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13歳、初めての戦場にて④
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サヴァイヴは、父の命を受けて戦場に出るようになった。足手まといでしかないため、クロヴィスの部隊に入り彼の世話をして野営での生活を送っていた。
「隊長、食事です」
クロヴィス専用の食事を分けてもらいテントに運ぶ。
この隊は兵站だ。
後方支援であり前線とは比べものにならないほど平和に見える。だが、医薬品や糧食が多く、ここをやられれば進軍どころか撤退も出来なくなる。それを守護し適材適所に運ぶこの隊もまた、狙われやすく四六時中気の休まる事はない。
「そこに置いておけ」
ここでは身分など関係ない。下っ端で初陣の彼は、この隊にとってケガ一つさせてはならない要人ではあるものの、他の立場の平民と同等の扱いを受けていた。朝早くから起き、やる事は山積みだ。とろとろしていれば容赦なく叱責と、時に大きな足が腹にめり込んだ。
それでも歯を食いしばり、それまでの自分のぬるま湯生活をその度に思い知ったのである。
「来週、休戦になるらしいぜ」
「本当か? これでようやく家に帰れるな」
同じ年ごろの少年たちが他の騎士たちの食事や後片付けが終わった後、お椀にもられた具の少ないスープをすすった。
「じゃあ、これからが一番気を引き締めないとな」
サヴァイヴは、油断をしているこの時こそが闇討ちのチャンスだと習っており、後の事を考えず卑劣な手を使うのもまた戦だと知っていた。だが、こういう彼の言葉を周囲の少年たちは一笑にふして取り合わない。
「敵は和平を望んでるんだろ? 敵襲とかありえねー」
「だよなー。俺、帰ったら村の英雄だぜ」
すでに少年たちの心は帰郷しており危ない。理路整然と、現在がいかに危険かを彼らに説こうとしてもなしのつぶて。それもそのはず、彼らは農家の子供であり平時であればこのような場所にいない。
「とにかく、気を付けるんだっ!」
いらいらと、周囲の考えが一向に変わらない、意識を変える事の出来ない自分も、自分のいう事をきかない彼らにも腹をたてる。少年たちは何をわけのわからない事を言っているのだと、興ざめしたとばかりに粗末な食事をとった後解散した。
────その夜
サヴァイヴが危惧していた通りの事態になった。
月明かりのない闇夜に敷かれた彼の陣営のたいまつは、暗闇でいかにもここですと言わんばかりに明るく燃やされている。
一本の矢が静かな闇夜を切り裂き、一人の男が倒れた。ドスンと声もなく倒れた重い音が鳴るのとどちらが早かっただろうか。雨のように矢が降り注ぎ、一瞬にして静かだった陣営が騒然となる。
次々に倒れていく仲間たち。声を荒げて敵襲を知らせる者、矢を避けながらドドドドと地響きを鳴らしながら馬で奇襲をしかけられ、不利な状況で応戦を始める者が入り乱れる。
「隊長っ!」
すぐに応戦できるように戦の準備を怠らなかったサヴァイヴが、誰よりも早く本陣のテントに入り込む。クロヴィスはすでに出陣の用意が出来ていた。勿論、彼の側近たちもである。彼らはサヴァイヴの姿を見て口角をにっとあげた。
流石、次代の男だ──と。
「いくぞ! 剣を抜けっ!」
馬はすでにサヴァイヴが鞍を乗せており、クロヴィスは彼の準備が正確に出来ているのか確かめる事もなく、ひらりと騎乗する。
サヴァイヴは、彼らのあとを追い、馬上のクロヴィスや彼自身を狙う敵と剣を鳴らした。怒号が行き交い、悲鳴は敵の物か味方の物かすらわからない。
油断しきっていた彼らは無事だろうか。もう何人やられたのだろう。
騒然たるこの場所に、一際大きな火が上がった。それは、食料を沢山乗せた荷馬車が置かれた位置であった。クロヴィスは、重要なそれを燃やされた事に対して舌打ちする。
クロヴィスが、敵の将を打ち取り徐々に勝利に向かう頃、サヴァイヴの頬が突然熱を持った。敵の騎士と切り合う中、飛んできた矢じりが彼の頬をざくりと切り裂いたのである。
血が噴き出て右の視界が赤に染まった。
だが、サヴァイヴの目は閉じられることなく、さらに気迫を込めて敵の腹を貫いた。敵自身の重みでサヴァイヴの剣から体がすっと抜き取られるように地に向かう。
間髪入れずに、死角を突くように、もう一人の剣が彼を襲う。だが、それはサヴァイヴの鎧に届く事はない。クロヴィスが、誰よりも大きな馬を巧みに操り馬上からその敵を矛で貫いたのであった。
「サヴァイヴ! 無事かっ?!」
「はいっ! かすり傷です!」
「ははっ! なかなかどうして……甘ったれってばかりじゃなかったか……」
クロヴィスは、初陣の混乱の中、冷静に行動し初めて深い傷を負ったにも拘らず戦意を喪失しないどころかさらに活気づくサヴァイヴの姿にひゅぅっと口笛を軽く短く鳴らした。医療班に彼を預けようと思ったが考えを改める。
「では、ついてこい! 残党狩りだ!」
「はっ!」
さらに混乱状態になった戦場で、サヴァイヴは右の顔を布で乱雑に巻きつけて剣を一振りする。すると、敵兵がまた一人倒れた。
地に赤が広がりぴくりとも動かなくなったそれに目もくれず、クロヴィスについて走る。
