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13歳、初めての戦場にて③
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初めて人を殺してしまったサヴァイヴは、数日の間無気力になりベッドから出る事が出来なかった。
手に残る、剣が沈む感触も、耳に残る悲鳴も、震えて怯える姿を映した目も、全てを無くしてしまいたい。食事もままならなくなった頃ドアを開けて父が入って来た。
サヴァイヴは、ベッドの上から立ち上がり椅子に移動をしたが、いつもの堂々たる生命力にあふれた姿がひとかけらほどもなかった。よろよろふらふら、まるで幽鬼のようだ。
「ヴァイス」
「ちち、うえ……。おれ、おれは……」
「お前にこんな事をさせた父を恨むか? クロヴィスたちは俺の命令を余すことなく実行しただけだ。恨むなら、この俺を恨むがいい」
サヴァイヴは、人の命を自らの手で断ち切る覚悟がなかった。強く、大きく勇敢になり慢心していたのだ。ところが、現実はどうだろう。情けない体たらくを見せてしまい、申し訳なく思う。これが戦場なら、自分一人のために多大な損害を被ったかもしれない
「う、恨みは、ありません……。お、俺は、こんなにも弱くて何も分かっていなかった俺自身が歯がゆくて、情けなくて……。お、俺がころし……、手にかけた男は、大勢の人の命を奪い、村に火をつけたと聞きました。でも、どうしても、最後に見た目が、聞いた嘆願の声が忘れられなくて……。これが正解なのかわからなくて……」
うまく自分の気持ちを父に伝える事が出来ない。力弱く、拳を握り下を向いたままぽつりぽつりと言葉を零した。
「俺もそうだった。いや、ここにいる団の者たち、お前の侍従や使用人に至るまで、戦闘をしなければならない立場の者たちもだ。嬉々として最初からそのような事が出来るのはイカれた野郎だけだろう。今が平和な世であれば、どんな理由があろうとも、俺やお前は手を血濡れにした大罪人だ。戦のある今ですらそうかもしれない。正解、不正解なんぞこの世にない」
「え……」
サヴァイヴは、父の言葉が信じられず、つ、と視線を向けた。彼の知る父の姿は、堂々たる領主であり軍神ともいえるほどの、この辺境の地の唯一の王にも匹敵する男だからだ。父が、自分のように迷い、情けない気持や言動になる事など有り得ないと感じて、目を見開き口を半開きのまま呼吸すら忘れたように身動き一つ出来なかった。
「お前の母と俺は成人してから知り合ったのだがな……」
いきなり父が紡ぎだした母の事に、父の考えがさっぱり読めず内心首を傾げた。
「あの頃は多少の小競り合いがあったとはいえ、ここも割と平和でな。それほど反対もされず一緒になった」
「政略結婚ではなかったのですか?」
「あれの実家が借金があったから、そう思う者も多いが」
強面の父が照れくさそうに頭に大きな手をやり苦笑している。そんな姿など一度も見た事はなかった。それに、両親が絵にかいたような政略結婚の夫婦のような距離と態度しか知らない。
「ひょっとして、母上に無理強いを……?」
まさかとは思うが、簡単に手折れそうな母の姿を思い浮かべ、父が無体な事をして母はここに来るしかなかったとかと、三流の小説のような事を考えてしまった。それほど、二人の間には艶めいた物がない。
「お前は、父をどう思っているんだ。目撃した者さえ信じられないと噂されたので無理はないが……。俺はお前の母から求婚されたんだ」
出会いや若い頃は母は父を愛していて、後から父が浮気などをして愛想をつかされたのだろうか?
「言っておくが浮気など一切しておらんからな」
サヴァイヴは、心の内を全てお見通しの父に舌を巻いて、バツが悪くなり視線をうろうろさせた。
そういえば、父は戦場にいない時はこの砦にいて他の女性の話などないと気づく。
「表立っては、冷えた政略結婚、かどわかされた憐れな夫人といった噂がまだある事は知っている。事実は俺と妻さえ知っていればいい。ともかく、出会った頃、お前のように心が弱っておってな。側に寄るなと言い邪険に扱っても何をしても俺の所に来てくれた。そうこうしているうちに気が付けば迷いがなくなった。おまえの母を守るために、俺はなんでも出来たし強くなれたのだ」
「母上を守るために?」
「そうだ。守る者、大切な者が弱点になる。だがな、それは大きな強みにもなるのだ。お前の、守りたいものはなんだ?」
「俺の守りたいもの……?」
「領地、肉親、仲間、財産そういった大きな漠然としたものではない。何があっても守りたい、たった一つでいい、それはなんだ?」
父に問いかけられ、なんだろうと考えるが思い浮かばない。
「……わかりません」
「では、それを見つけるがいい。見つからないかもしれんがな。サヴァイヴ、そろそろお前も戦に連れて行く。だが、どうしても必要な緊急時以外は、まだ剣を振るわなくていい。クロヴィスの侍従としてあいつに仕えろ。今はあせらずともよい。いいな?」
「はい……」
