【完結】【R18】初恋は甘く、手が届かない? ならば、その果実をもぎ取るだけだ~今宵、俺の上で美しく踊れ

にじくす まさしよ

文字の大きさ
33 / 58

儚げ美女と野獣 カウントダウン3

しおりを挟む
 イヴォンヌと王子の逢引きを目撃してから、サヴァイヴはさらに無気力になったように感じた。これまで以上に上の空になる事が増え、同級生の逞しく成長していく仲間たちと放課後鍛錬している時間すら明らかに身が入っていない。
 少年から青年に変わりつつある彼らは、今まで堂々と、教師よりも教えてくれていた彼の姿を心配し敢えて明るく話しかける。

「サヴァイヴ様、最終学年にもうすぐなりますね!」
「ああ……」
「新入生たちは、前の俺たちと同じひよっこなんだろうなぁ」
「ああ……」
「俺たちにはサヴァイヴ様がいたけど、一つ下の後輩たちのように、結局はサヴァイヴ様が教えてあげないといけなかったりしてな!」
「ああ……」

 普段から無駄口を叩く事はないとはいえ、ここまで活力を失っている彼は本気で心配された。

「なぁ、サヴァイヴ様おかしくないか?」
「ああ、新年のあのパーティーからぼうっとしているよな」
「俺なんかに剣をはじかれたんだぜ?」
「だよなあ……。馬から降りる時バランスくずして落馬した時はびっくりしたよな」
「クロヴィスさんに、ここが戦場なら死んでるっつって、全身傷めているのに立てないくらいしごかれたらしいぜ?」
「本当にどうしたんだろうなあ……」

  何かがあったに違いないにせよ、彼に何があったのか把握している学生などいない。なるべく事故や怪我をしないように、彼の弟子のような周囲の騎士の卵たちが細心の注意を払っていたのであった。



※※※※



 冷たい冬が溶けて、春の温もりが彼らを包むころ新入生を迎え、サヴァイヴは最終学年になった。少し前の休暇で、タウンハウスで過ごし夜会やサロンなどに顔を出していると、目と耳を疑うような噂が彼の元に届いたのである。

 あれほどイヴォンヌただ一人を愛し慈しんでいたはずのフラットが、ほかの女性を側に侍らせるようになったというではないか。

 目の前で、ほんの数か月前に認めたくないが唇を何度も合わせて抱き合っていたのに何があったのだろう。その事が未だにサヴァイヴを苦しめているというのに王子の意図がわからない。だが、王族は数人の愛妾や、身分などのバランスをとるために側室を設ける事がある。
 政治的な何らかの事情でフラットはイヴォンヌ以外の女性を伴っているのかもしれない。

 面白おかしく、社交界では好き勝手に噂が流れる。事実とは違う、ごくまれに真実を含ませたそれは、夏が来る頃には知らぬ人などいないほどになっていた。

 サヴァイヴは、校舎が違うとはいえ目立つ存在であり堂々としている王子の姿を見かけた。見る度に違う令嬢の腰を抱き、時にベンチで顔を近づけている。どの令嬢も嬉しそうに頬を染めて、王子にしな垂れかかっていた。

 社交界ではイヴォンヌをエスコートしファーストダンスも踊るなど、婚約者として必要最低限の行動をするものの、まるで冷え切った政略で結ばれた夫婦のようにすぐに距離を取るようになった。王子はそのまま、その時々の恋人の腰を抱き、その女性こそが正当な婚約者であるかのように振舞っているという。

 どれが単なる噂で、どの部分が真実なのか。サヴァイヴは彼が教えた騎士の卵たちにとっては師ともいえる存在になっており、彼らの中には、すでに大貴族の護衛や騎士団の末端に身を置く者もいる。
 彼らに協力を求めると二つ返事で了承される。まがい物の石の中にある本物の宝石である事実を集めていった。

「ぼっちゃん……」

 やれやれと肩を竦めるクロヴィス。だが、この学生生活の目的の一つである王都で彼の協力者となりうるべく人材を確保し、それを十分に機能させる事ができるサヴァイヴの能力を認めていた。
 だが、すでに無関係になったはずの女性のために動いたという動機だけが気に入らない。いい加減、手に入らないと知ってから3年ほど。クロヴィスならもう別の女に数回乗り換えている。

「……これは、私情ではない……。我が家と懇意にしている侯爵家にとって一大事になる可能性もある。そうなれば辺境もそれに巻き込まれるかもしれない」

 そうだ、私情なんかじゃないと心で言い訳をする。だけどクロヴィスには全てを見透かされているようでバツが悪い。

「はい、そうですね。では、情報が集まればどうなさるおつもりで?」

 確かにそれはそうなのだが、別に侯爵一家がどうなろうともそれほど影響はない。クロヴィスは、本当の望みであるイヴォンヌを守りたいという気持ちを正確にとらえていた。だが、建前としての理由には弱いサヴァイヴのいいわけを多少は組む事にした。

「どうする……。まだ、わからない……だが、いざという時に知らない事実があれば首を切られるのはこちらだろう?」

「ええ、ええ。とっても模範的な回答ですがね、しっかりとした目標を掲げねば、あなたのために動く者の命が生まれたての子ガモの羽毛より軽いものになるんですよ。情報を得て、それが想定内にしろ、想定外にしろ、どうなさりたいのか、よくお考え下さい。いいですか? 今回の事はそうでもありませんがね、基本的に情報を集めるために動く者たちは時に命がけなのですから、この情報の行く先がお粗末なものであってはなりません」

「わかった」

 クロヴィスはいつも正しいと思う。いつまで経ってもイヴォンヌに執着してしまう自分の不甲斐なさを感じながらも、この噂で囁かれる彼女と王子との婚約破棄という言葉。もしかしたらと期待してしまう心が、どうしても彼の口角をほんの少し上げてしまうのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...