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時は少し遡ります。婚約解消のために、チェリーをつれて実家に帰ってきたビオラ。遠くにいるマロウたちを信じて、吉報を待ち続けています。
「まあ……マロウ様がそのような事を?」
「はい、姉上! マロウ義兄上のおかげで、うちももう大丈夫だそうです。僕、まだ頼りないけど、早く義兄上のように立派になって、この領地を盛り立てていきます! 実は、この間、義兄上から僕の手でも扱えるドライバーセットを頂いたんです。ほら、そこの机のネジ、緩んでいたから僕が締め直したんですよ! それにしても、チェリーお姉さまみたいな素敵な人とも仲良しだったなんて。姉上ってば、僕に内緒が多すぎだよ」
「まあ、素敵だなんて。ありがとうございます。フルーナ君は、賢いのに机まで直せるなんてすごいね。カッコいいわね」
「僕が、チェリーお姉さまと同じくらい大人だったら、結婚を申し込みたいです。でも、心に決まった人がいるのなら、男だから諦めて祝福します! くやしいけど。あ、でもね、その男と別れたら絶対僕の所に来てくださいね!」
「こら、フルーナ。そんな不吉な事を言ってはいけないわ?」
「あ……ごめんなさい」
「ふふふ、ビオラ、かまわないわよ。そうですね、万が一にもそのような事がありましたら、フルーナ君を頼らせていただこうかしら?」
「チェリーったら! 気を使わせてごめんなさいね。フルーナ、あなたはまだ8歳なのよ? それに、チェリーはモテモテなんだからね? いーっぱい求婚したい殿方がいるのよ?」
「私の愛妻とは違ったタイプだが、チェリーさんは綺麗な女の子だから男が放っておかないだろうね。フルーナ、ライバルが多そうだぞ。勝てるのか?」
「まあ、あなたったら。ふふふ、フルーナ、他の求婚者を押しのけて、チェリーさんのように綺麗で優しい人をお嫁さんにしたいのなら、もっともっとしっかりしなくちゃね?」
「はい! 僕、誰よりも立派な男になってみせます!」
私たちは、マロウ様の卒業の前の長期休暇を利用して実家で過ごしている。計画通りに事が運ぶのを一日千秋の思いで待っていた。私たちにも関係する事だというのに、何も出来ずにいる事が悔しくてもどかしい。
殿下とチェリーの噂は相変わらずで、王子だし男だから言われない殿下はずるいけど、ともかく、チェリーをうちの先祖をメロメロにさせた希代の悪女以上に、男好きだとかなんとか、悪しざまに言う子たちがいっぱいいた。その話を聞く度に、それはちがうって、彼女の本当の姿を知って欲しくて何度も真実を言いそうになった。
そりゃ、私も以前はそんなふうに彼女の事を偏見だらけで見ていたけど、私のように誤解が解けたら、きっと彼女はローズ様ほどじゃないだろうけど女の子たちにだって好かれるはずなのに……くやしい。
でも、まだ内緒にしなくてはいけない。だから、私たちの部会に誘い、夕方をそこで過ごすようになった。おかげで、今では一緒にスイーツづくりをするほど仲良くなれた。
チェリーが伯爵の家に帰るわけにもいかないから、彼女を家に連れて来るのを提案したけれど、もっと早くに彼女と仲良くしていればよかったと後悔するほど、彼女は知れば知るほど素敵な人だとわかった。
チェリーは、確かに貴族らしからぬ女の子だけど、話してみるととても明るくて楽しい。話題も豊富だから、今まで知らなかった事をいっぱい教えてもらえた。弟も淡い初恋みたいなものを抱いているのかとても懐いている。
両親も、名目上は、まだマロウ様の現婚約者だから、最初はチェリーとギクシャクしていたけれど、今ではすっかり打ち解けていて、穏やかな日常を送っていた。
チェリーがうちに来て2週間ほど経過した頃、世界一素敵な私の彼が来てくれた。
たった2週間ほど会えなかっただけで、とても悲しかった。辛くて、切なくて、彼の家のある方角をぼんやり見つめてはため息を吐く日々。
うちに帰る前に、彼から薬指にはめてもらった指輪を見て彼に想い出しては心が温まり、そしてその分、胸がきゅーって痛むほど泣きたくなった。光の加減で色を変えるアレキサンドライトの微妙な変化は、まるで彼の髪の色のようだ。
