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30枚ある。これをやるから、今すぐここから出ていけ
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いつになく心臓が不快な鼓動を奏でる。手足が冷えて、こんな時なのに、お腹もぎゅるぎゅるしてトイレに行きたくなった。
「……清玖、お父さんはもう怒ったぞ」
「なによ。お、怒ったから追い出すの? お荷物だもんね。いいわよ、追い出してみれば?」
父の怒りがひしひしと伝わる。なんだかんだで、私と短詩には甘い父で怒られた記憶なんてこれっぽっちもない。だから、余裕が少しあったのだ。このご時世、女の子を放り出すなんて色んな意味で有り得ない。
絶対に、追い出されるはずなんてない、と。
「ああ、そこまで言うなら、望み通り追い出してやろう」
だけど、私のそんな甘い考えを、ほかならぬ父がぶった切った。まさか、売り言葉に買い言葉よねと、まだ余裕ぶっていたけど、初めて見る父に、心と連動したかのように、背筋が、体中が、凍り付いてしまう。
「あなた、ちょっと落ち着いて」
ああ、そうだ。私にはお母さんがいた。そもそも、お母さんが休んだらいいと言ってくれたんだ。だから、ちょっとくらい期限が過ぎても、これからまた頑張れば許してもらえる。
母の救済の欠片に、私は母にすがるような、祈るような気持ちで顔をあげた。
「俺たちが、いつまでも甘やかすから、この子はいつまでたっても部屋から出ないんだ。いいか、清玖。犯罪も多いし、お前は女の子だから心配で、ここにいさせてやったが……」
そうだ。だから、追い出すなんて嘘だと、冗談だと言ってと切に願う。だって、父は母には激アマなんだから。おじさんおばさんなのに、私たちの前でも20代かよとうんざりするほどいちゃいちゃしている。そんな父が、母のお願いを却下するなんて今までなかったんだから。
そう思ったのも束の間で、父が、ポケットから財布を出し、一万円札を何枚か渡してきた。しかも乱暴な手つきで裸のまま。一番上に見えたのが、おもちゃのような新紙幣なのが、さらに私に、父の考えが強固なものだと知らしめているかのようだ。
「30枚ある。これをやるから、今すぐここから出ていけ」
私は、その30万をぼうっと手に持った。
父が、右手でドアを指している。小さな頃、大阪のテーマパークで見たモンスターが歌っていたここから出ていけの音共に指をさした、お化けの花嫁のように。(※1)
「お父さん、なんの準備もなしに清玖を追い出すなんて。せめて、住む場所くらいは準備してあげてからでも……」
母の言葉を聞いて、頭ががつんと叩かれたようだ。住む場所を準備してくれるということは、母も、私をこの家から追い出すのか。
私は、やっぱり家族にも見放されてしまうようなダメ人間なのだ。はは、と乾いた笑いがでそうになるが、口の中が乾燥しきって舌が一ミリも動かない。
「約束を破って、お父さんやお母さんの上にあぐらをかき続けるような子は、うちの子じゃない。いいか、清玖。渡した金の半分以下で暮らしている同年代の子も、お前よりもずっと年下の子だっている。頑張れば2ヶ月は過ごせるだろう。さあ、何をしている。出ていけ!」
単なる脅しではなかった。その証拠に、腕をぐっとひっぱられる。握られた手首と肩が痛いがそれを感じたのかどうかすらわからないほどパニックになった。
体が急にパソコンデスクから離れたから、ヘッドホンがはじけ飛んだ。本体につけていたコードがひっぱられて、高かったゲーミングパソコンの本体が、モニターや付属品と共に勢いよく倒れて落下する。
バランスをくずしながら玄関に向かう父の跡を追う。掴まれた手首を覆うその手を、私を地獄に放り込もうとする父から離れるために足掻くことすらせずに。
「いいか? きちんと収入を定期的に得られるようになるまで戻ってくるな!」
「そんな、お父さん! 清玖、ほら、あんたもすぐに働くって約束しなさいっ!」
「ちょ、お父さん、ちょ、いくらなんでもやりすぎじゃ。夜も遅いし、危ないじゃん。お姉ちゃんだって考える時間がちょっとはないと」
「お母さんも、短詩も黙ってなさい。明日になれば、ずっとそう思って見守ってきた。この子には劇薬が必要なんだ!」
油圧式の玄関のドアがゆっくり閉まっていく。私は、そのドアをこじ開けて入りたかったけれど、体が動かなかった。
「おとう、さん。おとうさんっ! ごめんなさい。私、働くから、はたらくから。家に入れてよ!」
私は、こうなってやっと言葉が出るようになった。
必死にドアをどんどん叩いて、父に謝罪を繰り返して彼の慈悲に訴えかける声。でも、無常にもドアの上下についた鍵が、上から順番にがちゃり、がちゃりと勢いよく閉まった。
