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チェリーは、義父である伯爵のこれまでの事を淡々と述べていった。
マロウ様との婚約の事以外では大切にしてもらっていた事、自分たちには誠実に接してくれていた事。私たちは、口を閉ざして、恐らくは伯爵とのやり取りを思い出しつつ話すチェリーを見守っていた。
「今はもう過去をどうこうじゃなく、彼と一緒に歩む未来を向いていたいんです」
凛とした表情でしっかりとそう言い切ったチェリーは、まるで不可侵の女神様のように美しくて素敵だった。
「義父は、私には思いつかないくらいの考えや酷い行動をしてきたのかもしれません。でも、屋敷の人たちには尊敬されていたし、反省してこれまでの事を償うのなら、私にはもう何も言う事はありません……。義兄は立派な人だから、義父の事をしっかり見てくれると思います。それに、母は義父を畏れていますけれど、愛していると思うんです。そうじゃなかったら、義父が倒れた時に出ていったと思うし……。たぶんですが、義父が牢屋にいくのなら、牢屋についていくと思います。だから、義父を酷く処罰しないでくれて嬉しいです」
後で、私にはこっそり、『皆の前だから、あんな風に言っちゃったけど。あ、あれも本心なのよ? でもね、過去を忘れたいけどそれは無理だから、やっぱり腹立ってる。みみっちいし情けないし、さっさとお母さんには、あんなやつ捨ててもらいたい。でも、もういいっていうか。いつかね、伯爵に会った時にはいっぱい文句を言ってやるの。それでね、私とファーレの子の面倒を見させてやるんだから。絶対に、小さな子に振り回されて毎日ヘトヘトにさせてやるの。ふふふ、ざまあみろってね』って笑っていた。
なんだか、チェリーらしくて、私も笑ってしまった。
もしも、伯爵が頑ななままだったら、今こうして笑っていられないと思う。チェリーを育てたのだから、彼女のお母様もとても愛情深くパワーあふれる魅力的な人なのだろう。
落ち着いたら、マロウ様と一緒に、チェリーのお母様に会いに行きたいなと思う。ついでに伯爵のお見舞いも。
殿下の商会と伯爵の取引は、チェリーと結婚する事で十分すぎるほどの繋がりが持てる事から、チェリーの義兄である現伯爵となったカスミ様が丁重に断りを入れた。ただ、ビジネスとしての取引なら大歓迎であり、殿下と話し合った結果、ライフゲームというおもちゃを実装販売するために、ブロッサム伯爵領で手掛ける事になったらしい。
元伯爵は、すでに伯爵領の片隅の、少し裕福な平民が住む程度の一軒家で、夫婦ふたりきりの生活を送っている。そこは、チェリーのおばあ様が入院している病院に近い。とても住みやすく、静かに余生を送れそうだという事だ。
あのあと、すぐに私たちは王都の学園に戻った。といっても、学生はほとんどおらず、マロウ様たちの学年の卒業式の前だから、なんとなく寂しさが漂いシーンとしていた。
無事にマロウ様が、誰よりも立派に卒業された。殿下が卒業生の総代で、女性生徒たちはキャアキャア彼を見ていた。でも、私の目にはマロウ様しか入らなかった。
チェリーも当初の予定通り卒業した。私は、これからなかなか会えなくなる事が悲しくて、人目につかないいつもの部活動の部屋で一緒に泣いた。
「ビオラ嬢、遠く離れてしまうが、チェリーとこれからも仲良くしてやってくれ」
「畏まりました殿下。ですが、言われなくとも、わたくしとチェリーはずっと友達ですから」
殿下とチェリーは、まだ公で一緒にはいられない。ローズ様とともに、城に戻る殿下を切なそうにチェリーが見送るのを見て、胸がきゅって痛んだ。
「チェリー……、もう少しだからね」
「ええ、ビオラ。私、今までだって待てた。だから、まだ待てるわ。それに、今はビオラや皆がいるんだもの。大丈夫」
私たちは手を握り、これからの事が上手く行くよう祈りながら大胆不敵に微笑み合った。
「ビオラ、俺たちもそろそろ行こうか」
「はい、マロウ様。チェリー、また会いましょうね」
「ええ、またね」
ウスベニ様がチェリーを迎えに来てくれたので、私たちも解散した。
