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 「持病のしゃくが……」「ああ、胃痛が痛いわ」「なんだか風邪気味ぽくて……」などという、あからさまな仮病は、あいにく父にしか効果がなかった。

 毎日のように子供たちに会いに行くものの、心は、お茶会、友達、お見合いとくるくる回り、最終的にはいつだってウォーレンがかばってくれた幸せだったあの時に行きついた。いつもと違う彼女の姿を見て、子供たちから心配されるほどぼんやりしていたようだ。

 あっという間にお茶会当日になった。母がいつの間にか準備していたお茶会用のドレスを見せられかと思うと、気が付けば王宮に来ていたのである。

「本日は、お招きいただきありがとうございます」

 魔法で管理された庭園には、四季折々の花が咲いている。アイーシャが案内されたテーブルの中央には、封筒の香りと同じスイセンが飾られていた。

(ナルキッソスに恋をしたエコー。叶わない想いがこじれて呪いをかけ、永遠に彼を失うことになったあの妖精とは少し違うけれど、失恋したのは同じだわ……彼女は勇気をだして告白したけれど、私の場合は、告白なんてしなかった。失恋もなにも、始まりすらなかったもの。たとえ断られたとしても、せめてエコーのように想いを伝えてから終わったほうがよかったのかしら?)

 この世界にはない、前世の神話を思い出す。池に映る自分自身に恋をする呪いをかけたエコーは、彼を永ほかの女性に奪われることはない。ある意味、自分のものにした彼女のような決意もなく、かといって、一向に諦められないポエマーになった自分が嫌になる。

「アイーシャさん、アイーシャさん」
「え? あ、ごめんなさい。少しぼーっとしてしまって……」

 テーブルには、自分を含めて4人座っている。歓談中に話を聞いていないなんて失礼な事だと頭を下げて謝罪した。

「ふふふ、いいのよ。あのね、わたし、実はあの時に訓練場に行っていたの。あの場をなんとかしてあげたかったけれど、あなたのように声をかけるなんてわたしには出来なかった。わたしね、あなたの勇士にすごく感動しちゃって。えっとね、なんというか、その……お友達になれたらって思っていたの」
「あ、その話、私は人づてに聞いたわ。皆アイーシャさんにお会いしたいってはしゃいじゃって。でも、あの日から訓練場にいらっしゃらなかったのでしょう? 残念に思っていたの」
「その話もだけれど、アイーシャさんが撮った写真を見せていただきたかったのよね。でも、ディアンヌ様がおられたから、なかなか声をかけられなくて」

 三人は、アイーシャとずっと話をしかったのだろう。特に、騎士たちの写真について食い気味に話しかけてくる。好意が込められた興味津々ではしゃいでいる彼女たちにたじたじになった。

「あ、あの……おほめいただいてありがとうございます。下手の横好きで、素人の私なんかの写真で良かったら、是非見ていただいて、騎士様がたが許可してくだされば差し上げますけれども」

 アイーシャが、おずおずとそう言うと、小さな歓喜の悲鳴があがった。突然騒がしくなり、ほかのテーブルにいる令嬢たちから、一斉に視線を集めた。

 結局、ほかのテーブルにいる彼女たちも、アイーシャが持っているかもしれない目当ての騎士の写真が欲しかったようで、後日彼女たちを招待することになった。

(自分が主催するお茶会なんてしたことないわ。お母様におまかせしましょ)

 もともとおひとりさま人生だった。決して社交的ではない。面倒なあれこれは、全て母に押し付けてしまおうとうんうん頷く。

 思った以上に楽しい時間はあっという間に過ぎた。庭園を散策するよう王妃に勧められたこともあり、アイーシャも花々を楽しむ。

 ふと見れば、令嬢たちの中にいつのまにか現れた紳士と一緒に歩いている者がいた。この世界で初友達ができそうで、お見合いの場であることをすっかり忘れていたのである。

(ま、自分には縁のないお話ね。これまで誰も声をかけてこないし)

 立ち上がると、小さな胡蝶蘭のようなハーデンベルギアが視界に入った。白やピンク、紫色の小さな花が、緑色の中で寄り添っている。小さくてもその美しい存在は、見るものを圧倒した。

「美しいですね」

 ハーテンベルギアの姿と香りを楽しんでいると、突然声をかけられた。びっくりして声のほうに顔を向ける。すると、そこにはスラリとした青年が、目を細めて優しく自分を見ていた。
 彼の髪と同じ赤茶を基調としたスーツに、襟元と袖口に金糸で刺繍が施されている。まるで、某少女漫画の男装の麗人のような煌びやかな衣装は、貴公子然とした彼にとても似合っていた。

「あ、あの?」
「突然声をかけびっくりさせてしまいましたね。失礼しました、レディ」

 お見合いなんて自分には関係ないと思っていたが、大ありだったようだ。周囲を見渡すと、誰もいない。どうやら、気を利かせてふたりきりにしたのだと理解する。

 急に男性とふたりきりにさせられて、アイーシャがほとほと困り果てた。相手はともかく、自分にはそんなつもりは全くない。どうやってやり過ごそうかと悩んでいると、やや強引に手を取られ、手の甲に唇を当てられた。

「あ、あの……、こ、困ります」
「夜会などではあまり見かけませんね。レディ、あなたの名を伺っても?」

 女慣れしていそうな彼は、自分に自信を持っているのだろう。アイーシャの戸惑いや、立ち去りたいという気持ちなどおかまいなしに、ずいっと体を近づけさせたのである。

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