3 / 23
理想の働き方、理想の人間関係
しおりを挟む
「でもまあ、他の皆のように、清玖だって仕事をやめていいんじゃないの? 今時はいつ会社がつぶれたりリストラされたりするかもしれないし。しばらくの間、休憩してみても」
母の言葉に、私は顔をあげる。がまんして会社に行けと言われるとばかり思っていた。知らず、目から涙がどばどば流れていて、震える唇から変なくぐもった音が漏れた。
「で、でも。わ、わたじぃ、しごっ、しごとっはっ、だっれ、ずぐ、やめちゃっだらダメっだしっ……」
「理想の働き方は、理想の働き方。理想の自己啓発だってそう。理想の人間関係を100%達成している人間なんて、ほとんどいないんじゃない? 人それぞれでいいじゃない。仕事をやめたからって、人生終わるわけでも、清玖がダメ人間になるわけでもないわ。仕事をどうするのかは、清玖がいろいろ考えて自分に合うものを探せばいいんじゃない?」
「ごめ、ごめっなざっ、せっがぐ、ぅ……だいが、く、いかせて、もらっ、……しゃか、じ……なっで、おがっ、おがぁさあん……」
「謝るようなことじゃないわ。謝らなくていいから。ほら、鼻水出てるし。ティッシュで拭いて。今まで頑張ってきたじゃない。このまま頑張りすぎて、清玖が壊れちゃうよりいいと思うわ。大学に行ったことはね、いつか無駄じゃなかったって思えたらいい。そんなもんよ。ただし、期限を決めないのはよくないわ。そうね、1年と半年くらいはがんばったから、その倍の3年くらいの間に、次の目標や本当にしたかったことを見つけたらどうかな? お母さんの友達は、45歳で主婦から看護師になったのよ? 生きてるかぎり、いくらでもやり直せるんだから!」
あまりハグとかしない母が、めずらしく頭をなでながら、よくがんばったね、よく話してくれたねってつきそってくれた。ものごころついてからは、こんな風に母に甘えたことがない。どうせわかってくれないって思いこまずに、もっと早くにうちあければよかったと思う。
なんなら、友達のつてで、良いカウンセリングとか行くかと提案されたが、それは本当に自分がダメ人間になったみたいに思えて断った。
帰ってきた父に母が伝えてくれたのか、父は、退職願の書き方や色んな注意事項ややめてからどうすればいいのかを教えてくれた。
涙と両親の言葉と気持ちが、私のごつごつした岩山のような心を削ってくれたみたいで、次の日に退職願を提出する時には、上司の顔を正面から見ることができた。
どんなことを言われるのだろうかと、胸がバクバクしていたけれど、案外あっさりしたものだ。ながーいため息は吐かれたけれど、私がいなくなってせいせいするのかなと思った。
「瀬津知さん、今更だけど、きつく言ってごめんなさい。人手が足らないから早く一人前にしなきゃって、私も気負いすぎて、あなた自身を見ようとしなかったわ」
「え?」
「これでも、普通の気持ちは持ってるつもりよ。ただ、世代が違いすぎて、あなたならもっと出来るのにって、自分自身でどう引っ張っていってあげたらわからなくて……ほんと、今更よね。あなたがここまで追い詰められてしまう前に、もっと話をお互いにしておけば良かったと思う。あのね、私に言われても鬱陶しいし嫌だろうけど、あなたに合う職場が早く見つかるといいわね」
思いがけない彼女の言葉に、私は驚きの表情を隠せなかった。
そういえば、こうなって初めて思い返せば、彼女は、「大丈夫?」「わからなかったら聞いてね」「あのやり方だとあなたはやりづらそうだから、前に教えた方法じゃなくて今度はこっちでやってみたら?」と、彼女なりに時々声をかけてくれていた。
手作りのマフィンや、アメやカフェラテなども、叱られたあとや、ヘマをした時にくれたこともある。彼女自身は糖尿だから、甘いものはNGなのに。
「私のほうこそ、お気遣いをたくさんいただいていたのに、ご期待に応えられずすみませんでした」
ほんの少しだけど、彼女の思いがけない面を知って、やっぱりもう少し踏ん張れば良かったかもなんて思ってしまう。彼女だって、私と同じ人間で、ずるい面もあるけど、私のことを色々考えてくれていた。今からだったら、会社で、これまでとは違う日常を送れるんじゃないかって。
でも、彼女の言うように今更だ。
私と彼女の相性が悪すぎたのかもしれない。私も成長しないと、今後も繰り返すだろうから、私こそもっと話しかけないといけないと思う。
あとは、淡々と、残務処理や手続きをして、既定の日数をこなした。私から言わなくても、きちんと有休も全て使わせてもらえた。
仕事を辞めてから、友人に言えなかったことなどを伝えると、もっと早く相談してくれたらって泣いて怒られた。その週の土曜日にその子ががすっ飛んできて、抱き着いてきたのはびっくりした。いつもクールで、どことなく一線をひくような子だったから特に。
彼女は、亡くなったお母さんのかわりに、働きながら家事をして、まだ中学の弟くんの面倒を見ている。私とはくらべものにならないくらい、頑張り屋さんなのだ。だからこそ、余計に私のこんなことで面倒をかけたくなかった。
「毎日ゲームで一緒に遊んでいたのに、気づかなくてごめんね」
その子はなんにも悪くなのに、わんわん泣いて謝り続けてくれた。
辛かった当時は、世界に私ひとりぼっちな気がしていたんだけれど、私には両親だけでなく、こんなにも素晴らしい友人がいてくれたんだと、こうなってみて初めてわかり、感謝の気持ちで胸が熱くなった。
