15 / 58
13歳、初めての戦場にて①
しおりを挟む
サヴァイヴは、閨教育を受けて以降、淫らで汚れた世界とは無縁のイヴォンヌと会うのが辛くなる時があった。相手との想い出が昇華されていくにつれ、自分で慰める時には、あれほど女を知った彼女ではなく、思い浮かべるのがイヴォンヌになりどうした事かと思い悩む。
徐々に、二人はギクシャクしてしまい、自然と会う回数と、会っても一緒にいる時間が減っていった。
救いは、社交界の活動のため、イヴォンヌが半年ほど王都に行く期間がある事だった。まだ正式に婚約していない。
ほっと安堵しつつ、それ以上に寂しい想いも抱えながら、精神的に安定してきたサヴァイヴは、より一層強く、逞しくなっていった。
「ぼっちゃん、やっと邪念が落ちましたね」
「邪念?」
「まあ、色々ごちゃごちゃとした処理できない感情というものでしょうか。煩悩ともいいますね」
キィン、カキンッと、剣が打ち合う音が鳴る。片方の様子は余裕で、もう片方は必死に息を荒げていた。
クロヴィスは、ひょっとしたら可愛いこの弟子が、閨教育の女性の手管と甘い言葉にのめり込み堕ちていったまま戻らないのではと危惧していた。それほど二人の仲は親密に深くなっていたように見えたからである。
勿論、彼女は、サヴァイヴから離されるのを二つ返事で是と応えたわけではない。若すぎるとはいえ一心に慕ってくれる男がいるのだ。しかも、領主の息子であり、愛人の座につけば将来も安泰だろう。
慕う気持ちと打算を同時にできる大人の女性である彼女は、領主の睨みと、謝礼金の上乗せで、サヴァイヴの子を宿していないと確認された後、それほどもめることなくこの地を去って行った。今は、愛する息子をコケにした女に対して、領主が探し出した訳ありの夫とともに遠く離れた土地で暮らしていたそうだ。
「……俺は、父上や皆に随分心配かけていたのですね」
ずっと、彼女と引き離されて寂しく悲しく感じ、そして、性を持て余していた。今は、あれほど夢中になった彼女への気持ちは、うつろう風のような感傷にも似た何か、熱病みたいだと冷静に思える。
クロヴィスは、先日あの女が嫁いだ夫から愛人との密通の罪で処分された報告を受けた。領主が用意したと知られないように婚姻をすすめられ彼女は金のため妻になった。
だが、高齢の夫であの女が満足するわけがない。案の定愛人を複数作った。実は、マッドサイエンティストととある筋では名高い夫の手によって毒や解剖といった実験体にされたという。
「しょうがないですね。人選とタイミングを誤ったのは大人ですから、ぼっちゃんは何も悪くありません。それはそうと、ぼっちゃん、そろそろきちんとしてあげないとヤバいんじゃないですか?」
「え? 何がヤバいんですか?」
「イヴォンヌ嬢との事ですよ。わかってますよね? まだ婚約してない理由も、まだ、彼女と接点が何とかある事も」
「……なんとなく。でも、結婚とかよくわからないんだ。友達はとっくに婚約したとか言ってて、なんだかんだいって幸せそうだなって思うけれど」
「なかなか物語のような恋愛はありませんからね。平民ですらお見合いという政略結婚みたいなもんですよ」
「そうなのですか?」
「まあ、恋愛での結婚もありますがね、たいていは親や親せき、近所の大人が相手を見つけます」
「そんなもんか……」
「ぼっちゃん、隣国との小競り合いが本格化して、イヴォンヌ嬢と会えなくなったらどうします? 婚約していなければ、可愛くて美人になるに違いないし身分も性格もいいんですから、周囲はほうっておかないでしょうね。条件のよい縁談相手は王都には沢山いるでしょう」
「ヴィーが……?」
クロヴィスは、可能性の高い他の男の物になる彼女の未来を説明したが、やはりサヴァイヴは、彼女が自分から離れるなんて思えなかった。
「なるべく、いえ、絶対に、彼女を離したくなければ、次に彼女が帰ってきたら正式にプロポーズでもなさってさっさと繋ぎ止めておいてください。侯爵が反対できないように衆目の中で。そうでなければ、彼女との、いえ、まともな相手との縁談ですらありませんからね?」
「……わかっ、わかりました」
サヴァイヴは、恋が何なのか、どう言うものなのかまだ分からない。だが、ピンとこなくとも、イヴォンヌと夫婦になる事は彼の中であたりまえの将来だ。クロヴィスはが言う通りに、他の男と彼女が一緒になるなんて嫌だと感じて、次に会った時に正式に申し込もうと決意をした。
※※※※
そろそろイヴォンヌが帰って来るだろう冬に差し掛かる直前、牢に連れてこられた。そこには、犯罪をして収容された人々が、暗く、衛生管理を敢えて施されていない、鼻が曲がりそうな汚れた空気とカビが充満しており、野太い声や、細切れのうめき声がそこかしこから聞こえる。
