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13歳、初めての戦場にて①
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サヴァイヴは、閨教育を受けて以降、淫らで汚れた世界とは無縁のイヴォンヌと会うのが辛くなる時があった。相手との想い出が昇華されていくにつれ、自分で慰める時には、あれほど女を知った彼女ではなく、思い浮かべるのがイヴォンヌになりどうした事かと思い悩む。
徐々に、二人はギクシャクしてしまい、自然と会う回数と、会っても一緒にいる時間が減っていった。
救いは、社交界の活動のため、イヴォンヌが半年ほど王都に行く期間がある事だった。まだ正式に婚約していない。
ほっと安堵しつつ、それ以上に寂しい想いも抱えながら、精神的に安定してきたサヴァイヴは、より一層強く、逞しくなっていった。
「ぼっちゃん、やっと邪念が落ちましたね」
「邪念?」
「まあ、色々ごちゃごちゃとした処理できない感情というものでしょうか。煩悩ともいいますね」
キィン、カキンッと、剣が打ち合う音が鳴る。片方の様子は余裕で、もう片方は必死に息を荒げていた。
クロヴィスは、ひょっとしたら可愛いこの弟子が、閨教育の女性の手管と甘い言葉にのめり込み堕ちていったまま戻らないのではと危惧していた。それほど二人の仲は親密に深くなっていたように見えたからである。
勿論、彼女は、サヴァイヴから離されるのを二つ返事で是と応えたわけではない。若すぎるとはいえ一心に慕ってくれる男がいるのだ。しかも、領主の息子であり、愛人の座につけば将来も安泰だろう。
慕う気持ちと打算を同時にできる大人の女性である彼女は、領主の睨みと、謝礼金の上乗せで、サヴァイヴの子を宿していないと確認された後、それほどもめることなくこの地を去って行った。今は、愛する息子をコケにした女に対して、領主が探し出した訳ありの夫とともに遠く離れた土地で暮らしていたそうだ。
「……俺は、父上や皆に随分心配かけていたのですね」
ずっと、彼女と引き離されて寂しく悲しく感じ、そして、性を持て余していた。今は、あれほど夢中になった彼女への気持ちは、うつろう風のような感傷にも似た何か、熱病みたいだと冷静に思える。
クロヴィスは、先日あの女が嫁いだ夫から愛人との密通の罪で処分された報告を受けた。領主が用意したと知られないように婚姻をすすめられ彼女は金のため妻になった。
だが、高齢の夫であの女が満足するわけがない。案の定愛人を複数作った。実は、マッドサイエンティストととある筋では名高い夫の手によって毒や解剖といった実験体にされたという。
「しょうがないですね。人選とタイミングを誤ったのは大人ですから、ぼっちゃんは何も悪くありません。それはそうと、ぼっちゃん、そろそろきちんとしてあげないとヤバいんじゃないですか?」
「え? 何がヤバいんですか?」
「イヴォンヌ嬢との事ですよ。わかってますよね? まだ婚約してない理由も、まだ、彼女と接点が何とかある事も」
「……なんとなく。でも、結婚とかよくわからないんだ。友達はとっくに婚約したとか言ってて、なんだかんだいって幸せそうだなって思うけれど」
「なかなか物語のような恋愛はありませんからね。平民ですらお見合いという政略結婚みたいなもんですよ」
「そうなのですか?」
「まあ、恋愛での結婚もありますがね、たいていは親や親せき、近所の大人が相手を見つけます」
「そんなもんか……」
「ぼっちゃん、隣国との小競り合いが本格化して、イヴォンヌ嬢と会えなくなったらどうします? 婚約していなければ、可愛くて美人になるに違いないし身分も性格もいいんですから、周囲はほうっておかないでしょうね。条件のよい縁談相手は王都には沢山いるでしょう」
「ヴィーが……?」
クロヴィスは、可能性の高い他の男の物になる彼女の未来を説明したが、やはりサヴァイヴは、彼女が自分から離れるなんて思えなかった。
「なるべく、いえ、絶対に、彼女を離したくなければ、次に彼女が帰ってきたら正式にプロポーズでもなさってさっさと繋ぎ止めておいてください。侯爵が反対できないように衆目の中で。そうでなければ、彼女との、いえ、まともな相手との縁談ですらありませんからね?」
「……わかっ、わかりました」
サヴァイヴは、恋が何なのか、どう言うものなのかまだ分からない。だが、ピンとこなくとも、イヴォンヌと夫婦になる事は彼の中であたりまえの将来だ。クロヴィスはが言う通りに、他の男と彼女が一緒になるなんて嫌だと感じて、次に会った時に正式に申し込もうと決意をした。
※※※※
そろそろイヴォンヌが帰って来るだろう冬に差し掛かる直前、牢に連れてこられた。そこには、犯罪をして収容された人々が、暗く、衛生管理を敢えて施されていない、鼻が曲がりそうな汚れた空気とカビが充満しており、野太い声や、細切れのうめき声がそこかしこから聞こえる。
徐々に、二人はギクシャクしてしまい、自然と会う回数と、会っても一緒にいる時間が減っていった。
救いは、社交界の活動のため、イヴォンヌが半年ほど王都に行く期間がある事だった。まだ正式に婚約していない。
ほっと安堵しつつ、それ以上に寂しい想いも抱えながら、精神的に安定してきたサヴァイヴは、より一層強く、逞しくなっていった。
「ぼっちゃん、やっと邪念が落ちましたね」
「邪念?」
「まあ、色々ごちゃごちゃとした処理できない感情というものでしょうか。煩悩ともいいますね」
キィン、カキンッと、剣が打ち合う音が鳴る。片方の様子は余裕で、もう片方は必死に息を荒げていた。
クロヴィスは、ひょっとしたら可愛いこの弟子が、閨教育の女性の手管と甘い言葉にのめり込み堕ちていったまま戻らないのではと危惧していた。それほど二人の仲は親密に深くなっていたように見えたからである。
勿論、彼女は、サヴァイヴから離されるのを二つ返事で是と応えたわけではない。若すぎるとはいえ一心に慕ってくれる男がいるのだ。しかも、領主の息子であり、愛人の座につけば将来も安泰だろう。
慕う気持ちと打算を同時にできる大人の女性である彼女は、領主の睨みと、謝礼金の上乗せで、サヴァイヴの子を宿していないと確認された後、それほどもめることなくこの地を去って行った。今は、愛する息子をコケにした女に対して、領主が探し出した訳ありの夫とともに遠く離れた土地で暮らしていたそうだ。
「……俺は、父上や皆に随分心配かけていたのですね」
ずっと、彼女と引き離されて寂しく悲しく感じ、そして、性を持て余していた。今は、あれほど夢中になった彼女への気持ちは、うつろう風のような感傷にも似た何か、熱病みたいだと冷静に思える。
クロヴィスは、先日あの女が嫁いだ夫から愛人との密通の罪で処分された報告を受けた。領主が用意したと知られないように婚姻をすすめられ彼女は金のため妻になった。
だが、高齢の夫であの女が満足するわけがない。案の定愛人を複数作った。実は、マッドサイエンティストととある筋では名高い夫の手によって毒や解剖といった実験体にされたという。
「しょうがないですね。人選とタイミングを誤ったのは大人ですから、ぼっちゃんは何も悪くありません。それはそうと、ぼっちゃん、そろそろきちんとしてあげないとヤバいんじゃないですか?」
「え? 何がヤバいんですか?」
「イヴォンヌ嬢との事ですよ。わかってますよね? まだ婚約してない理由も、まだ、彼女と接点が何とかある事も」
「……なんとなく。でも、結婚とかよくわからないんだ。友達はとっくに婚約したとか言ってて、なんだかんだいって幸せそうだなって思うけれど」
「なかなか物語のような恋愛はありませんからね。平民ですらお見合いという政略結婚みたいなもんですよ」
「そうなのですか?」
「まあ、恋愛での結婚もありますがね、たいていは親や親せき、近所の大人が相手を見つけます」
「そんなもんか……」
「ぼっちゃん、隣国との小競り合いが本格化して、イヴォンヌ嬢と会えなくなったらどうします? 婚約していなければ、可愛くて美人になるに違いないし身分も性格もいいんですから、周囲はほうっておかないでしょうね。条件のよい縁談相手は王都には沢山いるでしょう」
「ヴィーが……?」
クロヴィスは、可能性の高い他の男の物になる彼女の未来を説明したが、やはりサヴァイヴは、彼女が自分から離れるなんて思えなかった。
「なるべく、いえ、絶対に、彼女を離したくなければ、次に彼女が帰ってきたら正式にプロポーズでもなさってさっさと繋ぎ止めておいてください。侯爵が反対できないように衆目の中で。そうでなければ、彼女との、いえ、まともな相手との縁談ですらありませんからね?」
「……わかっ、わかりました」
サヴァイヴは、恋が何なのか、どう言うものなのかまだ分からない。だが、ピンとこなくとも、イヴォンヌと夫婦になる事は彼の中であたりまえの将来だ。クロヴィスはが言う通りに、他の男と彼女が一緒になるなんて嫌だと感じて、次に会った時に正式に申し込もうと決意をした。
※※※※
そろそろイヴォンヌが帰って来るだろう冬に差し掛かる直前、牢に連れてこられた。そこには、犯罪をして収容された人々が、暗く、衛生管理を敢えて施されていない、鼻が曲がりそうな汚れた空気とカビが充満しており、野太い声や、細切れのうめき声がそこかしこから聞こえる。
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