私はマロウ様と一緒に、ゼニアオイ侯爵の家に来ていた。ご両親はすでに応接室で待機されているようで、これから正式に挨拶にいくのだ。
チェリーよりもちんちくりんで頼りないから、嫌われたらどうしようと思っていたけれど、私の事をマロウ様とウスベニ様から聞き、私の写真を見て今のところは気に入ってくださっているようでホッとしている。
ところで、私の写真はいつ撮ったのだろうと訝しんでい訊ねたところ、マロウ様は少し慌てた。なにかやましい事があるのかと問いただすと白状してくれた。
「実は……隠し撮りをしていた……ビオラの自然な笑顔をずっと手元に置いておきたくて。すまない、写真は全て渡すから!」
そうして、マロウ様が隠れて撮った色んな姿の写真、300枚が私の手元に来た。どうみても、変な表情のものもあるのに、それすら可愛いって幸せそうに彼が笑うものだから、ちょっとくすぐったいような気分になる。
わりとかわいく撮れているものが多くて、取り上げられてしゅんとしているマロウ様に、私がこれならいいと渡したのはその中の5枚だけだ。
私もびっくりした、別人じゃないかなと思うほど綺麗に取れていた写真は、パウンドケーキに使うためにゼニアオイの花弁を綺麗に並べている時のものだった。好きな人を思い浮かべている時の、女の子の恋する表情はこんなにも綺麗なのかと、自分の顔なのにマジマジ食い入るように見てしまった。
その写真は、なんでもマロウ様の胸ポケットにいつも忍ばせているらしい。少し恥ずかしいけれど、なんだか誇らしくも嬉しくもある。
マロウ様は、馬車に乗り込むなり、私を膝の上に乗せた。ことある毎にキスを強請られ数えきれないくらい応えていると、馬車が止まった。
すると、マロウ様は私を膝の上から降ろして、真剣な表情をするとビロードで覆われた箱を差し出してきた。
「ビオラ、これを受け取って欲しい」
マロウ様から、馬車の中で、ずっしりと色んな意味で重たい、イヤリングとネックレスを手渡される。どう見ても、高価そうだし、歴史ある貴重なもののようだ。
「マロウ様、これは?」
「うちに代々伝えられる、侯爵夫人に与えられる家宝だ。母からもビオラに渡すように言われていてね。俺との式でそれをつけて欲しい。すでにその指につけてもらっている石は、もともとそのイヤリングとネックレスのセットなんだ。俺の妻である君の物だ」
「そんな……立派なものをわたくしが……あの、マロウ様。わたくし、今でもやっぱり自信がないんです。……本当にわたくしでいいのかなって、いつも考えてしまうんです」
ゼニアオイ侯爵も、歴史ある貴族だ。おそらく、とんでもない価値のある値段のつけられないかもしれなさそうな宝飾品を見て、押しつぶされそうなほどのプレッシャーが私を襲う。手が震えて落としそうで怖い。
あっという間に、しゅるしゅると、マロウ様と一緒にいれば無敵なんだとか思う強い心が萎んでいく。
「ビオラッ! 俺は、ビオラでいいんじゃない。ビオラがいいんだ。俺と結婚する事で辛い道もあるかせるかもしれないが、俺の側にいてくれ」
でも、これをつけるに相応しい女性になると決めた気持ちが、マロウ様の言葉で何度も何度も蘇ってくるのだ。
ああ、私にはマロウ様だけだ。この人がいないと、私はダメなんだ。
「マロウ様、嬉しい……。ずっと側にいてくださいませ。愛しています」
「俺のほうが、きっと愛している。一生離さない」
馬車の中、ぎゅっと抱きしめ合うその苦しいほどの腕の力を感じながら、その力よりももっと強くて大きい彼の愛に包まれると、幸せすぎて体が爆発しそうなほど熱くなる。
そっと、アレキサンドライトの指輪をはめたほうの指を絡めるように手を重ねられた。
「ビオラ、俺の唯一無二の愛する妻は、この石よりももっと気高く美しい。俺の方こそ、ビオラを捕らえたくてたまらないんだ。俺だけが入れる部屋に閉じ込めて、繋ぎ止めてしまいたいほど」
馬車の中の熱気と、彼の熱い想いを体中が包みこむ。ぽーっとした頭で、なんだかちょっと恐ろしいような言葉を聞いた気がする。でも、彼に愛される悦びが、そんな小さな違和感を消し飛ばせ、私はますます彼に溺れていくのだった。
※作者は現在、見直す度に文字数が激増する呪いにかかっております。悪しからずご了承ください。
マロウ様との婚約の事以外では大切にしてもらっていた事、自分たちには誠実に接してくれていた事。私たちは、口を閉ざして、恐らくは伯爵とのやり取りを思い出しつつ話すチェリーを見守っていた。
「今はもう過去をどうこうじゃなく、彼と一緒に歩む未来を向いていたいんです」
凛とした表情でしっかりとそう言い切ったチェリーは、まるで不可侵の女神様のように美しくて素敵だった。
「義父は、私には思いつかないくらいの考えや酷い行動をしてきたのかもしれません。でも、屋敷の人たちには尊敬されていたし、反省してこれまでの事を償うのなら、私にはもう何も言う事はありません……。義兄は立派な人だから、義父の事をしっかり見てくれると思います。それに、母は義父を畏れていますけれど、愛していると思うんです。そうじゃなかったら、義父が倒れた時に出ていったと思うし……。たぶんですが、義父が牢屋にいくのなら、牢屋についていくと思います。だから、義父を酷く処罰しないでくれて嬉しいです」
後で、私にはこっそり、『皆の前だから、あんな風に言っちゃったけど。あ、あれも本心なのよ? でもね、過去を忘れたいけどそれは無理だから、やっぱり腹立ってる。みみっちいし情けないし、さっさとお母さんには、あんなやつ捨ててもらいたい。でも、もういいっていうか。いつかね、伯爵に会った時にはいっぱい文句を言ってやるの。それでね、私とファーレの子の面倒を見させてやるんだから。絶対に、小さな子に振り回されて毎日ヘトヘトにさせてやるの。ふふふ、ざまあみろってね』って笑っていた。
なんだか、チェリーらしくて、私も笑ってしまった。
もしも、伯爵が頑ななままだったら、今こうして笑っていられないと思う。チェリーを育てたのだから、彼女のお母様もとても愛情深くパワーあふれる魅力的な人なのだろう。
落ち着いたら、マロウ様と一緒に、チェリーのお母様に会いに行きたいなと思う。ついでに伯爵のお見舞いも。
殿下の商会と伯爵の取引は、チェリーと結婚する事で十分すぎるほどの繋がりが持てる事から、チェリーの義兄である現伯爵となったカスミ様が丁重に断りを入れた。ただ、ビジネスとしての取引なら大歓迎であり、殿下と話し合った結果、ライフゲームというおもちゃを実装販売するために、ブロッサム伯爵領で手掛ける事になったらしい。
元伯爵は、すでに伯爵領の片隅の、少し裕福な平民が住む程度の一軒家で、夫婦ふたりきりの生活を送っている。そこは、チェリーのおばあ様が入院している病院に近い。とても住みやすく、静かに余生を送れそうだという事だ。
あのあと、すぐに私たちは王都の学園に戻った。といっても、学生はほとんどおらず、マロウ様たちの学年の卒業式の前だから、なんとなく寂しさが漂いシーンとしていた。
無事にマロウ様が、誰よりも立派に卒業された。殿下が卒業生の総代で、女性生徒たちはキャアキャア彼を見ていた。でも、私の目にはマロウ様しか入らなかった。
チェリーも当初の予定通り卒業した。私は、これからなかなか会えなくなる事が悲しくて、人目につかないいつもの部活動の部屋で一緒に泣いた。
「ビオラ嬢、遠く離れてしまうが、チェリーとこれからも仲良くしてやってくれ」
「畏まりました殿下。ですが、言われなくとも、わたくしとチェリーはずっと友達ですから」
殿下とチェリーは、まだ公で一緒にはいられない。ローズ様とともに、城に戻る殿下を切なそうにチェリーが見送るのを見て、胸がきゅって痛んだ。
「チェリー……、もう少しだからね」
「ええ、ビオラ。私、今までだって待てた。だから、まだ待てるわ。それに、今はビオラや皆がいるんだもの。大丈夫」
私たちは手を握り、これからの事が上手く行くよう祈りながら大胆不敵に微笑み合った。
「ビオラ、俺たちもそろそろ行こうか」
「はい、マロウ様。チェリー、また会いましょうね」
「ええ、またね」
ウスベニ様がチェリーを迎えに来てくれたので、私たちも解散した。
私はマロウ様と一緒に、ゼニアオイ侯爵の家に来ていた。ご両親はすでに応接室で待機されているようで、これから正式に挨拶にいくのだ。