想いを伝えたくて、そっと唇に当てるだなんて、物語に出てくるヒロインのようなマネなんてしてみた。彼に恋をする前までは、そんなの物語の中だけで、実際にはそんな事しないだろうと呆れていた行動をしてしまう。
それは、殿下に会えないチェリーも同じで、私たちはしょっちゅうお互いの想い人の話をして慰め合ったのである。
先ぶれがあり、玄関で今か今か、なんなら迎えに行こうかなんて逸る心を抑えて彼を待っていると、元気な彼の姿が見えた。その瞬間、涙が出そうになるほど嬉しくなった。
「ビオラ! ああ、会いたかった!」
「マロウ様、わたくしのほうが、もっと会いたかったですわ……!」
この弱小貧乏子爵の家に殿下がこれるわけはなく、マロウ様しか姿を見せなかったからチェリーは寂しそうだった。少し申し訳なく思うけれど、私とマロウ様の再会を微笑んで喜んでくれる彼女にマロウ様が伝えた言葉で、チェリーも心から喜びの笑顔を見せてくれて私まで嬉しくなる。
「チェリー嬢、これを。あの方から君にって手紙を預かって来た」
「あの人が……あの、彼は元気でしょうか?」
「ああ。私と一緒にこちらに来たかったと駄々をこねられたが、元気に君と一緒になるため今も頑張っておられる。それに、喜んで欲しい。無事に私と君の婚約を解消する事ができたんだ」
「ほんと、ですか? あの義父上がサインをしたのですか? 一体どうやって……」
「そのあたりは後で説明しよう。義父上、義母上、長らくご心労をおかけして申し訳ありませんでした」
「おお、では。ついに、うちのビオラと……? ああ、マロウ殿、娘をよろしくお願いいたします。この子は、自分を押し殺しても人を幸せにしようとするような子なんです。どうか……幸せにしてやってください」
「ビオラ、良かったわね……良かった……! 幸せになるのよ!」
「わぁい! 姉上、おめでとうございます!」
「ビオラ、マロウ様、おめでとうございます!」
「お父様も、お母様も、フルーナにチェリーまで……気が早いわ? まだ、何も整っていないのに……それに、マロウ様ですもの。わたくし、幸せになるに決まってますわ」
「ビオラ。俺もビオラがいてくれるなら幸せ間違いなしだ。それに、もう俺たちの事はほとんど準備が済んでいる。あとは決まった日取りを待つだけだ」
「でしたら、その日に?」
「ああ。その日、チェリー嬢にも女神の祝福が贈られる事だろう」
「チェリー! 良かったわね!」
「ほんとに? ゆめじゃなくて? 私、私も、ほんとに幸せになっていいの?」
「いいに決まっているわ! おめでとう! おめでとう、チェリー!」
「……~~~~っ。ビオラ、あり……が、と……グスッグスッうう……こんな日が来るだなんて……私、わたし……マロウ様、ビオラのお父様、お母様、フルーナ君、ありがとうございます、ありがとうございます……」
マロウ様も、チェリーの幸せを彼なりに望んでいる。私を抱きしめていた腕を解いて、彼女の側に一緒に移動してくれた。自由の身になった私はチェリーに腕を伸ばし、彼女と硬く抱き合って喜びの涙を流し続けたのであった。
マロウ様は彼の部下を数名伴ってきていたから、予め準備していた部屋に彼らを案内した。チェリーは、殿下からの手紙を読むために滞在している客室に戻っている。
なんと、彼の手配で、使用人というなんとも贅沢な事だけれど、うちで働いてくれる人が何人もいるから、彼女たちに部下の方々の事はまかせて、私はマロウ様と一緒に自室に入った。
「ビオラ……おいで」
「マロウ様……!」
両手を広げてにこにこ笑う、世界一カッコよくて優しい彼の胸に飛び込んだ。力強く抱きしめられて、ちょっと苦しいけれど、それがマロウ様がここにいる証のように思えて、もっとギュってして欲しくなる。
「ビオラ、顔を良く見せて……ああ、たった2週間会っていなかっただけなのに、ますます魅力的になったね。髪型も変えたか? とても、とても綺麗になってしまって、どうにかなりそうだった。今日まで長かった……やっと君を堂々と抱きしめる事が出来る。ビオラ、唇に触れてもいいか?」
「マロウ様……この2週間がとても長くて……私も会いたかったです……。この髪型はチェリーにしてもらったの。マロウ様に綺麗って言って貰えて嬉しい。あの、えっと……あのですね。私に許可を得ずともどこでも触れてください。だって、私の全てはマロウ様のものだから」