母の言葉に、私は顔をあげる。がまんして会社に行けと言われるとばかり思っていた。知らず、目から涙がどばどば流れていて、震える唇から変なくぐもった音が漏れた。
「で、でも。わ、わたじぃ、しごっ、しごとっはっ、だっれ、ずぐ、やめちゃっだらダメっだしっ……」
「理想の働き方は、理想の働き方。理想の自己啓発だってそう。理想の人間関係を100%達成している人間なんて、ほとんどいないんじゃない? 人それぞれでいいじゃない。仕事をやめたからって、人生終わるわけでも、清玖がダメ人間になるわけでもないわ。仕事をどうするのかは、清玖がいろいろ考えて自分に合うものを探せばいいんじゃない?」
「ごめ、ごめっなざっ、せっがぐ、ぅ……だいが、く、いかせて、もらっ、……しゃか、じ……なっで、おがっ、おがぁさあん……」
「謝るようなことじゃないわ。謝らなくていいから。ほら、鼻水出てるし。ティッシュで拭いて。今まで頑張ってきたじゃない。このまま頑張りすぎて、清玖が壊れちゃうよりいいと思うわ。大学に行ったことはね、いつか無駄じゃなかったって思えたらいい。そんなもんよ。ただし、期限を決めないのはよくないわ。そうね、1年と半年くらいはがんばったから、その倍の3年くらいの間に、次の目標や本当にしたかったことを見つけたらどうかな? お母さんの友達は、45歳で主婦から看護師になったのよ? 生きてるかぎり、いくらでもやり直せるんだから!」
あまりハグとかしない母が、めずらしく頭をなでながら、よくがんばったね、よく話してくれたねってつきそってくれた。ものごころついてからは、こんな風に母に甘えたことがない。どうせわかってくれないって思いこまずに、もっと早くにうちあければよかったと思う。
なんなら、友達のつてで、良いカウンセリングとか行くかと提案されたが、それは本当に自分がダメ人間になったみたいに思えて断った。
帰ってきた父に母が伝えてくれたのか、父は、退職願の書き方や色んな注意事項ややめてからどうすればいいのかを教えてくれた。
涙と両親の言葉と気持ちが、私のごつごつした岩山のような心を削ってくれたみたいで、次の日に退職願を提出する時には、上司の顔を正面から見ることができた。
どんなことを言われるのだろうかと、胸がバクバクしていたけれど、案外あっさりしたものだ。ながーいため息は吐かれたけれど、私がいなくなってせいせいするのかなと思った。
「瀬津知さん、今更だけど、きつく言ってごめんなさい。人手が足らないから早く一人前にしなきゃって、私も気負いすぎて、あなた自身を見ようとしなかったわ」
「え?」
「これでも、普通の気持ちは持ってるつもりよ。ただ、世代が違いすぎて、あなたならもっと出来るのにって、自分自身でどう引っ張っていってあげたらわからなくて……ほんと、今更よね。あなたがここまで追い詰められてしまう前に、もっと話をお互いにしておけば良かったと思う。あのね、私に言われても鬱陶しいし嫌だろうけど、あなたに合う職場が早く見つかるといいわね」
思いがけない彼女の言葉に、私は驚きの表情を隠せなかった。
そういえば、こうなって初めて思い返せば、彼女は、「大丈夫?」「わからなかったら聞いてね」「あのやり方だとあなたはやりづらそうだから、前に教えた方法じゃなくて今度はこっちでやってみたら?」と、彼女なりに時々声をかけてくれていた。
手作りのマフィンや、アメやカフェラテなども、叱られたあとや、ヘマをした時にくれたこともある。彼女自身は糖尿だから、甘いものはNGなのに。
「私のほうこそ、お気遣いをたくさんいただいていたのに、ご期待に応えられずすみませんでした」
ほんの少しだけど、彼女の思いがけない面を知って、やっぱりもう少し踏ん張れば良かったかもなんて思ってしまう。彼女だって、私と同じ人間で、ずるい面もあるけど、私のことを色々考えてくれていた。今からだったら、会社で、これまでとは違う日常を送れるんじゃないかって。
でも、彼女の言うように今更だ。
私と彼女の相性が悪すぎたのかもしれない。私も成長しないと、今後も繰り返すだろうから、私こそもっと話しかけないといけないと思う。
あとは、淡々と、残務処理や手続きをして、既定の日数をこなした。私から言わなくても、きちんと有休も全て使わせてもらえた。
仕事を辞めてから、友人に言えなかったことなどを伝えると、もっと早く相談してくれたらって泣いて怒られた。その週の土曜日にその子ががすっ飛んできて、抱き着いてきたのはびっくりした。いつもクールで、どことなく一線をひくような子だったから特に。
彼女は、亡くなったお母さんのかわりに、働きながら家事をして、まだ中学の弟くんの面倒を見ている。私とはくらべものにならないくらい、頑張り屋さんなのだ。だからこそ、余計に私のこんなことで面倒をかけたくなかった。
「毎日ゲームで一緒に遊んでいたのに、気づかなくてごめんね」
その子はなんにも悪くなのに、わんわん泣いて謝り続けてくれた。
辛かった当時は、世界に私ひとりぼっちな気がしていたんだけれど、私には両親だけでなく、こんなにも素晴らしい友人がいてくれたんだと、こうなってみて初めてわかり、感謝の気持ちで胸が熱くなった。
114
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる