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 横抱きに囲い込まれて、さらに時が経った時、ドアがノックされた。

「旦那様、奥様、このような時間に申し訳ございません。起きておいででしょうか? お客様が、もう王都にお戻りになられるそうなのですが、いかが致しましょう」
「え、お父様たちがもう帰るですって? すぐに準備を……」
「……キャロル、待って」

 わたくしが起き上がろうとするのを、まるで逃がさないとばかりにトーラが抱きしめた。小さな声は、わたくしの耳にだけ入り込んでいる。

「トーラ?」
「僕を、置いて行くのかい? さっき言ったのは嘘だったのかい?」

 更に、体が軋むほどぎゅうぎゅう抱きしめられた。彼が何を思ってこういう事をするのかは容易に想像できる。

「まさか。勿論、トーラと一緒に、お父様たちのお見送りに行きたいですわ。それに、まだ立って歩けそうにありませんもの。歩けたとしても、ひとりでなんて行きはしません。トーラ、連れて行っていただけます?」
「……そうか、そうだよな。キャロルが僕を置いて、義父上たちと王都に帰るなんて事はないんだ」
「当たり前です。ずっと側に置いてくださいって約束しましたでしょ?」
「うん……。キャロル、本当にありがとう」

 背後から、ちゅっちゅとあちこちに彼の唇が触れる。なんだか、怪しいムードになりかかった。けれど、ドアが再びノックされたため、ようやく彼の逞しい腕で作られた檻が開かれる。

 やっと、わたくしの想いが彼に届いたと実感できた。とても嬉しくて、くすぐったい彼の攻撃に笑って耐える。

「キャロル、ガウンを取って来るね」
「はい、お願い致します」

 頭の部分を、長いシーツでぐるぐる巻きにしたまま彼が立ち上がる。首から上だけシーツの塊で、首から下の見事な巨躯は全裸のまま。
 彼の体格に相応しい長大なものが、ずっしりと重そうに中心部分からぶら下がっているのが一瞬見えた。

(……は? あれが、わたくしに入っていたの? うっそでしょ? え、本当に?)

 男性の象徴が熱を持つと、倍とかに膨らんで固くなるという事は知っている。あの状態でもかなり大きいのに、一体、どれほどのものが入っていたのかと思うと、恥ずかしいを通り越して、普通に男女の体の神秘に関心してしまった。

 あまりにも信じられない事実に呆然としているうちに、ガウンを羽織らされた。あれよあれよという間に、簡単に身支度が終わる。あっという間にトーラに抱かれて、父たちが旅立つ馬車の前に来ていた。

「お兄様、あまりにも早く行かれるので寂しいですわ」
「キャロル、また来る。あの女の言う事が正しければ、今度は元気な姿が見れるんだね。それまで、キトグラムンに甘えて過ごすといい。楽しみにしているよ」
「キトグラムン、娘を頼んだよ。娘が、君に何かをしでかさないか心配していたが、取り越し苦労だったようだ。ふたりとも、幸せそうで何より」
「義父上、僕が不甲斐ないばかりに、キャロルには辛い思いをさせてしまいました。より一層努力して幸せにしてみせます」
「まあ、トーラは不甲斐なくないですわ。とても素敵な世界一の人です」
「はは、そうだな。ふたりで幸せになるんだよ」
「ふたりとも、元気でな」
「義父上、義兄上も、どうかお元気で」

 しんみり別れを惜しんでいると、後ろの馬車からくぐもった誰かの声が聞こえた。誰と問わずともわかる。

「チャツィーネさんの事、くれぐれもお願いしましたわ。ヤーリ元殿下の所へは、是非マチョネー様にも立ち会っていただいて、様子を必ず聞かせてくださいませね?」
「はは、わかったよ」

