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フェルミが中級の護衛を選ぶと、受付の男はうんうん頷いた。フェルミを見てにかっと笑う。やたらと白い歯が、きらりと輝いていて眩しい。
「それでいいと思う。訳も分からず、無理をして上級の護衛を選んでも、それほど大差はないからな。ははは」
「それほど変わらないのに、どうしてランク付けしているんですか?」
「基本的に、お嬢さんのように、他国に行くまでの念のための護衛という危険な目に遭いづらいルートなら、下級でも十分なんだ。だから、中くらいが無難なのは無難なのさ。ただ、実力が変わるのは勿論だが、モラルの問題はランクにかかわらず、個々の問題だ。勿論、リスクが高ければ、無理しても上級の護衛を雇った方がいいけどな」
「そうなんですね」
男の説明を受けて、フェルミはそういうものかと素直に納得した。そこに、御者の男が横やりを入れる。
「だったら、最初から中級の護衛を薦めておけよ」
「それじゃあ、問題が起こったときに俺の責任が問われるからな。あくまでも選ぶのはお嬢さんってわけ」
「なんだよ、そりゃ」
御者の男がぶちぶち言うのをよそに、受付の男はどこかに連絡をした。丸い水晶に、さかさまに誰かが映っている。正面は受付の男の方に向いていて、フェルミからは顔が見えないが、映像の人物は真っ黒の髪をしていた。
(黒い髪は、闇の国の人に多いって書いていたわ。この人は、闇の国の人なのかしら?)
港町に入ると、本当に様々な髪や瞳の色の人々が、活気に満ちあふれて働いていた。ここにくるだけでも、フェルミの世界はずいぶん広がった。これから、途方もない広大な海を越えて火の国にいくのだ。これから、どれほどの広い世界が待っているのかと思うと、ほんの少しの怖さと、ドキドキするような期待感で胸が膨らむ。
「お嬢さん、ちょうど良い人材がいるってよ。本来なら上級なんだが、帰国のついでだから引き受けてくれるだとさ。ラッキーだったな」
「え、本当ですか?」
「おー、上級レベルの護衛が中級のお金でやってくれるなんて、滅多にないぞ。ここが紹介する人材に間違いはないし、良かったなあ」
「おじさま、本当にありがとうございました。私ひとりなら、港に来てから途方に暮れていたと思います」
「いいっていいって。じゃあ、おいちゃんは行くから。お嬢さん、達者でな」
「はい!」
御者の男と別れて、受付の男と二階に上がる。互いに自己紹介や仕事内容の確認をした。フェルミがトラムから持たされた身分証明などを見せていると、扉がノックされた。
入ってきたのは、背の高い女性だった。すらりとして、何やら書類を持っている。彼女が護衛だろうかとフェルミは首を傾げた。護衛にしては、フェルミよりはしっかりしているが、その体つきが華奢だ。事務仕事をしているといったほうが似合うだろう。
「あれ? 護衛は?」
「それが、急遽仕事が出来たと行ってしまって。出航するまでには間に合わせるから、手続きをしてほしいと……」
「なんだそりゃ。顔合わせもしないのに、契約を決めてしまっていいのかよ」
入ってきた女性は、思った通り受付事務員だったようだ。受付の男は、はあっとため息をついて天井を睨んだ。女性から書類を受け取りざっくり目を通す。
「聞いた時は半信半疑だったんだが、どうやら本物のようだな」
「はい。ご本人から、身分証明のバッチも確認させていただいております。模造品ではありませんでしたので、間違いはないかと」
「鑑定士の君の目で確かめたのなら信じるよ。フェルミさん、申し訳ない。本来なら、互いに紹介しあって、条件などを合意したうえで、互いに条件を守り危害を与えないという魔法契約をしてもらうんだが……その、流石に、会った事もない人物との契約はしない、ですよねぇ?」
フェルミは、こういう時にどうするのが正解なのかがさっぱりわからない。やはり、ファーリについて来てもらった方が良かったと、早速後悔してしまう。かといって、現実は自分ひとり。何もかも自分ひとりで決めなけらばならない。
おろおろしていてもどうしようもない。深呼吸を軽くして、差し出されたお茶を飲んでも、底冷えするような緊張と焦燥が軽減することはなかった。
トラムから持たされた船のチケットは、今日の夕方出航の便の二枚だ。それに乗らなければ、次のチケットの予約は来月になる。近いうちに、子爵家から探し出されかねないため、悠長にこの国にいるわけにはいかなかった。
「もしも、護衛を別の方にして欲しいと言ったら、どうなるのでしょうか?」
「別の中級の護衛を探すことになる。恐らくはいると思うが、正直、これほどの好条件の人物はいないな」
「ここで契約をして船に乗った後、その方が必ず船に来る保証はあるのでしょうか? 来なければ、私はお金だけ支払って、ひとりで海を越えなくてはならないのですよね?」
「来るとは思うが……。彼の本業を考えると、100%来るとは言えない。もしも、契約がなされなければ、契約金の全額は、相手の過失によるものだから返金される」
「御者のおじさまから、今は海も安定している時期だから、フレイム国までの船旅自体はほとんど安全だそうですが、乗っている人たちに警戒したほうがいいと聞いていますし……」
新しい護衛を紹介してもらったほうがいいかと考えていると、事務員がフェルミに書類を差し出した。
「少々よろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう?」
「その書類にあるように、信頼できる方です。王侯貴族の側にいてもおかしくはない人物ですから、普段はこのような護衛などなさらないかと。職業柄も、性格も彼ほどフェルミさんに安全な航海を提供してくれる方はおりません。仕事に関しても、無理な約束はなさらないと有名ですし、彼は必ず出航に間に合うでしょう」
「あの、そのような方が、どうしてこの仕事を?」
「それは、帰国のついでだとしか聞いておりませんので、本当に、フェルミさんはラッキーなんだと思いますよ?」
結局、別の護衛の身上が彼と同等以上の者はひとりもいないと言われ、フェルミは、見てもいない、来るかどうかもわからない男との契約書にサインをしてしまったのである。
「それでいいと思う。訳も分からず、無理をして上級の護衛を選んでも、それほど大差はないからな。ははは」
「それほど変わらないのに、どうしてランク付けしているんですか?」
「基本的に、お嬢さんのように、他国に行くまでの念のための護衛という危険な目に遭いづらいルートなら、下級でも十分なんだ。だから、中くらいが無難なのは無難なのさ。ただ、実力が変わるのは勿論だが、モラルの問題はランクにかかわらず、個々の問題だ。勿論、リスクが高ければ、無理しても上級の護衛を雇った方がいいけどな」
「そうなんですね」
男の説明を受けて、フェルミはそういうものかと素直に納得した。そこに、御者の男が横やりを入れる。
「だったら、最初から中級の護衛を薦めておけよ」
「それじゃあ、問題が起こったときに俺の責任が問われるからな。あくまでも選ぶのはお嬢さんってわけ」
「なんだよ、そりゃ」
御者の男がぶちぶち言うのをよそに、受付の男はどこかに連絡をした。丸い水晶に、さかさまに誰かが映っている。正面は受付の男の方に向いていて、フェルミからは顔が見えないが、映像の人物は真っ黒の髪をしていた。
(黒い髪は、闇の国の人に多いって書いていたわ。この人は、闇の国の人なのかしら?)
