【完結・R18】迷子になったあげく、いかがわしい場面に遭遇したら恋人が出来ました

にじくす まさしよ

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父のコレクションから厳選した、ポケットに忍ばせた最終兵器の出番のようだ

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 俺たちは、伯爵にどうサインをさせようか頭を悩ませていた。
 何度も会いに行くものの、流石に力づくでサインをさせるなどは出来ない。父も、強い口調で説得を試みていたが、ある日、伯爵が心臓の病で入院してしまったのだ。
 病人相手に強気で出られるはずもなく、どうしたものかと考えあぐねていた。

 結局、あまりしたくはなかったが、伯爵の心を滅多打ちにすることになってしまった。チェリー嬢との円満な婚約解消のために、偶然知った伯爵の奥底の部分まで利用する事したのである。

「要するに、伯爵は土地や利権、つまり金銭が欲しいのでしょう? 他にも理由があるかもしれませんが、ゼニアオイ侯爵のその土地を手に入れる以上の価値のある取引をすればよろしいのではないかしら。例えば、隣国で様々な商品を独占販売している最近噂の大きな商会と有益な関係を持つなど……ねぇ、殿下?」

「……断る、と言いたいが、それが伯爵の考えを変える手立てになるのなら仕方ない。チェリーのためだ、取引はしよう。どうせ、お前は二束三文の不味いキノコ茶を価値ある健康食品として10万倍の値段で売りつける手腕を持つんだ。詐欺師よりたちの悪い事を考えるお前だから、なんらかのトラップも仕込むのだろう?」

「まあ、なんて人聞きの悪い……。わたくしはただ、目先の黄金に触れた指先しかみていないから、足元がぬかるんでいる事実を言わないだけですわよ?」

「ローズは当たり前の商談をするだけですからね。殿下、詐欺師は撤回していただこう」

「……はいはい。ウスベニはそのまま一生ローズ嬢に騙されていればいい……痛いじゃないか!」

「あら失礼、足を組み替えた拍子にヒールの鋭い先端が足のスネに軽く当たったかもしれませんわね。事故ですわ」

 やはり王族とその妻になるだけの教育を受けて来た彼らは、今の俺では到底及ばないほどの知識やノウハウ、海外との交易の情報も手にしているようだ。ふたりが敵対関係でなくて良かったと安堵する。

「あの、だけどそれだけじゃなさそうなんですけど……」

「ああ、その事なら心当たりはある。叔父から聞いた話が関係しているだろうが、そこは、チェリー、お前とお前の母の出番でどうにでもなるさ」

「ファーレどういうこと? 私たちには何も出来ないわよ?」

「まあ、お前はあの家に帰ってはボロが出るから、出番が来るまでどこかに隠れていてくれ。その場所は俺が準備するから、いいな?」

「あの……隠れる必要があるのでしたら、チェリーさん、良かったらうちにいらっしゃらない? 何もない田舎だけど、人目を避けるにはもってこいですわ。伯爵様も、友達であるうちに小旅行すると言えば安心して納得なさるでしょうし。それに、弟も喜ぶと思いますの」

 俺のビオラも、割とチェリー嬢に失礼な態度を取られていたのが。なんと心が広く優しい女性なのだろう。なんと、ビオラは悪評もついて回るチェリー嬢と、本当に仲の良い友達になったようだ。
 チェリー嬢も、ビオラの温もりと可愛らしさにノックアウトされたようで、女性陣3人で過ごす事が多くなっていたのである。


※※※※


 俺は、来週にビオラより一学年早く学園を卒業する。これから離れ離れになる時間が増えるかと思うと、いっそ留年してやろうかと本気で思ったが、それはかなり反対された。

 すでに、俺の婚約は無事に解消できた。卒業前に達成した事もあり、心置きなく学園を卒業して、これからは仕事に精を出せるし、ビオラとは会える時間が激減するが、堂々とデート出来るようになる。

 今年中に俺とビオラの婚約披露パーティを開いて次は殿下たちの婚約を解消せねばならない。

 俺とチェリー嬢の婚約解消に関して言えば、公には広めなかったもののやはり耳の早い者はいるもので。チェリー嬢の悪評のせいで少々騒がれた。

 俺もチェリー嬢も家の都合で円満に解消できたので、そういった声に対して全く取り合わず無視しているうちに、それ以上大きくもならず、くすぶった状態は続いたものの次第に萎んでいったのである。

 といっても、チェリー嬢の噂の相手が王族である。おおっぴらに声を挙げれないのだろう。時々耳にした声は、俺が人にらみするだけで口を閉ざすのだから、最初からそうしていればいいものを。

  噂が広まれば消火するだけだ。俺たちというより、俺たちの家の力を持ってすればあっという間に鎮火できただろう。

 今は、俺の卒業の前に、学園最後の思い出作りに、ビオラたちの部会に参加している。

 透明のゼリーの中に、ブーケになったゼニアオイが立体的に花を咲かせている。
  その他にもバーベナのチーズケーキやアイシングクッキーが並べられており、あまり甘いものを好まない俺のために甘さを控えめに作ってくれた。中にはピリっとしたスパイシーなものもあって驚く。ビオラは甘いクリームをたっぷりつけてシフォンケーキを口に含んでいた。
 小さく柔らかな唇は、すでに何度も味わったが飽きる事はない。

 ふたりきりなら、スイーツをひとくち口に入れる度にビオラの唇も食べたいのに、生憎、邪魔者たちが4人もいてはどうしようもない。

「マロウ様、わたくし卒業までにあなたに相応しいレディになってみせます。素敵なあなたの横に、堂々と立てるよう、ローズ様たちも協力してくださいますし、チェリーさんも、その、今までそれほど手をかけていなかったおしゃれを教えてくれるって仰っていて……会えなくなるのは悲しいですけれど、でも、会うたびにあなたに好いて貰えるように綺麗になりたいの……」

「ビオラ……! 今でも世界一美しくて可愛いんだ。それ以上になったら、ビオラを狙う男どもが増えてしまう。今でもかなり追い払っているというのに。俺が卒業後に、毎日のように男どもがビオラに近づいて……ダメだ、許さん! 在校生の男どもを一人残らず排除せねば……!」

「あの、マロウ様? わたくしには男の子は近づいてきたことはない……きゃっ!」

 ビオラは知らないのだ。貧乏で汚名のついた家柄でなければ、優しくて素直で理想の妻だと思っている害虫がぶんぶん飛び回っているのを。

 ビオラを妻に娶るから、バイオレット子爵領を立て直すべく様々な方面を調査した。

  すると、ウォールナットの木が不当に伐採され低価格で取引をしている事がわかった。相場の1/10以下で取引をしていたなどふざけている。
  この木で作られる家具は王室にも卸している。職人が丁寧に長期間かけて作ったテーブルは、俺の家にあるものですら数千万ほどするのだ。

 俺は、若くて可愛くて愛らしいビオラを後妻に欲しがっていたエロじじ……男爵の元に行き、正当な手続きの元、バイオレット子爵に賠償など、これまでに生じた損害と慰謝料や迷惑料などを返還させたのである。

 義父上にはいたく感謝された。どうやら、先代からのつきあいで女癖は悪いが悪い人物ではないと信用していたようだ。

 男爵との話し合いは、最初のうちは非常に難航した。不当利益の追求をするのだから当然だろう。

 俺は、万が一にために、父の秘蔵のコレクションルームからくすね……快く黙って借りたコンベックスをポケットに忍ばせていた。男爵が、厚顔無恥にも正当な取引であり、俺がこうして乗り込む事のほうが犯罪などと言い出した。
 耄碌した高齢者に対して、俺は気の毒になり、使いたくはなかったがコンベックスをポケットから取り出した。

 男爵は、最初、ふざけてメモリのついた湾曲した金属部分をひっぱりだしては、勢いよく巻き戻らせてピシャン! と高らかな音を奏でる俺に憤慨していた。
  それを扱いながら、それほどまで困窮しているのであれば、今からこのコンベックスで屋敷のいたるところを採寸して、俺と父が格安で歴史あるイコール古い家のあちこちにあるガタツキを修繕することを提案した。
 すると、男爵は遠慮しなくていいのに、適正価格に戻したうえ、これまでの差額の他、不当に手に入れた大金で作った資産の一部(最終的に相手の提示額の5倍に金額が跳ねあがったので大半)から慰謝料まで支払う事に快諾してくれたのだ。

 さらには、男爵には二度とビオラや若い女性を狙うような事をしないように釘を刺した。持っていたコンベックスを物欲しそうに見ていたので、欲しくないと首を横に振り遠慮をしてたいが、そっと両手に持たせてあげた。男爵はぷるぷる震えて喜んでくれたようでこちらも嬉しくなった。

 それ以降、一気にバイオレット子爵家は金の成る木に変貌したのである。

  そうなると、もともとビオラ個人をいいなと思っていた相手のいない男どもが、毎日のように俺の妻に近づこうとしたのだ。

 大抵は睨むだけで引き下がったが、妻にしたい女の子ベスト3に入る彼女を諦めない男がいて、そいつらを追い払うのは多少苦労した。
  なんせ、心から真剣にビオラを求めているのだ。俺とて彼らの気持ちはよくわかる。そう簡単には諦めるなんて無理だ。難しいどころか不可能だ。ゼッキョだ!

 時には話し合い、時には拳で語り、最終的に勝ち残ったのが俺だけになったのである。

 妻は、そんなビオラ争奪戦が繰り広げられていたなんてつゆほどにも思っていない。なんとも健気で愛らしい事をいう最愛の妻を思い切り抱きしめた。

 今はすごすご去っていったやつらも、俺が卒業したらまたビオラを求めてくるに違いない。そうだ、ビオラも一緒に卒業させてもらうか。それがいい。そうしよう。

 そうと決まれば、学園長に相談に行って……

 妻を抱きしめて堪能しながら、ビオラと共に卒業するべく頭で計算していると、ウスベニが俺の腕からビオラを解放した。相変わらずの邪魔虫だ。俺たちを引き離すくらいなら、ウスベニはローズ嬢と一緒にいればいいのに。

 
 そして、迎えた卒業式。恙なく終わった式のあと、ビオラを俺の家に連れて帰ったのである。






※コンベックス:メジャーと言っている人が多いかと思いますが、大工さんたちが持っているプロ用の金属(鋼が多いかな)製の巻き尺の事です。
 長く出して一気に巻き戻しをしようとすると、ガシャガシャと大きな音を立てながら暴れて、瞬く間に指がスパンと切れてしまいそうな、ヘタすると大けがしてしまう、とても恐ろしいアレです。
 メジャーは、柔らか素材の安心な裁縫道具に良く入っているあれです。うちにあるのはピンクの丸いやつです。

 今は、光で長さを図る道具もありすごいですよね。大工さんが、最初ほんとかと信じなくて測定したら合っていたそうですよ。スマホの測定予測のアプリは若干誤差があるようです。

※伯爵との直接対決の模様は、次回。急展開の短期間で婚約解消できた様子のマロウとチェリー。病床にいるのに頑なな伯爵相手に、何をどうしたのでしょうか?結末は?
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