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23 侯爵家に現れた女帝①

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「おや? 私が誰だかわかってない? お前の元婚約者や、お前の兄はひと目で気づいたのに?」

 私は、目の前で息子が孫を殴るのを見ていた。息子から、私が元夫に離縁されてしまってからの侯爵家の失墜と今日までを聞いて長い溜息を洩らし、そして、頬を腫らして口から血を流す孫を見下ろしていた。

 恐らく、テッポが伯爵家に行くたびにあの親子が何かを吹き込んでいたのだろう。単なる遊びのような浮気心かと思いきや、先ほどの孫の言動は明らかにおかしい。そのおかしさに、本人が気づいていないとはどういう事か。

 シンディも政略結婚だから、妹との火遊びは容認していたのである。それはそれで、シンディに気持ちを寄せられていない孫を憐れにも思うが二人の仲はそういうものなのだろう。

 だが、こうした事態になってみると、孫はあの親子にしてやられていたのだと分かる。長年、テッポの頭の中に少しずつ毒を染みわたらせるようにシーリガールたちを妄信するよう、耳に心に言葉を少しずつ流し込んでいたのだろう。

 息子が言うには、17歳のころまでは、まだまともだったらしい。きちんとシンディの立場も、自分の立場も契約も、侯爵家と伯爵家のパワーバランスも理解し、不本意そうではあったが受け入れていたという。

 そう、その不本意という感情を二人によって付け込まれたのだ。毒のある言葉で彼の不満を増大させ、判断力を奪い、記憶の改ざんまでやってのけたのは、おそらく元伯爵代理の愛人だろう。娘のほうはそこまでの能力はまだないとセパスチも言っていた。
 
 政敵にあの女がいたらと思えば背筋が凍りそうだ。魔法も道具も使わず、言葉だけで人の心の奥底に入り込みそれを壊す事が出来るのだ。そして、それをいとも簡単にやってのけ、しかもどれ程の残虐さがあっても厭わない。

 未だに、その瞳には生来の感情を失ったままの孫の姿を見て、まだ魅了魔法をかけられていたほうが良かったかもしれないと、長い溜息を吐いたのだった。




※※※※



 私がいた頃は、侯爵家はアールトネン伯爵すら足元にも及ばないほどの権勢を誇っていた。元夫では頼りないからと、侯爵であるあの人の代わりに私が実質動かしていたのである。
 ところが、私に対して勝手に劣等感を抱き、愛人を作ったあげく私に離縁を申し伝えて来た元夫バカ

 私は呆れかえりながら、息子も大きくなったし、すぐに侯爵家がどうにかなるなどと思わず、何もかもが嫌になったため離縁の申し出を受け入れた。

『本当に出て行くのか?』
『おかしいですわね? 愛人を作り、わたくしにはすでに心がないのでしょう? わたくしがいなくなれば、侯爵家はもっと栄えるんですよね?』

 待ち望んでいるはずの離縁が正式に受理されたというのに、元夫の歯切れが悪い。


『そ、それは……。だ、だが! あんな勢いだけの言葉を鵜呑みにするなんて! 子供もいるのに!』
『貴方が署名捺印もすませた離縁状はすでに正式に処理されていますから。子供ったって、小さいならともかく、もういい大人じゃない! わたくし、出て行きますわね』
『ま、待ってくれ! 俺は、家と息子ばかり気に掛けるから寂しかったんだ! いやだ! 俺を捨てないで、ターニャちゃん! いやだああああ!』

 内心、やっぱりねと思いつつ、変わらない目の前の男を見てうんざりする。

『もう、鬱陶しい! いい年したおっさんが泣いて縋り付いてくるな! あんたは愛人ちゃんといちゃこらしてればいいでしょう?』
『いやだ! 離すもんか! あの女とはなんでもないんだ! ちょっとヤキモチ焼いて欲しかっただけなんだよおおお!』
『偽装浮気ですって? 余計気持ち悪いわっ! それに、もう手遅れよ! 正式に他人になったのよ!』
『じゃ、じゃあ、もう一度結婚しよう! ターニャちゃん、逃がさないから!』

 鼻水をいっぱいドレスになすりつけられ縋られて、引きづるように移動しつつ本気で気持ちが悪くなった。もう関わりたくなくて魔法でアイツを気絶させ侯爵家を飛び出たのである。

 そのまま貧民街に行き、静かに過ごしていたところ、全身ずたぼろになり右手を失った女性を保護したのだ。貴族ではないし、欠損の再生を出来るほどの神官を呼ぶお金もない。一瞬侯爵家に頼ろうかと思ったが、一瞬でも目を離すと自害しそうな彼女がほうっておけず介護していた。
 すると、アールトネン伯爵家から執事が来て、私含めて伯爵家別邸で保護されたのである。

 そこで黒髪の聡明な少女と出会った。
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