港町に入ると、本当に様々な髪や瞳の色の人々が、活気に満ちあふれて働いていた。ここにくるだけでも、フェルミの世界はずいぶん広がった。これから、途方もない広大な海を越えて火の国にいくのだ。これから、どれほどの広い世界が待っているのかと思うと、ほんの少しの怖さと、ドキドキするような期待感で胸が膨らむ。
「お嬢さん、ちょうど良い人材がいるってよ。本来なら上級なんだが、帰国のついでだから引き受けてくれるだとさ。ラッキーだったな」
「え、本当ですか?」
「おー、上級レベルの護衛が中級のお金でやってくれるなんて、滅多にないぞ。ここが紹介する人材に間違いはないし、良かったなあ」
「おじさま、本当にありがとうございました。私ひとりなら、港に来てから途方に暮れていたと思います」
「いいっていいって。じゃあ、おいちゃんは行くから。お嬢さん、達者でな」
「はい!」
御者の男と別れて、受付の男と二階に上がる。互いに自己紹介や仕事内容の確認をした。フェルミがトラムから持たされた身分証明などを見せていると、扉がノックされた。
入ってきたのは、背の高い女性だった。すらりとして、何やら書類を持っている。彼女が護衛だろうかとフェルミは首を傾げた。護衛にしては、フェルミよりはしっかりしているが、その体つきが華奢だ。事務仕事をしているといったほうが似合うだろう。
「あれ? 護衛は?」
「それが、急遽仕事が出来たと行ってしまって。出航するまでには間に合わせるから、手続きをしてほしいと……」
「なんだそりゃ。顔合わせもしないのに、契約を決めてしまっていいのかよ」
入ってきた女性は、思った通り受付事務員だったようだ。受付の男は、はあっとため息をついて天井を睨んだ。女性から書類を受け取りざっくり目を通す。
「聞いた時は半信半疑だったんだが、どうやら本物のようだな」
「はい。ご本人から、身分証明のバッチも確認させていただいております。模造品ではありませんでしたので、間違いはないかと」
「鑑定士の君の目で確かめたのなら信じるよ。フェルミさん、申し訳ない。本来なら、互いに紹介しあって、条件などを合意したうえで、互いに条件を守り危害を与えないという魔法契約をしてもらうんだが……その、流石に、会った事もない人物との契約はしない、ですよねぇ?」
フェルミは、こういう時にどうするのが正解なのかがさっぱりわからない。やはり、ファーリについて来てもらった方が良かったと、早速後悔してしまう。かといって、現実は自分ひとり。何もかも自分ひとりで決めなけらばならない。
おろおろしていてもどうしようもない。深呼吸を軽くして、差し出されたお茶を飲んでも、底冷えするような緊張と焦燥が軽減することはなかった。
トラムから持たされた船のチケットは、今日の夕方出航の便の二枚だ。それに乗らなければ、次のチケットの予約は来月になる。近いうちに、子爵家から探し出されかねないため、悠長にこの国にいるわけにはいかなかった。
「もしも、護衛を別の方にして欲しいと言ったら、どうなるのでしょうか?」
「別の中級の護衛を探すことになる。恐らくはいると思うが、正直、これほどの好条件の人物はいないな」
「ここで契約をして船に乗った後、その方が必ず船に来る保証はあるのでしょうか? 来なければ、私はお金だけ支払って、ひとりで海を越えなくてはならないのですよね?」
「来るとは思うが……。彼の本業を考えると、100%来るとは言えない。もしも、契約がなされなければ、契約金の全額は、相手の過失によるものだから返金される」
「御者のおじさまから、今は海も安定している時期だから、フレイム国までの船旅自体はほとんど安全だそうですが、乗っている人たちに警戒したほうがいいと聞いていますし……」
新しい護衛を紹介してもらったほうがいいかと考えていると、事務員がフェルミに書類を差し出した。
「少々よろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう?」
「その書類にあるように、信頼できる方です。王侯貴族の側にいてもおかしくはない人物ですから、普段はこのような護衛などなさらないかと。職業柄も、性格も彼ほどフェルミさんに安全な航海を提供してくれる方はおりません。仕事に関しても、無理な約束はなさらないと有名ですし、彼は必ず出航に間に合うでしょう」
「あの、そのような方が、どうしてこの仕事を?」
「それは、帰国のついでだとしか聞いておりませんので、本当に、フェルミさんはラッキーなんだと思いますよ?」
結局、別の護衛の身上が彼と同等以上の者はひとりもいないと言われ、フェルミは、見てもいない、来るかどうかもわからない男との契約書にサインをしてしまったのである。
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