「ビオラ……綺麗だ。俺の、俺だけの花だ。早く妻にしたい」
「ん……マロウ、さま……んん……。だい好き、です」
約2週間ぶりのキスは、それはもう目が回りそうなほど激しかった。いったいどのくらいの時間、お互いに唇を求めあい舌を絡ませていたのかわからないほど夢中になり、気が付けば、窓から入る太陽の光が茜色になって部屋と私たちの色を染めていた。
乱れた部分をお互いに直し合い、最後に軽くキスを交わした後、食堂で夕食を頂きながら、皆でマロウ様の報告を聞く事になった。
※※※※
「まあ、では伯爵様はマロウ様のお父様に対して、勝手に劣等感を抱いていたから、ずっと親友のふりを続けていて、土地や利権を奪い取ろうとしていたのですか? なんて事……」
私は、もっと重大な事が過去にあったとか、実は伯爵の家がうちみたいに台所事情が火の車だとかそういうのかと思っていた。もしくは、チェリーから勧められた恋愛小説の、親友の妻に横恋慕したあげく、親友を没落させて愛する女性を無理やり妻に娶った悪役みたいな、そういうドラマがあるのかと思っていた。
正直、拍子抜けしたというか、そんな些細な理由で、チェリーたちを不幸にさせたり、ゼニアオイ侯爵の財産を泥棒しようとしていただなんて、と呆れてしまった。
「伯爵のほうが学園での評価は父よりも上だったらしい。だが、爵位と、父の持前の明るさと、人間に好かれる自然に人が寄って来るタイプだから、妬ましく思っていたそうだ。学園を卒業してからというもの、やはり学生時代の優秀さと社会における評価ではかなり違うから、何をしても父に及ばない事で、一泡吹かせたくなったらしい。ただ、亡くなられた前妻がご存命だった頃は、そこまで拗れた悪意はなかったそうだ。伯爵は、亡くなられた方を、心底愛しておられたようで、失った頃はそれはもう憔悴しきっていたらしい。ズッキーニ閣下からお聞きしたのだが、1年後立ち直ったように見えた彼が、父と母の仲睦まじい様子を、ただならぬ雰囲気で睨みつけているのを何度も見かけたそうだから、状況を考えると、小さなことが降り積もってしまったのだろうという事だ」
話を聞くまでは、プンプン伯爵に怒っていたけれど、マロウ様の話し方もしんみりしていて静かだからか、なんだか伯爵も気の毒に思えて来た。
「でも、それって逆恨みというか、自分勝手な妬みでそんな風に思われても……おかしいわ。義父がそんな人とは思わなかった……」
チェリーも複雑そうな心中みたいで、でも、言いづらいけれども言いたい事をはっきり言えるそんな彼女を尊敬してしまう。
「案外、男のほうが一旦拗れると根が深いものだからな……ただ、そういう事情があったとして、どうして頑なに拒否していた解消をあっさり納得したんだい?」
しんみり、無言になってしまった空気を父が破った。すると、マロウ様から、新たな事実を聞かされ、皆押し黙ったのである。
「それは、チェリー嬢の母君のご尽力のお陰です。あの方は、チェリー嬢も伯爵家に帰ったら母君と元伯爵を支えてやって欲しいと仰っていた」
「はい、手紙に書いていました……。心臓の病で倒れてからというもの、心弱くなった義父は母の包み込むような優しさに癒されたのだとか。神に懺悔するかのように、全てを母に打ち明けたそうで、マロウ様たちが話し合いに向かった時には、すっかり毒気を失っていたようですね」
「ああ。伯爵は、何かにとりつかれたようなこれまでの愚かな考えを非常に悔いていた。どうやら、心臓のほうがあまり改善できなさそうだね……残り僅かな時間を、家督を嫡男に譲って、贅沢せずチェリー嬢の母君と過ごしたいと仰られた。その、うちのほうとしては、父も私も残りわずかな余生を穏やかに過ごしてもらいたいと思っているのだが。人生を台無しにされるように政略結婚を強いられかけ、伯爵にふりまわされたのはチェリー嬢もだから、君の意見も聞きたい」
「私は、私は……」
マロウ様から問いかけられ、チェリーは視線をキョロキョロさせたあと、手に持っていた殿下からの手紙をひとなでし、今の自分の気持ちをはっきり言ったのであった。
