて、頭が出てくる部分の殻の反り返りがとても大きくて立派なんだよ』

『へぇ~。私、カタツムリは雨の多い時期だけだと思ってた』

『あ、ごめん。女の子はこういう話し嫌いだよね?』

『どうして? あ、そっか。貴族のご令嬢は怖がりそうね』

『そうなんだよ。ローズは見るのは平気そうだけど、触れないみたいだ。小さい頃に手のひらに乗せたら悲鳴をあげてさ。思い切りひっぱたかれた』

『え、あのローズ様が叩いちゃったの? 嘘みたい。ふふふ。でも、確かに、男の子でもぬめぬめ感を嫌がる子がいるもんねえ。可愛いと思うよ? そうだ、このあいだアジサイが見事な一角が裏庭に見つけたんだけど、そこにいっぱいいるかも。案内してあげる』

『ありがとう! まさか、この学園でカタツムリが可愛いっていう女の子と知り合えるなんて思わなかったよ』

『ふふふ、私もカタツムリ好きの王子様がいるなんてびっくり』

 
 ご兄弟からデンデンって言われて可愛がられていると聞いた事がある。どう見ても、見本のようなTHE王子様で、カタツムリには似ても似つかないのに、どうしてそんな風に言われているのかと思ったら、一番上の王太子殿下である彼の兄が、ファーレの名前の語呂だけでなく、彼が趣味でカタツムリを集めている事からつけたニックネームらしい。

 カタツムリ収集なんて、子供のころならともかく、大きくなったらやめろとしか言われた事がないみたいで、王子様なんてそんな小さな趣味すら出来ないのかと、つまらないし気の毒だと思った。

 いくらカタツムリが好きでも、デンデンと呼ばれるのは嫌だってぽろっと私に漏らした時、なんだか、彼がかわいいなあって思ってしまった。この時には、もう彼を好きになってしまっていたのだと思う。

 私にはマロウ様がいるし、ファーレにはローズ様がいる。だから、最初は本当に、私たちはなんでも話せる友達感覚だった。

 ローズ様は、この間まで平民で貴族のマナーのマの字も知らずに、失礼な言動ばっかりしてしまう私にも優しい人だ。女性なのに憧れてしまうほど素敵な人だから、ファーレに抱いてしまった気持ちは、絶対に知られないようにして過ごし、いつかその思いが消えて無くなる日を待った。

 だけど、生まれたての小さなその火は、消えるどころかどんどん大きくなる。

 ファーレの事を考えなくなるほど忙しい日々を送ろうと思い、別の男の子を好きになれたらいいなんて馬鹿な事まで考えた。

 毎日色んな子と会話して遊んだ。ただ、貴族の中だと、それはすんごい悪女のような行動だと認識されたのには、かなりびっくりしたし、見知らぬ女の子が泣きながら婚約者の男の子に思わせぶりに近づいて、彼を取ろうとしないでと訴えられた時は、申し訳なくてたまらなかった。

 それ以降は、特定の女の子がいる男の子とは、話したりすることをやめた。

 そうやって、マロウ様だけでなく、ファーレからも逃げて過ごしていたのに、フリーの男の子が下心丸出しで近づいて来てトラブルになったりした時に限って、ファーレが偶然見かけて助けてくれるものだから、ますます好きになる気持ちが膨らんだ。

 マロウ様と一緒にいれば良かったのにと思わなくもなかったけれど、やっぱり真面目すぎる彼とは会話が続かないし、時々会って話をしても、ちっとも夢中になれなかった。もう、自分で何をやっているのかわけのわからない事態になったし、やけくそみたいな気持ちだった。

 結局、何をどうしても、気が付けばいつもファーレの事を考えている自分がいたのである。

 因みに、マロウ様のエスコートの申し出も、わざと断っていた。そんな事を続けていたら、彼の方から婚約を破棄してもらえるかな、なんて思惑もあったから。だけど、マロウ様は呆れるくらい忍耐強い人だった。ファーレと出会わなかったら、義父が不穏な事を計画していなかったら、彼とはきっといい夫婦になれたかもしれない。……ないかな?

 ある日、夕食を一緒にとっていた男の子に強いお酒を飲まされた。料理に仕込まれていたみたいで、その後の記憶が朧気だ。

 そのレストランの上の階が、男女のそういう行為をするための場所だなんて知らなかった。その男の子はとても紳士的だったし、ただ料理を一緒に楽しもうと誘ってくれたのを信じた私が馬鹿だった。

 私はお酒に弱い。子供でも飲めるようなジュースのようなワインですら酔っぱらってしまう。

 ぼんやりしながら、男の子が家に送ってあげるとかなんとか促されるまま、フラフラついて行こうとした時、ファーレが来てくれたのだった。

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