 今回の護衛は、トーラではなく副騎士団長であるフクロールケタが務める事になった。トーラとほぼ互角の実力がある彼が、なぜ前辺境伯にならず、トーラの父君がなったのか。
 シュメージュから聞いた話によると、彼女は若い頃とても体が弱くて子供を望めなかったらしい。長生きできる保証もないため、彼女とどうしても結婚したかった彼は、辺境伯の座を、トーラの父君に惜しげもなく押し付けたとの事。
 後継者争いにもなりかねないほど、実力が均衡していた前代の後継者争いは、何一つ起こる事無く今に至っている。

 馬車と取り巻く騎士団の集団が、遠くなり、やがて見えなくなっても、トーラはそこを動こうとしなかった。きっと、わたくしが父達ともっと一緒にいたいという気持ちを汲んでくれているのだろう。

「トーラ、そろそろ帰りませんか?」
「ああ、僕たちの家に帰ろうか。僕のせいで体が冷え切ってしまったね。体調は大丈夫かい?」
「ふふふ、真冬に氷が張った池で遊んでいる途中、氷が壊れて落ちてもピンピンしてましたの。大丈夫ですわ」
「うちの騎士たちよりも、キャロルのほうが強いね」
「まあ、わたくしなんて、体が丈夫なだけです。訓練された騎士の方たちの足元にも及びませんわ」
「いや、もっと鍛えねばならないと思うよ」

 側にいた騎士たちが、トーラの言葉に青ざめている。恐らく、本当に厳しい訓練がそのうち始まるのだろう。でも、騎士たちにとっての日常は死との隣り合わせだ。多少厳しくても致し方ない。

「体が回復しましたら、中断している昼食会を開こうと思いますの」
「それはいいね。皆で設置から手伝おう」
「野営ではありませんからね?」
「はは、折角キャロルが主催するんだ。野営なんて馬鹿な真似はしないよ。その日はキャロルの快気祝いになるだろうね」
「一日も早く、その日が来るといいですわ」

 部屋に戻ると、乱れに乱れていたシーツが綺麗になっていた。皆に、何をしていたのかバレているのは、なんとなく面映ゆい。

 部屋には、ふたり分の食事が準備されていたので、トーラの膝の上に乗せられたまま、遅い朝食を頂いた。

「キャロル、あーん」
「ですからね、トーラ。わたくしは、もうひとりで座れそうですし、食べれますから、むぐっ」

 どうしても、わたくしに「あーん」をしたい彼と、ひとりで食べたいわたくしの攻防戦は負けっぱなし。断ろうと口を開ける度に、ふんわりふわっふわなパンケーキや、マッシュポテト、コーンスープを放り込まれた。

「今日は少し硬くしてあるね。よく噛んでね。美味しいかい?」
「美味しいですわ。トーラ、そろそろお仕事に行かなくても?」
「新婚早々、仕事を持って来る無粋なやつはいないさ。はい、あーん」
「そんな、あむぅ」

 最後に、料理長特性のとろけるプリンを頂く。甘すぎないそれは、先ほどまでの食事とは別腹に入っていく。無限に食べる事ができそう。

 わたくしの食事が終わると、トーラの番だ。仕返しと彼のスプーンを取り上げて口に持って行く。

「……トーラ、頭巾が邪魔です」
「いや、キャロル。僕はひとりで食べれるから」
「いーえ、ダメです。バヨータジュ公爵の家訓なのです。妻たるもの、夫に食べさせるべしと」
「そんな家訓が?」
「あります」

 真っ赤な嘘である。今、わたくしが作った家訓だ。だけど、トーラは本気にして、しぶしぶ頭巾の口元の部分をあげてくれた。ほとんど見えないその口元に、だいたいこの辺りかなと思いつつスプーンを運ぶ。

「そのうち、わたくしとふたりっきりの時は、ご自身の全てを自由にしてあげてくださいませね?」
「うん、キャロルには全てを見られたし……。いつか、そうなれるように頑張る」
「無理なさらない程度にお願いしますね」

 そう言うと、最後のプリンを彼の口に持って行き、生地越しではなく、お互いにプリンの味がするキスを交わしたのであった。





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