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ラートが帰国してから、相変わらずの日常が続いている。客人もなぜかいるようだが、一向に紹介されていない。
だが、自分には関係ないと、フェルミたちはのんびり過ごしていた。
分厚い雲で月が隠されている夜。ファーリは、いつものようにフェルミに挨拶をしてトラムのところに向かった。だが、彼と一緒に楽しむための夜のお供を忘れたことに気づき、フェルミの部屋に戻る。
すると、殆ど見えない暗闇の中、フェルミの部屋の扉の前で、誰かが立っているのが見えた。
「……!」
さっきまで、フェルミと少し怖い話を読んでいた。だから、おばけかなにかと思って悲鳴をあげそうになる。だが、眼の前のそれは、ドアノブをガチャガチャ回しており、足もあるのが確認できた。
トラムは今から行く場所にいる。カロナにしては大きくて、男性のシルエットのようだ。かといって、レドでもない。全く見覚えのない影に向かって叫んだ。
「誰? 誰なの?!」
相手が人間なら怖くはない。ファーリが、勢いよく走り出すと、影は慌てて去っていった。
「ちっ。逃げ足の速い……」
今から追っても追いつけなさそうだ。とにかく、フェルミの無事を確認しようとドアノブに触れた。
「あら? 鍵が開いている……おかしいわね」
それは、たしかに閉めた。鍵もポケットにきちんとある。
「お嬢様、大丈夫なんですか? お願いです、起きてくださいっ!」
ファーリは、フェルミが赤ん坊よりも寝付きが良いことを知っている。少し大きめにドアを叩いて彼女を呼んだ。一秒が長すぎて、さあっと血の気が引く。こんなこと、フェルミが意識を失った時以来だ。あの時の、白を通り越して生気のかけらもない顔を思い出す。
その時とは比べものにならないほど、純粋に彼女の安否が気になって不安になった。万が一、フェルミの息が止まっていたらどうしようと、必死に叩く。すると、扉の向こうで音がした。それは、ファーリが天にも祈るほど待ち望んだ声だった。実際は数分だっただろう時が、とても長く感じて、でも、今ではあっという間のようにも思える。
フェルミは、ファーリの焦りや不安、そして歓喜といった心の荒々しい波など知らず、のほほんと目を擦りながら彼女に声をかけた。
「ファーリ? どうしたの?」
「ああ、お嬢様、ご無事だったんですね! どうしたもこうしたもありません。ここを、開けてください」
ファーリは、今、初めてフェルミがドアノブをタッセルで括り付けて厳重に戸締まりをしていることを知った。
「お嬢様、コレは一体なんなんですか?」
「あら、言ってなかったかしら。これは、ほら。ラート様が帰ってきた時から、ずっとしている防犯グッズよ。ファーリがきちんと、しっかり戸締まりするように言ってくれていたでしょう? だから、鍵だけじゃなくて、本で見た通り紐でくくっておこうかと思って。ふふふ、ここにはファーリたち以外、来やしないのにね」
「それはまた、厳重すぎな気も……いえ、でも、グッジョブでしたよ!」
「え?」
「さっき、ドアノブをガチャガチャしている人物がいたんです。多分、男です」
「ええ? そんな……一体、誰なの? ま、まさか、ラート様?」
「それが、顔が見えなくて。でも、よく知っている人たちの体型じゃなかったんで、マザコンか例の客人かなって思います」
フェルミは、ファーリの言葉を聞いてぞっとした。足の裏から頭のてっぺんまで震えがとまらず、ファーリに抱き着く。
「ファーリ、どうしよう。怖い……」
「大丈夫です。あたしがいます。二度と、お嬢様を危険な目に合わせないって、あの時に誓ったんです」
「あの時って?」
フェルミは、ファーリのいつになく真剣な眼差しと、彼女の言うあの時のことが思い当たらなかった。いかんせん、高熱が出て生死の境をさまよったのは小さな時だ。しかもその頃は辛いだけの記憶しかない。
フェルミの心には、ファーリにも酷く放置されていたことも、ほとんど残っていなかったのである。
「……お嬢様が、小さな頃です。あたし、お嬢様に言わなきゃいけないことがあって。でも、今はそれを伝える場合じゃありませんね。お嬢様、トラムを呼んでくるまでの間、さっきみたいにタッセルでドアノブをくくって待っていてくれませんか?」
ファーリには、フェルミに伝えなくてならないことがあった。ずっと心の中にあって、いつか言おうとしてたもの。それは、フェルミに対する謝罪であった。言えば、フェルミが傷つくのではないか、嫌われるのではないかと恐れて口に出せなかった懺悔でもある。
しかし、今は身の安全を守るほうが先決だろう。すぐにトラムに来てもらおうと考えた。
「ひ、ひとりは、イヤ……」
「お嬢様、あたしがいたら大丈夫と言いたいですけど、相手は正体不明の男なんです。女ふたりじゃあダメです」
フェルミは、こんな夜の、男が襲ってくるかもしれない時に、絶対ひとりにはなりたくなかった。だが、ファーリとしては、一刻も早く、ぜん息力でトラムを呼びに行きたい。
「……じゃあ、私も一緒に行く」
「お嬢様も?」
「ええ。ファーリだって、ひとりで歩くのは危ないかもしれないわ。わ、私も行くから」
フェルミは、何か武器になるのもをと、部屋にあったアイロンごてを持った。絶対についていく気満々で、ファーリの側から離れようとしない。
実は、フェルミも彼女と同様に、ひとりになるのは怖かった。ファーリも、なにか使えそうなものがないか辺りを見渡し、モップを手に持つ。