※1
Gloria GaynorのI Will Survive。ご存じでしょうか。大昔?ですが今も人気の名曲です。ユニモンでフランケンシュタインの花嫁が歌っているものもたくさんご覧いただけますので、ご興味のあるかたは検索してみてくださいませ。
「……清玖、お父さんはもう怒ったぞ」
「なによ。お、怒ったから追い出すの? お荷物だもんね。いいわよ、追い出してみれば?」
父の怒りがひしひしと伝わる。なんだかんだで、私と短詩には甘い父で怒られた記憶なんてこれっぽっちもない。だから、余裕が少しあったのだ。このご時世、女の子を放り出すなんて色んな意味で有り得ない。
絶対に、追い出されるはずなんてない、と。
「ああ、そこまで言うなら、望み通り追い出してやろう」
だけど、私のそんな甘い考えを、ほかならぬ父がぶった切った。まさか、売り言葉に買い言葉よねと、まだ余裕ぶっていたけど、初めて見る父に、心と連動したかのように、背筋が、体中が、凍り付いてしまう。
「あなた、ちょっと落ち着いて」
ああ、そうだ。私にはお母さんがいた。そもそも、お母さんが休んだらいいと言ってくれたんだ。だから、ちょっとくらい期限が過ぎても、これからまた頑張れば許してもらえる。
母の救済の欠片に、私は母にすがるような、祈るような気持ちで顔をあげた。
「俺たちが、いつまでも甘やかすから、この子はいつまでたっても部屋から出ないんだ。いいか、清玖。犯罪も多いし、お前は女の子だから心配で、ここにいさせてやったが……」
そうだ。だから、追い出すなんて嘘だと、冗談だと言ってと切に願う。だって、父は母には激アマなんだから。おじさんおばさんなのに、私たちの前でも20代かよとうんざりするほどいちゃいちゃしている。そんな父が、母のお願いを却下するなんて今までなかったんだから。
そう思ったのも束の間で、父が、ポケットから財布を出し、一万円札を何枚か渡してきた。しかも乱暴な手つきで裸のまま。一番上に見えたのが、おもちゃのような新紙幣なのが、さらに私に、父の考えが強固なものだと知らしめているかのようだ。
「30枚ある。これをやるから、今すぐここから出ていけ」
私は、その30万をぼうっと手に持った。
父が、右手でドアを指している。小さな頃、大阪のテーマパークで見たモンスターが歌っていたここから出ていけの音共に指をさした、お化けの花嫁のように。(※1)
「お父さん、なんの準備もなしに清玖を追い出すなんて。せめて、住む場所くらいは準備してあげてからでも……」
母の言葉を聞いて、頭ががつんと叩かれたようだ。住む場所を準備してくれるということは、母も、私をこの家から追い出すのか。
私は、やっぱり家族にも見放されてしまうようなダメ人間なのだ。はは、と乾いた笑いがでそうになるが、口の中が乾燥しきって舌が一ミリも動かない。
「約束を破って、お父さんやお母さんの上にあぐらをかき続けるような子は、うちの子じゃない。いいか、清玖。渡した金の半分以下で暮らしている同年代の子も、お前よりもずっと年下の子だっている。頑張れば2ヶ月は過ごせるだろう。さあ、何をしている。出ていけ!」
単なる脅しではなかった。その証拠に、腕をぐっとひっぱられる。握られた手首と肩が痛いがそれを感じたのかどうかすらわからないほどパニックになった。
体が急にパソコンデスクから離れたから、ヘッドホンがはじけ飛んだ。本体につけていたコードがひっぱられて、高かったゲーミングパソコンの本体が、モニターや付属品と共に勢いよく倒れて落下する。
バランスをくずしながら玄関に向かう父の跡を追う。掴まれた手首を覆うその手を、私を地獄に放り込もうとする父から離れるために足掻くことすらせずに。
「いいか? きちんと収入を定期的に得られるようになるまで戻ってくるな!」
「そんな、お父さん! 清玖、ほら、あんたもすぐに働くって約束しなさいっ!」
「ちょ、お父さん、ちょ、いくらなんでもやりすぎじゃ。夜も遅いし、危ないじゃん。お姉ちゃんだって考える時間がちょっとはないと」
「お母さんも、短詩も黙ってなさい。明日になれば、ずっとそう思って見守ってきた。この子には劇薬が必要なんだ!」
油圧式の玄関のドアがゆっくり閉まっていく。私は、そのドアをこじ開けて入りたかったけれど、体が動かなかった。
「おとう、さん。おとうさんっ! ごめんなさい。私、働くから、はたらくから。家に入れてよ!」
私は、こうなってやっと言葉が出るようになった。
必死にドアをどんどん叩いて、父に謝罪を繰り返して彼の慈悲に訴えかける声。でも、無常にもドアの上下についた鍵が、上から順番にがちゃり、がちゃりと勢いよく閉まった。
※1
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