サヴァイヴは、次々に襲いかかる敵でも、倒れていった味方でもない、最後に見たイヴォンヌの笑顔を思い出していたのであった。
「隊長、食事です」
クロヴィス専用の食事を分けてもらいテントに運ぶ。
この隊は兵站だ。
後方支援であり前線とは比べものにならないほど平和に見える。だが、医薬品や糧食が多く、ここをやられれば進軍どころか撤退も出来なくなる。それを守護し適材適所に運ぶこの隊もまた、狙われやすく四六時中気の休まる事はない。
「そこに置いておけ」
ここでは身分など関係ない。下っ端で初陣の彼は、この隊にとってケガ一つさせてはならない要人ではあるものの、他の立場の平民と同等の扱いを受けていた。朝早くから起き、やる事は山積みだ。とろとろしていれば容赦なく叱責と、時に大きな足が腹にめり込んだ。
それでも歯を食いしばり、それまでの自分のぬるま湯生活をその度に思い知ったのである。
「来週、休戦になるらしいぜ」
「本当か? これでようやく家に帰れるな」
同じ年ごろの少年たちが他の騎士たちの食事や後片付けが終わった後、お椀にもられた具の少ないスープをすすった。
「じゃあ、これからが一番気を引き締めないとな」
サヴァイヴは、油断をしているこの時こそが闇討ちのチャンスだと習っており、後の事を考えず卑劣な手を使うのもまた戦だと知っていた。だが、こういう彼の言葉を周囲の少年たちは一笑にふして取り合わない。
「敵は和平を望んでるんだろ? 敵襲とかありえねー」
「だよなー。俺、帰ったら村の英雄だぜ」
すでに少年たちの心は帰郷しており危ない。理路整然と、現在がいかに危険かを彼らに説こうとしてもなしのつぶて。それもそのはず、彼らは農家の子供であり平時であればこのような場所にいない。
「とにかく、気を付けるんだっ!」
いらいらと、周囲の考えが一向に変わらない、意識を変える事の出来ない自分も、自分のいう事をきかない彼らにも腹をたてる。少年たちは何をわけのわからない事を言っているのだと、興ざめしたとばかりに粗末な食事をとった後解散した。
────その夜
サヴァイヴが危惧していた通りの事態になった。
月明かりのない闇夜に敷かれた彼の陣営のたいまつは、暗闇でいかにもここですと言わんばかりに明るく燃やされている。
一本の矢が静かな闇夜を切り裂き、一人の男が倒れた。ドスンと声もなく倒れた重い音が鳴るのとどちらが早かっただろうか。雨のように矢が降り注ぎ、一瞬にして静かだった陣営が騒然となる。
次々に倒れていく仲間たち。声を荒げて敵襲を知らせる者、矢を避けながらドドドドと地響きを鳴らしながら馬で奇襲をしかけられ、不利な状況で応戦を始める者が入り乱れる。
「隊長っ!」
すぐに応戦できるように戦の準備を怠らなかったサヴァイヴが、誰よりも早く本陣のテントに入り込む。クロヴィスはすでに出陣の用意が出来ていた。勿論、彼の側近たちもである。彼らはサヴァイヴの姿を見て口角をにっとあげた。
流石、次代の男だ──と。
「いくぞ! 剣を抜けっ!」
馬はすでにサヴァイヴが鞍を乗せており、クロヴィスは彼の準備が正確に出来ているのか確かめる事もなく、ひらりと騎乗する。
サヴァイヴは、彼らのあとを追い、馬上のクロヴィスや彼自身を狙う敵と剣を鳴らした。怒号が行き交い、悲鳴は敵の物か味方の物かすらわからない。
油断しきっていた彼らは無事だろうか。もう何人やられたのだろう。
騒然たるこの場所に、一際大きな火が上がった。それは、食料を沢山乗せた荷馬車が置かれた位置であった。クロヴィスは、重要なそれを燃やされた事に対して舌打ちする。
クロヴィスが、敵の将を打ち取り徐々に勝利に向かう頃、サヴァイヴの頬が突然熱を持った。敵の騎士と切り合う中、飛んできた矢じりが彼の頬をざくりと切り裂いたのである。
血が噴き出て右の視界が赤に染まった。
だが、サヴァイヴの目は閉じられることなく、さらに気迫を込めて敵の腹を貫いた。敵自身の重みでサヴァイヴの剣から体がすっと抜き取られるように地に向かう。
間髪入れずに、死角を突くように、もう一人の剣が彼を襲う。だが、それはサヴァイヴの鎧に届く事はない。クロヴィスが、誰よりも大きな馬を巧みに操り馬上からその敵を矛で貫いたのであった。
「サヴァイヴ! 無事かっ?!」
「はいっ! かすり傷です!」
「ははっ! なかなかどうして……甘ったれってばかりじゃなかったか……」
クロヴィスは、初陣の混乱の中、冷静に行動し初めて深い傷を負ったにも拘らず戦意を喪失しないどころかさらに活気づくサヴァイヴの姿にひゅぅっと口笛を軽く短く鳴らした。医療班に彼を預けようと思ったが考えを改める。
「では、ついてこい! 残党狩りだ!」
「はっ!」
さらに混乱状態になった戦場で、サヴァイヴは右の顔を布で乱雑に巻きつけて剣を一振りする。すると、敵兵がまた一人倒れた。
地に赤が広がりぴくりとも動かなくなったそれに目もくれず、クロヴィスについて走る。
サヴァイヴは、次々に襲いかかる敵でも、倒れていった味方でもない、最後に見たイヴォンヌの笑顔を思い出していたのであった。
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