ふたりは、励まし合いながら、まだ執務室で仕事をしているトラムのもとに急いだのであった。
だが、自分には関係ないと、フェルミたちはのんびり過ごしていた。
分厚い雲で月が隠されている夜。ファーリは、いつものようにフェルミに挨拶をしてトラムのところに向かった。だが、彼と一緒に楽しむための夜のお供を忘れたことに気づき、フェルミの部屋に戻る。
すると、殆ど見えない暗闇の中、フェルミの部屋の扉の前で、誰かが立っているのが見えた。
「……!」
さっきまで、フェルミと少し怖い話を読んでいた。だから、おばけかなにかと思って悲鳴をあげそうになる。だが、眼の前のそれは、ドアノブをガチャガチャ回しており、足もあるのが確認できた。
トラムは今から行く場所にいる。カロナにしては大きくて、男性のシルエットのようだ。かといって、レドでもない。全く見覚えのない影に向かって叫んだ。
「誰? 誰なの?!」
相手が人間なら怖くはない。ファーリが、勢いよく走り出すと、影は慌てて去っていった。
「ちっ。逃げ足の速い……」
今から追っても追いつけなさそうだ。とにかく、フェルミの無事を確認しようとドアノブに触れた。
「あら? 鍵が開いている……おかしいわね」
それは、たしかに閉めた。鍵もポケットにきちんとある。
「お嬢様、大丈夫なんですか? お願いです、起きてくださいっ!」
ファーリは、フェルミが赤ん坊よりも寝付きが良いことを知っている。少し大きめにドアを叩いて彼女を呼んだ。一秒が長すぎて、さあっと血の気が引く。こんなこと、フェルミが意識を失った時以来だ。あの時の、白を通り越して生気のかけらもない顔を思い出す。
その時とは比べものにならないほど、純粋に彼女の安否が気になって不安になった。万が一、フェルミの息が止まっていたらどうしようと、必死に叩く。すると、扉の向こうで音がした。それは、ファーリが天にも祈るほど待ち望んだ声だった。実際は数分だっただろう時が、とても長く感じて、でも、今ではあっという間のようにも思える。
フェルミは、ファーリの焦りや不安、そして歓喜といった心の荒々しい波など知らず、のほほんと目を擦りながら彼女に声をかけた。
「ファーリ? どうしたの?」
「ああ、お嬢様、ご無事だったんですね! どうしたもこうしたもありません。ここを、開けてください」
ファーリは、今、初めてフェルミがドアノブをタッセルで括り付けて厳重に戸締まりをしていることを知った。
「お嬢様、コレは一体なんなんですか?」
「あら、言ってなかったかしら。これは、ほら。ラート様が帰ってきた時から、ずっとしている防犯グッズよ。ファーリがきちんと、しっかり戸締まりするように言ってくれていたでしょう? だから、鍵だけじゃなくて、本で見た通り紐でくくっておこうかと思って。ふふふ、ここにはファーリたち以外、来やしないのにね」
「それはまた、厳重すぎな気も……いえ、でも、グッジョブでしたよ!」
「え?」
「さっき、ドアノブをガチャガチャしている人物がいたんです。多分、男です」
「ええ? そんな……一体、誰なの? ま、まさか、ラート様?」
「それが、顔が見えなくて。でも、よく知っている人たちの体型じゃなかったんで、マザコンか例の客人かなって思います」
フェルミは、ファーリの言葉を聞いてぞっとした。足の裏から頭のてっぺんまで震えがとまらず、ファーリに抱き着く。
「ファーリ、どうしよう。怖い……」
「大丈夫です。あたしがいます。二度と、お嬢様を危険な目に合わせないって、あの時に誓ったんです」
「あの時って?」
フェルミは、ファーリのいつになく真剣な眼差しと、彼女の言うあの時のことが思い当たらなかった。いかんせん、高熱が出て生死の境をさまよったのは小さな時だ。しかもその頃は辛いだけの記憶しかない。
フェルミの心には、ファーリにも酷く放置されていたことも、ほとんど残っていなかったのである。
「……お嬢様が、小さな頃です。あたし、お嬢様に言わなきゃいけないことがあって。でも、今はそれを伝える場合じゃありませんね。お嬢様、トラムを呼んでくるまでの間、さっきみたいにタッセルでドアノブをくくって待っていてくれませんか?」
ファーリには、フェルミに伝えなくてならないことがあった。ずっと心の中にあって、いつか言おうとしてたもの。それは、フェルミに対する謝罪であった。言えば、フェルミが傷つくのではないか、嫌われるのではないかと恐れて口に出せなかった懺悔でもある。
しかし、今は身の安全を守るほうが先決だろう。すぐにトラムに来てもらおうと考えた。
「ひ、ひとりは、イヤ……」
「お嬢様、あたしがいたら大丈夫と言いたいですけど、相手は正体不明の男なんです。女ふたりじゃあダメです」
フェルミは、こんな夜の、男が襲ってくるかもしれない時に、絶対ひとりにはなりたくなかった。だが、ファーリとしては、一刻も早く、ぜん息力でトラムを呼びに行きたい。
「……じゃあ、私も一緒に行く」
「お嬢様も?」
「ええ。ファーリだって、ひとりで歩くのは危ないかもしれないわ。わ、私も行くから」
フェルミは、何か武器になるのもをと、部屋にあったアイロンごてを持った。絶対についていく気満々で、ファーリの側から離れようとしない。
実は、フェルミも彼女と同様に、ひとりになるのは怖かった。ファーリも、なにか使えそうなものがないか辺りを見渡し、モップを手に持つ。
ふたりは、励まし合いながら、まだ執務室で仕事をしているトラムのもとに急いだのであった。
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