※ 補足:フルーナ君はまだ小さいのでこの場にはいません。
「まあ……マロウ様がそのような事を?」
「はい、姉上! マロウ義兄上のおかげで、うちももう大丈夫だそうです。僕、まだ頼りないけど、早く義兄上のように立派になって、この領地を盛り立てていきます! 実は、この間、義兄上から僕の手でも扱えるドライバーセットを頂いたんです。ほら、そこの机のネジ、緩んでいたから僕が締め直したんですよ! それにしても、チェリーお姉さまみたいな素敵な人とも仲良しだったなんて。姉上ってば、僕に内緒が多すぎだよ」
「まあ、素敵だなんて。ありがとうございます。フルーナ君は、賢いのに机まで直せるなんてすごいね。カッコいいわね」
「僕が、チェリーお姉さまと同じくらい大人だったら、結婚を申し込みたいです。でも、心に決まった人がいるのなら、男だから諦めて祝福します! くやしいけど。あ、でもね、その男と別れたら絶対僕の所に来てくださいね!」
「こら、フルーナ。そんな不吉な事を言ってはいけないわ?」
「あ……ごめんなさい」
「ふふふ、ビオラ、かまわないわよ。そうですね、万が一にもそのような事がありましたら、フルーナ君を頼らせていただこうかしら?」
「チェリーったら! 気を使わせてごめんなさいね。フルーナ、あなたはまだ8歳なのよ? それに、チェリーはモテモテなんだからね? いーっぱい求婚したい殿方がいるのよ?」
「私の愛妻とは違ったタイプだが、チェリーさんは綺麗な女の子だから男が放っておかないだろうね。フルーナ、ライバルが多そうだぞ。勝てるのか?」
「まあ、あなたったら。ふふふ、フルーナ、他の求婚者を押しのけて、チェリーさんのように綺麗で優しい人をお嫁さんにしたいのなら、もっともっとしっかりしなくちゃね?」
「はい! 僕、誰よりも立派な男になってみせます!」
私たちは、マロウ様の卒業の前の長期休暇を利用して実家で過ごしている。計画通りに事が運ぶのを一日千秋の思いで待っていた。私たちにも関係する事だというのに、何も出来ずにいる事が悔しくてもどかしい。
殿下とチェリーの噂は相変わらずで、王子だし男だから言われない殿下はずるいけど、ともかく、チェリーをうちの先祖をメロメロにさせた希代の悪女以上に、男好きだとかなんとか、悪しざまに言う子たちがいっぱいいた。その話を聞く度に、それはちがうって、彼女の本当の姿を知って欲しくて何度も真実を言いそうになった。
そりゃ、私も以前はそんなふうに彼女の事を偏見だらけで見ていたけど、私のように誤解が解けたら、きっと彼女はローズ様ほどじゃないだろうけど女の子たちにだって好かれるはずなのに……くやしい。
でも、まだ内緒にしなくてはいけない。だから、私たちの部会に誘い、夕方をそこで過ごすようになった。おかげで、今では一緒にスイーツづくりをするほど仲良くなれた。
チェリーが伯爵の家に帰るわけにもいかないから、彼女を家に連れて来るのを提案したけれど、もっと早くに彼女と仲良くしていればよかったと後悔するほど、彼女は知れば知るほど素敵な人だとわかった。
チェリーは、確かに貴族らしからぬ女の子だけど、話してみるととても明るくて楽しい。話題も豊富だから、今まで知らなかった事をいっぱい教えてもらえた。弟も淡い初恋みたいなものを抱いているのかとても懐いている。
両親も、名目上は、まだマロウ様の現婚約者だから、最初はチェリーとギクシャクしていたけれど、今ではすっかり打ち解けていて、穏やかな日常を送っていた。
チェリーがうちに来て2週間ほど経過した頃、世界一素敵な私の彼が来てくれた。
たった2週間ほど会えなかっただけで、とても悲しかった。辛くて、切なくて、彼の家のある方角をぼんやり見つめてはため息を吐く日々。
うちに帰る前に、彼から薬指にはめてもらった指輪を見て彼に想い出しては心が温まり、そしてその分、胸がきゅーって痛むほど泣きたくなった。光の加減で色を変えるアレキサンドライトの微妙な変化は、まるで彼の髪の色のようだ。
想いを伝えたくて、そっと唇に当てるだなんて、物語に出てくるヒロインのようなマネなんてしてみた。彼に恋をする前までは、そんなの物語の中だけで、実際にはそんな事しないだろうと呆れていた行動をしてしまう。
それは、殿下に会えないチェリーも同じで、私たちはしょっちゅうお互いの想い人の話をして慰め合ったのである。
先ぶれがあり、玄関で今か今か、なんなら迎えに行こうかなんて逸る心を抑えて彼を待っていると、元気な彼の姿が見えた。その瞬間、涙が出そうになるほど嬉しくなった。
「ビオラ! ああ、会いたかった!」
「マロウ様、わたくしのほうが、もっと会いたかったですわ……!」
この弱小貧乏子爵の家に殿下がこれるわけはなく、マロウ様しか姿を見せなかったからチェリーは寂しそうだった。少し申し訳なく思うけれど、私とマロウ様の再会を微笑んで喜んでくれる彼女にマロウ様が伝えた言葉で、チェリーも心から喜びの笑顔を見せてくれて私まで嬉しくなる。
「チェリー嬢、これを。あの方から君にって手紙を預かって来た」
「あの人が……あの、彼は元気でしょうか?」
「ああ。私と一緒にこちらに来たかったと駄々をこねられたが、元気に君と一緒になるため今も頑張っておられる。それに、喜んで欲しい。無事に私と君の婚約を解消する事ができたんだ」
「ほんと、ですか? あの義父上がサインをしたのですか? 一体どうやって……」
「そのあたりは後で説明しよう。義父上、義母上、長らくご心労をおかけして申し訳ありませんでした」
「おお、では。ついに、うちのビオラと……? ああ、マロウ殿、娘をよろしくお願いいたします。この子は、自分を押し殺しても人を幸せにしようとするような子なんです。どうか……幸せにしてやってください」
「ビオラ、良かったわね……良かった……! 幸せになるのよ!」
「わぁい! 姉上、おめでとうございます!」
「ビオラ、マロウ様、おめでとうございます!」
「お父様も、お母様も、フルーナにチェリーまで……気が早いわ? まだ、何も整っていないのに……それに、マロウ様ですもの。わたくし、幸せになるに決まってますわ」
「ビオラ。俺もビオラがいてくれるなら幸せ間違いなしだ。それに、もう俺たちの事はほとんど準備が済んでいる。あとは決まった日取りを待つだけだ」
「でしたら、その日に?」
「ああ。その日、チェリー嬢にも女神の祝福が贈られる事だろう」
「チェリー! 良かったわね!」
「ほんとに? ゆめじゃなくて? 私、私も、ほんとに幸せになっていいの?」
「いいに決まっているわ! おめでとう! おめでとう、チェリー!」
「……~~~~っ。ビオラ、あり……が、と……グスッグスッうう……こんな日が来るだなんて……私、わたし……マロウ様、ビオラのお父様、お母様、フルーナ君、ありがとうございます、ありがとうございます……」
マロウ様も、チェリーの幸せを彼なりに望んでいる。私を抱きしめていた腕を解いて、彼女の側に一緒に移動してくれた。自由の身になった私はチェリーに腕を伸ばし、彼女と硬く抱き合って喜びの涙を流し続けたのであった。
マロウ様は彼の部下を数名伴ってきていたから、予め準備していた部屋に彼らを案内した。チェリーは、殿下からの手紙を読むために滞在している客室に戻っている。
なんと、彼の手配で、使用人というなんとも贅沢な事だけれど、うちで働いてくれる人が何人もいるから、彼女たちに部下の方々の事はまかせて、私はマロウ様と一緒に自室に入った。
「ビオラ……おいで」
「マロウ様……!」
両手を広げてにこにこ笑う、世界一カッコよくて優しい彼の胸に飛び込んだ。力強く抱きしめられて、ちょっと苦しいけれど、それがマロウ様がここにいる証のように思えて、もっとギュってして欲しくなる。
「ビオラ、顔を良く見せて……ああ、たった2週間会っていなかっただけなのに、ますます魅力的になったね。髪型も変えたか? とても、とても綺麗になってしまって、どうにかなりそうだった。今日まで長かった……やっと君を堂々と抱きしめる事が出来る。ビオラ、唇に触れてもいいか?」
「マロウ様……この2週間がとても長くて……私も会いたかったです……。この髪型はチェリーにしてもらったの。マロウ様に綺麗って言って貰えて嬉しい。あの、えっと……あのですね。私に許可を得ずともどこでも触れてください。だって、私の全てはマロウ様のものだから」
「ビオラ……綺麗だ。俺の、俺だけの花だ。早く妻にしたい」