チェリーよりもちんちくりんで頼りないから、嫌われたらどうしようと思っていたけれど、私の事をマロウ様とウスベニ様から聞き、私の写真を見て今のところは気に入ってくださっているようでホッとしている。
ところで、私の写真はいつ撮ったのだろうと訝しんでい訊ねたところ、マロウ様は少し慌てた。なにかやましい事があるのかと問いただすと白状してくれた。
「実は……隠し撮りをしていた……ビオラの自然な笑顔をずっと手元に置いておきたくて。すまない、写真は全て渡すから!」
そうして、マロウ様が隠れて撮った色んな姿の写真、300枚が私の手元に来た。どうみても、変な表情のものもあるのに、それすら可愛いって幸せそうに彼が笑うものだから、ちょっとくすぐったいような気分になる。
わりとかわいく撮れているものが多くて、取り上げられてしゅんとしているマロウ様に、私がこれならいいと渡したのはその中の5枚だけだ。
私もびっくりした、別人じゃないかなと思うほど綺麗に取れていた写真は、パウンドケーキに使うためにゼニアオイの花弁を綺麗に並べている時のものだった。好きな人を思い浮かべている時の、女の子の恋する表情はこんなにも綺麗なのかと、自分の顔なのにマジマジ食い入るように見てしまった。
その写真は、なんでもマロウ様の胸ポケットにいつも忍ばせているらしい。少し恥ずかしいけれど、なんだか誇らしくも嬉しくもある。
マロウ様は、馬車に乗り込むなり、私を膝の上に乗せた。ことある毎にキスを強請られ数えきれないくらい応えていると、馬車が止まった。
すると、マロウ様は私を膝の上から降ろして、真剣な表情をするとビロードで覆われた箱を差し出してきた。
「ビオラ、これを受け取って欲しい」
マロウ様から、馬車の中で、ずっしりと色んな意味で重たい、イヤリングとネックレスを手渡される。どう見ても、高価そうだし、歴史ある貴重なもののようだ。
「マロウ様、これは?」
「うちに代々伝えられる、侯爵夫人に与えられる家宝だ。母からもビオラに渡すように言われていてね。俺との式でそれをつけて欲しい。すでにその指につけてもらっている石は、もともとそのイヤリングとネックレスのセットなんだ。俺の妻である君の物だ」
「そんな……立派なものをわたくしが……あの、マロウ様。わたくし、今でもやっぱり自信がないんです。……本当にわたくしでいいのかなって、いつも考えてしまうんです」
ゼニアオイ侯爵も、歴史ある貴族だ。おそらく、とんでもない価値のある値段のつけられないかもしれなさそうな宝飾品を見て、押しつぶされそうなほどのプレッシャーが私を襲う。手が震えて落としそうで怖い。
あっという間に、しゅるしゅると、マロウ様と一緒にいれば無敵なんだとか思う強い心が萎んでいく。
「ビオラッ! 俺は、ビオラでいいんじゃない。ビオラがいいんだ。俺と結婚する事で辛い道もあるかせるかもしれないが、俺の側にいてくれ」
でも、これをつけるに相応しい女性になると決めた気持ちが、マロウ様の言葉で何度も何度も蘇ってくるのだ。
ああ、私にはマロウ様だけだ。この人がいないと、私はダメなんだ。
「マロウ様、嬉しい……。ずっと側にいてくださいませ。愛しています」
「俺のほうが、きっと愛している。一生離さない」
馬車の中、ぎゅっと抱きしめ合うその苦しいほどの腕の力を感じながら、その力よりももっと強くて大きい彼の愛に包まれると、幸せすぎて体が爆発しそうなほど熱くなる。
そっと、アレキサンドライトの指輪をはめたほうの指を絡めるように手を重ねられた。
「ビオラ、俺の唯一無二の愛する妻は、この石よりももっと気高く美しい。俺の方こそ、ビオラを捕らえたくてたまらないんだ。俺だけが入れる部屋に閉じ込めて、繋ぎ止めてしまいたいほど」
馬車の中の熱気と、彼の熱い想いを体中が包みこむ。ぽーっとした頭で、なんだかちょっと恐ろしいような言葉を聞いた気がする。でも、彼に愛される悦びが、そんな小さな違和感を消し飛ばせ、私はますます彼に溺れていくのだった。
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