徐々に、二人はギクシャクしてしまい、自然と会う回数と、会っても一緒にいる時間が減っていった。
救いは、社交界の活動のため、イヴォンヌが半年ほど王都に行く期間がある事だった。まだ正式に婚約していない。
ほっと安堵しつつ、それ以上に寂しい想いも抱えながら、精神的に安定してきたサヴァイヴは、より一層強く、逞しくなっていった。
「ぼっちゃん、やっと邪念が落ちましたね」
「邪念?」
「まあ、色々ごちゃごちゃとした処理できない感情というものでしょうか。煩悩ともいいますね」
キィン、カキンッと、剣が打ち合う音が鳴る。片方の様子は余裕で、もう片方は必死に息を荒げていた。
クロヴィスは、ひょっとしたら可愛いこの弟子が、閨教育の女性の手管と甘い言葉にのめり込み堕ちていったまま戻らないのではと危惧していた。それほど二人の仲は親密に深くなっていたように見えたからである。
勿論、彼女は、サヴァイヴから離されるのを二つ返事で是と応えたわけではない。若すぎるとはいえ一心に慕ってくれる男がいるのだ。しかも、領主の息子であり、愛人の座につけば将来も安泰だろう。
慕う気持ちと打算を同時にできる大人の女性である彼女は、領主の睨みと、謝礼金の上乗せで、サヴァイヴの子を宿していないと確認された後、それほどもめることなくこの地を去って行った。今は、愛する息子をコケにした女に対して、領主が探し出した訳ありの夫とともに遠く離れた土地で暮らしていたそうだ。
「……俺は、父上や皆に随分心配かけていたのですね」
ずっと、彼女と引き離されて寂しく悲しく感じ、そして、性を持て余していた。今は、あれほど夢中になった彼女への気持ちは、うつろう風のような感傷にも似た何か、熱病みたいだと冷静に思える。
クロヴィスは、先日あの女が嫁いだ夫から愛人との密通の罪で処分された報告を受けた。領主が用意したと知られないように婚姻をすすめられ彼女は金のため妻になった。
だが、高齢の夫であの女が満足するわけがない。案の定愛人を複数作った。実は、マッドサイエンティストととある筋では名高い夫の手によって毒や解剖といった実験体にされたという。
「しょうがないですね。人選とタイミングを誤ったのは大人ですから、ぼっちゃんは何も悪くありません。それはそうと、ぼっちゃん、そろそろきちんとしてあげないとヤバいんじゃないですか?」
「え? 何がヤバいんですか?」
「イヴォンヌ嬢との事ですよ。わかってますよね? まだ婚約してない理由も、まだ、彼女と接点が何とかある事も」
「……なんとなく。でも、結婚とかよくわからないんだ。友達はとっくに婚約したとか言ってて、なんだかんだいって幸せそうだなって思うけれど」
「なかなか物語のような恋愛はありませんからね。平民ですらお見合いという政略結婚みたいなもんですよ」
「そうなのですか?」
「まあ、恋愛での結婚もありますがね、たいていは親や親せき、近所の大人が相手を見つけます」
「そんなもんか……」
「ぼっちゃん、隣国との小競り合いが本格化して、イヴォンヌ嬢と会えなくなったらどうします? 婚約していなければ、可愛くて美人になるに違いないし身分も性格もいいんですから、周囲はほうっておかないでしょうね。条件のよい縁談相手は王都には沢山いるでしょう」
「ヴィーが……?」
クロヴィスは、可能性の高い他の男の物になる彼女の未来を説明したが、やはりサヴァイヴは、彼女が自分から離れるなんて思えなかった。
「なるべく、いえ、絶対に、彼女を離したくなければ、次に彼女が帰ってきたら正式にプロポーズでもなさってさっさと繋ぎ止めておいてください。侯爵が反対できないように衆目の中で。そうでなければ、彼女との、いえ、まともな相手との縁談ですらありませんからね?」
「……わかっ、わかりました」
サヴァイヴは、恋が何なのか、どう言うものなのかまだ分からない。だが、ピンとこなくとも、イヴォンヌと夫婦になる事は彼の中であたりまえの将来だ。クロヴィスはが言う通りに、他の男と彼女が一緒になるなんて嫌だと感じて、次に会った時に正式に申し込もうと決意をした。
※※※※
そろそろイヴォンヌが帰って来るだろう冬に差し掛かる直前、牢に連れてこられた。そこには、犯罪をして収容された人々が、暗く、衛生管理を敢えて施されていない、鼻が曲がりそうな汚れた空気とカビが充満しており、野太い声や、細切れのうめき声がそこかしこから聞こえる。
0
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる