完結(R18)赤い手の嫌われ子爵夫人は、隣国の騎士に甘すぎる果実を食べさせられる

にじくす まさしよ

文字の大きさ
84 / 84

78

しおりを挟む
 シルバーバレットに向かうカインの腕には、女の子がまん丸の目と富士山のような小さな口をまあるく開けて見上げている。
 隣にいるフェルミの右手には、小さな紳士の左手が握られていた。

「まずは、フレイムこくにいくんだよね?」
「ええ、そうよ。お母様が若い頃、とっても親切にしてくださった人たちが、アネトたちに早く会いたいって」
「とうしゃまの、おにじょーしも?」
「おにじょうしも?」
「鬼上司だなんて。あなたったら、アネトとビオになんていう言葉を教えたの!」
「いや、それは、だな。おに、おにい上司だ。あにのようにっていう意味だから」
「そんな言葉、どこの国にもありません。ふたりとも、そんな言葉は忘れてちょうだいね」
「はーい」
「はい!」
「よく出来ました」

 小さな手が空に向かって真っ直ぐに伸びる。笑いながら、真剣に手を挙げるふたりの頭を撫でた。

 フェルミはそんな彼らを見て、とても幸せだと笑う。

「グリーン国に来てから、ずいぶん経ったな」
「ええ。長いようで短かった気がするわ」

 フェルミは最後の任期を終えたあと、ゲブリオ公爵邸で過ごした。すでに、研究は終わっていて、彼女の出番は、枯らす依頼が時々ある程度でほとんどない。
 各国の護衛騎士は帰国しており、彼女の側にいるのはカインただひとりになっていた。

 宙ぶらりんになったフェルミは、当初はカインと共に世界中を旅しようと思っていた。だが、寂しがっていた公爵が、こぶカインつきでもいいからと、新婚夫婦の部屋を準備していてくれたのである。

 公爵が、気弱な老人のふりをする芝居に、フェルミはまんまとひっかかった。
 カインは苦笑しながら、彼女が公爵邸に留まるのならと、フレイム国の騎士である彼は、このまま彼女と一緒にいるために騎士をやめようとした。
 ところが、フレイム国の若き国王から騎士としての立場はそのままに、もう保護する必要がほとんどなくなったというのに、フェルミの永年護衛騎士としての任務を与えられた。
 それは、カインを他国で自由にするわけにはいかないのと、ゲブリオ公爵の孫娘の願いを聞き入れた結果だという。

 やっと始まった新婚生活は、寂しかった公爵邸に光を灯した。公爵だけでなく、使用人たちも笑顔になった。無事にふたりの子にも恵まれ、公爵邸の皆と一緒に賑やかな毎日を過ごす。

 そんな彼らに、フレイム国にように連絡があった。
 フレイム国王の代が変わり、三周年の祝賀が開かれる。未だ、フェルミの保護者であると公言している聖女がフレイム国にこられる予定に合わせて行くことになった。 

「おかあさま、さきにいっていい?」
「いいけれど、必ず、」
「おとうさまの目にとまるように、でしょ」
「ええ、そうよ。お父様さえいれば、何が起こっても必ず守ってくださるから」
「わかってますってー」

 小さな紳士が、フェルミの右手からするりと逃れて駆けていく。

「あ、おにいしゃま、まってぇ。あたちもいくぅ。おとうしゃま、おろちて」
「ビオはまだ小さいからダメ」
「ビオ、タラップは揺れるし、海というのはとても偉大で美しいけれど、とても恐ろしいものでもあるのよ。陸に近いここでも、落ちたら大変なの」
「ぷぅ。おにいしゃまばっかり、ずるーい」
「お利口さんには、お父様が肩車してあげようかな」
「ほんとに? じゃあ、おりこうさんになる」

 ビオは、背の高いカインに肩車をされて瞬く間にご機嫌になった。ゆっくり甲板に向かう。

 シルバーバレットの船員に、見知った顔があるたびに、ビオは教えてもらった敬礼をする。
 角度も顔に当てる指先の位置も目茶苦茶だが、船員たちは笑って返礼してくれた。

「みんなおそーい! もうすぐしゅっこうだって!」
「アネトがとっても速いのよ。お母様は、お船が揺れて、少し怖いわ。どうしましょう……。どなたか、エスコートをしてくださる素敵な紳士おられないかしら?」
「おとうさまは、ビオを肩車しちゃってるもんね。しょうがないなあ。ほら、おかあさま、てをだして」

 アネトが、カインを真似て手を差し出す。フェルミは小さな紳士のエスコートで、無事に甲板に上がることが出来た。

「ねね、おとうさまがおかあさまと、うんめいのであいをはたしたのも、このおふねなんだよね?」

 高い甲板から、はるか下のグリーン国の大地を見下ろしながら、アネトはカインに問いかけた。もうすでに、何百、何千回と聞いただろう、両親の出会いから始まる冒険譚をせがむ。

「そうだよ。あの頃、密命を受けてグリーン国に来ていたんだ。お父様が仕事のせいで遅れてしまってね」
「おかあしゃまはやさしいから、ちこくしたおとうしゃまを、ゆるしたんだよね」
「ああ、そうだ。それから、ふたりでお酒を飲んで、とってもいい雰囲気になって……」

 カインは、眩しそうに目を細めてフェルミを見た。話しを続けていると、事実よりも誇張されたり脚色されていく。

「おしゃけによって、おとうしゃまと、おててをつないだのよね。で、あちゅいハグもしちゃったのよね」
「ちがうよー、おかあさまが、おとうさまにうっとりして、ちゅーしちゃったんだよ」
「そんなこと、してないような……」

 カインの話では、出会ってすぐに恋に落ちたことになっている。両片想いのふたりは、なかなか言い出せず、様々な困難を乗り越えた末に互いの気持ちを伝えあった……らしい。

「カイン、色々違うと思うんだけど」
「いいや、確かに、フェルはあの頃から……」

 フェルミは、かなり長い間、彼のことを尊敬する騎士としてしか認識していなかった。だが、それを言うと、子供たちだけでなく、カインまで気落ちするに違いない。
 釈然としない気持ちのまま、カインの話を聞いていた。

 シルバーバレットが、出航の汽笛を鳴らす。いよいよ、フレイム国に行く時間だ。

船首が完全にグリーン国からそっぽを向いた。船が白波をたてて、ぐんぐん走り出す。故郷が見る間に小さくなった。

「あ、かもめー」
「かもめー」
「あれは、うみねこよ」
「うみねこ」
「うみねこー」

 白い鳥が、船を追いかけて来る。暫く並走していたが、彼らもまたどこかに旅立って行くようだ。

 フェルミにとっては三度目の、子供たちにとっては初めての航海の先に、何が待っているのだろうか。心が踊り、期待で胸がいっぱいになる。

 だが、どんな時、どのような場所にいても、カインや子供たちと一緒なら、どこまでも行けるだろう。




(R18)赤い手の嫌われ子爵夫人は、隣国の騎士に甘すぎる果実を食べさせられる──完


 



 

 

 



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

処理中です...