謝るのは違うと思った。だから、真っ直ぐに尊敬する、誰よりも偉大な父の温かくも厳しい視線を真正面から受けて頷いたのだった。
手に残る、剣が沈む感触も、耳に残る悲鳴も、震えて怯える姿を映した目も、全てを無くしてしまいたい。食事もままならなくなった頃ドアを開けて父が入って来た。
サヴァイヴは、ベッドの上から立ち上がり椅子に移動をしたが、いつもの堂々たる生命力にあふれた姿がひとかけらほどもなかった。よろよろふらふら、まるで幽鬼のようだ。
「ヴァイス」
「ちち、うえ……。おれ、おれは……」
「お前にこんな事をさせた父を恨むか? クロヴィスたちは俺の命令を余すことなく実行しただけだ。恨むなら、この俺を恨むがいい」
サヴァイヴは、人の命を自らの手で断ち切る覚悟がなかった。強く、大きく勇敢になり慢心していたのだ。ところが、現実はどうだろう。情けない体たらくを見せてしまい、申し訳なく思う。これが戦場なら、自分一人のために多大な損害を被ったかもしれない
「う、恨みは、ありません……。お、俺は、こんなにも弱くて何も分かっていなかった俺自身が歯がゆくて、情けなくて……。お、俺がころし……、手にかけた男は、大勢の人の命を奪い、村に火をつけたと聞きました。でも、どうしても、最後に見た目が、聞いた嘆願の声が忘れられなくて……。これが正解なのかわからなくて……」
うまく自分の気持ちを父に伝える事が出来ない。力弱く、拳を握り下を向いたままぽつりぽつりと言葉を零した。
「俺もそうだった。いや、ここにいる団の者たち、お前の侍従や使用人に至るまで、戦闘をしなければならない立場の者たちもだ。嬉々として最初からそのような事が出来るのはイカれた野郎だけだろう。今が平和な世であれば、どんな理由があろうとも、俺やお前は手を血濡れにした大罪人だ。戦のある今ですらそうかもしれない。正解、不正解なんぞこの世にない」
「え……」
サヴァイヴは、父の言葉が信じられず、つ、と視線を向けた。彼の知る父の姿は、堂々たる領主であり軍神ともいえるほどの、この辺境の地の唯一の王にも匹敵する男だからだ。父が、自分のように迷い、情けない気持や言動になる事など有り得ないと感じて、目を見開き口を半開きのまま呼吸すら忘れたように身動き一つ出来なかった。
「お前の母と俺は成人してから知り合ったのだがな……」
いきなり父が紡ぎだした母の事に、父の考えがさっぱり読めず内心首を傾げた。
「あの頃は多少の小競り合いがあったとはいえ、ここも割と平和でな。それほど反対もされず一緒になった」
「政略結婚ではなかったのですか?」
「あれの実家が借金があったから、そう思う者も多いが」
強面の父が照れくさそうに頭に大きな手をやり苦笑している。そんな姿など一度も見た事はなかった。それに、両親が絵にかいたような政略結婚の夫婦のような距離と態度しか知らない。
「ひょっとして、母上に無理強いを……?」
まさかとは思うが、簡単に手折れそうな母の姿を思い浮かべ、父が無体な事をして母はここに来るしかなかったとかと、三流の小説のような事を考えてしまった。それほど、二人の間には艶めいた物がない。
「お前は、父をどう思っているんだ。目撃した者さえ信じられないと噂されたので無理はないが……。俺はお前の母から求婚されたんだ」
出会いや若い頃は母は父を愛していて、後から父が浮気などをして愛想をつかされたのだろうか?
「言っておくが浮気など一切しておらんからな」
サヴァイヴは、心の内を全てお見通しの父に舌を巻いて、バツが悪くなり視線をうろうろさせた。
そういえば、父は戦場にいない時はこの砦にいて他の女性の話などないと気づく。
「表立っては、冷えた政略結婚、かどわかされた憐れな夫人といった噂がまだある事は知っている。事実は俺と妻さえ知っていればいい。ともかく、出会った頃、お前のように心が弱っておってな。側に寄るなと言い邪険に扱っても何をしても俺の所に来てくれた。そうこうしているうちに気が付けば迷いがなくなった。おまえの母を守るために、俺はなんでも出来たし強くなれたのだ」
「母上を守るために?」
「そうだ。守る者、大切な者が弱点になる。だがな、それは大きな強みにもなるのだ。お前の、守りたいものはなんだ?」
「俺の守りたいもの……?」
「領地、肉親、仲間、財産そういった大きな漠然としたものではない。何があっても守りたい、たった一つでいい、それはなんだ?」
父に問いかけられ、なんだろうと考えるが思い浮かばない。
「……わかりません」
「では、それを見つけるがいい。見つからないかもしれんがな。サヴァイヴ、そろそろお前も戦に連れて行く。だが、どうしても必要な緊急時以外は、まだ剣を振るわなくていい。クロヴィスの侍従としてあいつに仕えろ。今はあせらずともよい。いいな?」
「はい……」
謝るのは違うと思った。だから、真っ直ぐに尊敬する、誰よりも偉大な父の温かくも厳しい視線を真正面から受けて頷いたのだった。
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