「ん……マロウ、さま……んん……。だい好き、です」
約2週間ぶりのキスは、それはもう目が回りそうなほど激しかった。いったいどのくらいの時間、お互いに唇を求めあい舌を絡ませていたのかわからないほど夢中になり、気が付けば、窓から入る太陽の光が茜色になって部屋と私たちの色を染めていた。
乱れた部分をお互いに直し合い、最後に軽くキスを交わした後、食堂で夕食を頂きながら、皆でマロウ様の報告を聞く事になった。
※※※※
「まあ、では伯爵様はマロウ様のお父様に対して、勝手に劣等感を抱いていたから、ずっと親友のふりを続けていて、土地や利権を奪い取ろうとしていたのですか? なんて事……」
私は、もっと重大な事が過去にあったとか、実は伯爵の家がうちみたいに台所事情が火の車だとかそういうのかと思っていた。もしくは、チェリーから勧められた恋愛小説の、親友の妻に横恋慕したあげく、親友を没落させて愛する女性を無理やり妻に娶った悪役みたいな、そういうドラマがあるのかと思っていた。
正直、拍子抜けしたというか、そんな些細な理由で、チェリーたちを不幸にさせたり、ゼニアオイ侯爵の財産を泥棒しようとしていただなんて、と呆れてしまった。
「伯爵のほうが学園での評価は父よりも上だったらしい。だが、爵位と、父の持前の明るさと、人間に好かれる自然に人が寄って来るタイプだから、妬ましく思っていたそうだ。学園を卒業してからというもの、やはり学生時代の優秀さと社会における評価ではかなり違うから、何をしても父に及ばない事で、一泡吹かせたくなったらしい。ただ、亡くなられた前妻がご存命だった頃は、そこまで拗れた悪意はなかったそうだ。伯爵は、亡くなられた方を、心底愛しておられたようで、失った頃はそれはもう憔悴しきっていたらしい。ズッキーニ閣下からお聞きしたのだが、1年後立ち直ったように見えた彼が、父と母の仲睦まじい様子を、ただならぬ雰囲気で睨みつけているのを何度も見かけたそうだから、状況を考えると、小さなことが降り積もってしまったのだろうという事だ」
話を聞くまでは、プンプン伯爵に怒っていたけれど、マロウ様の話し方もしんみりしていて静かだからか、なんだか伯爵も気の毒に思えて来た。
「でも、それって逆恨みというか、自分勝手な妬みでそんな風に思われても……おかしいわ。義父がそんな人とは思わなかった……」
チェリーも複雑そうな心中みたいで、でも、言いづらいけれども言いたい事をはっきり言えるそんな彼女を尊敬してしまう。
「案外、男のほうが一旦拗れると根が深いものだからな……ただ、そういう事情があったとして、どうして頑なに拒否していた解消をあっさり納得したんだい?」
しんみり、無言になってしまった空気を父が破った。すると、マロウ様から、新たな事実を聞かされ、皆押し黙ったのである。
「それは、チェリー嬢の母君のご尽力のお陰です。あの方は、チェリー嬢も伯爵家に帰ったら母君と元伯爵を支えてやって欲しいと仰っていた」
「はい、手紙に書いていました……。心臓の病で倒れてからというもの、心弱くなった義父は母の包み込むような優しさに癒されたのだとか。神に懺悔するかのように、全てを母に打ち明けたそうで、マロウ様たちが話し合いに向かった時には、すっかり毒気を失っていたようですね」
「ああ。伯爵は、何かにとりつかれたようなこれまでの愚かな考えを非常に悔いていた。どうやら、心臓のほうがあまり改善できなさそうだね……残り僅かな時間を、家督を嫡男に譲って、贅沢せずチェリー嬢の母君と過ごしたいと仰られた。その、うちのほうとしては、父も私も残りわずかな余生を穏やかに過ごしてもらいたいと思っているのだが。人生を台無しにされるように政略結婚を強いられかけ、伯爵にふりまわされたのはチェリー嬢もだから、君の意見も聞きたい」
「私は、私は……」
マロウ様から問いかけられ、チェリーは視線をキョロキョロさせたあと、手に持っていた殿下からの手紙をひとなでし、今の自分の気持ちをはっきり言ったのであった。
※ 補足:フルーナ君はまだ小さいのでこの場にはいません。
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